第11話 燃え上がる恋の炎(物理)








【燃え上がる恋の炎(物理)】








『………………』





『……………えへへ、今日もイケメンだね』





『………………そりゃ、どうも』





柔らかく心地よい風の季節が変わり

青々とした緑が目によく映る時期となった



人は変わる



完全無欠で上級国民である俺様が

庶民で陰気でオタクで友人曰く腐っているやつをなんと言うことか

俺は好きになってしまったらしい

なんと神は無慈悲なのだろうか

まぁそんなことどうでも良いんだけどな

俺がこんなことを考えるぐらい今の状況が不可解だった



『…でねでね!自分は愛されてないと勘違いしたΩが家出しちゃってイケメン幼馴染αのとこに逃げちゃうんだけど実はその幼馴染がΩのことが好きで告白しちゃうんだけど、それでも結局旦那……俺様αのことが好きな気持ちが消えないんだよね。俺様αも結婚生活の時散々で食事は家で食べない会話はない政略結婚だからと割り切っていたΩはそれでも彼が好きなんだよ!わかる?』


朝から興奮した声で話すこいつは御子柴鶴

俺が落とす奴だ

決定事項

先月買い替えたばかりのBluetoothイヤホンから無駄に音質の良い興奮した呼吸音が聞こえる

悲しいかなそんなでも少しだけ変な気持ちになる

素直に死にてぇって思った

感化されてしまったのか

辛いなそれ

思わずため息を吐く

『尊?大丈夫?』


『ああ。なんでもない』




鶴は隣にいない

俺たちは同じ学校へ向かっているはずなのに

俺は風に揺れる葉の音を聞きながら先程のことを思い出した








『おはよう!良い朝だね!さっき駅で階段転けそうになったサラリーマンの方を体格の良いスポーツ少年が抱き止めてたんだけど最高なんだけどねぇねぇねぇ?』



………………



『おはよう。乗り遅れるなよ』


スマホのアプリを閉じぬまま画面が暗くなる

電車の窓から流れる景色がだんだんとゆっくりと減速していく

体が電車のブレーキの抵抗により僅かに揺れる

その際右隣の女がぶつかり謝ってきたが小さく悲鳴を上げて頬を染めていた

そのあと何か話しかけてきたが俺の意識から消した

俺はこの後重大なイベントがあるんだ

そう

鶴と一緒に登校するイベントがな!


つい笑みが漏れ横から誰か倒れたが興味が微塵も浮かばなかった

車窓に映った自分を見る

うん。いつもどおり完璧な俺だな

少しだけ前髪を摘んで直した


……よし



すこし間を開けただけでよくわからない話を長々と連投されていた鶴とのメッセージ画面を再度開く


『ちゃんと乗ったか?どのへんにいる』


ピコンッ


『乗れたよ!お子様じゃないんだから大丈夫( ͡° ͜ʖ ͡°)前で背が小さい子を大きい子がスペース作って人の波から守っててやばみ!とぅとぃ(泣)』


う、うぜぇ

なんでこいつはメッセージだとテンションがうざいんだ?

いや普段からこうか?本人が見えない分ストレートにうぜぇ

好きな人に対してうざいと感じるのは如何なものか?と自問したがそれを含めてあいつなのかもしれない

と、雑に思考を終わらせた


『いいからどこにいるんだ?わからねぇなら探しに行くぞ』

ピコン

ん?はえーな…


『それはお断りし申す(笑)』


ブチッ

(笑)じゃねーよ!?


高速でスワイプして送信

その時電車が動き出して体が揺れ、左隣のおっさんにぶつかった

その際ビジネスバックの角が俺の横腹に突き刺さり痛みを感じる

ムカついて舌打ちしたが相手はイヤホンでニュースを聞いているらしく音漏れが聞こえてきた


俺は小さくため息を吐いて精神を落ち着かせる

朝から疲れるな…

苛立ちを込めてスタンプを送る

変なポーズをしたウサギが縦に並ぶ

それに対して猫がごめん寝しているスタンプが返信できた



…………かわいいじゃねぇか



そんな他愛もないやり取りをしていると電車が止まる

降りる駅だ

扉が開き人の流れが出口に流れる

その際さっきのおっさんの頭からズラが落ち周りがフリーズしたが、俺は止まらない男なのでちゃんと踏み潰して下車した

すこしスッキリしたぜ



外はすこし冷たい風が吹いていた

駅を出ると学生服を着た連中がそれぞれの通学路へ向かっていく

スマホをいじっていた女どもが俺を見て奇声を上げたので耳が痛くなった

うるせーな

てか鶴はどこだ?あの中身のないやり取りのせいでまだ合流できていない

早めに駅を出たから俺より後のはずだと思うけど姿は見えなかった

あの地味でダサいメガネの鶴が恋しい


周りを窺うも奴の姿はない

ポケットからスマホを取り出す


『おいどこにいるんだ?もう俺は駅の外に出てるぞ』


ピコン

『外にいるよ!これから学校だと思うとダルいね!昨日同人活動で夜ふかししたからつらたんたんやで!今回は鬼畜攻めと健気不憫受けだよ!たまんねぇな(^w^)てか髪切った?』


う、うぜぇ

思わず拳を握りしめた

落ち着け俺

てか髪切ってねぇし…


『早くしろ。遅刻する』

スマホが震える

『大丈夫!ちゃんと着いていくよ。てかヅラ拾ったんだけどウケるwwwwあのおじさん泣いてないといいな』


見てたのかよ。てかどっから見てたんだこいつは

隣にある自動販売機で飲み物を買う

ピコン

………………

『おすすめは特濃カル○スミルクだよ!』

『なんか嫌だ。てか朝からんなもん飲めるか!てかいい加減出てこい』


腹が立ったのといい加減我慢の限界なので通話をかけた


「おい!お前どういうつもりだ!俺様を煩わせるなんて……いや、それより早く出てこい」

そう言いながら茂みを軽く蹴る

…流石に出てこないか


「自然破壊ダメ絶対!」

「うるせぇ!」

隣の茂みから抗議の声が聞こえ漁ったが何もなかった

忍者か!?

押し問答を暫し

結局遅刻してしまいそうなので通話しながらあいつが俺の後をついてくる事となった

これって登校一緒の定義に収まるのだろうか…


俺が答えの返ってこない問いを考えていると


「ふぁ………おはよ」

「よお」


隣に並んだのはまだ眠たそうにあくびを噛み殺しながらこちらに挨拶した深だった


「あれ一緒にアレと登校するんじゃなかったの?」

「アレって言うなアレって…してる…はず。てかお前も珍しいな車じゃねーの」

「なぜ疑問系?尊が初登校デートするから初回は見ときたいなって思って砂賀(マネージャー)さんに断っといた」

「当たり前みてぇに見世物扱いすんなよ」

「自分だって送迎してもらってたくせに御子柴君と一緒がいいからって『んんっ!?』きもい声したなおい」

「ゲホッ……うるせぇぞコラ」

悪態を吐きつつ歩く


これではいつも通りだ

「したかねぇだろ。よくわかんねぇが鶴の野郎………出てこねぇんだよ」

「どゆことー?」

「知らねーよ。あれじゃねーか俺様の隣に立つのは畏れ多いとか照れるとかじゃねーか?ははっ、あいつにもそんな可愛いとこあんだな馬鹿野郎が。俺が許してるのに何を気にしてるんだが」

「はーいはい」

ズゴゴッと音を鳴らし鞄から取り出した紙パックジュースを飲んでいた

いつもの光景だ

チラッと見えたパッケージには、(ディアボラ風豚汁味)とあって朝から気分が悪くなったこの野郎


「でさ。なんで御子柴君と一緒じゃないの?」

ひどく興味もなさそうなのにそう問いかけてきた

「あー………いるっちゃいるんだが。出てこねぇ」

情けないことを朝らから自分で告げる

仕方ねぇだろ。誰だって一緒に登校しようね!(視認できる距離で尾行する)とは思わねぇよ


「なにそれ?」

「いや、近くには…多分いるはず。視認できるはずだから五十メートル以内には多分いる」


「どこの特殊部隊だよ」

「もしくは草むらとかの茂み」

「急にポ○モン感出してきたじゃん」

ヘラヘラ笑いだす深に二の句がつけられなかった

違う!と反射的に言いたかったが頭に確かに、と思ったのも確かなことだったからだ

ゲットできれば楽なのにな…


『わざマシンでエッチなこと。ありだと思います』


「朝から意味わかんねぇなほんと」

呆れていると深がこちらに向いた

「なになに通話してるのー?」

俺は顔を顰めて耳に嵌ったイヤホンを見せる

深はへーと言いつつ片方を勝手に奪う

「なにすん」

言い終える前にまぁまぁと手で制される


『…みーこしーばくん』

『ひぃ!?』


芝浜が態とらしく通話機能のある某イヤホンに声を送る

奴の存在に気づき息を潜めていた御子柴は通話越しに震えた

何をするつもりなのかと訝しむと

『早く出てこないとー…君の部屋のお宝本燃やすよ』

ガサっ!

「おっ!おおおおおやめくだせぇ!?」

半泣きで電柱から滑る様に降りてきた御子柴は茂みに着地し一回転をして勢いを殺しこちらに向かってきた

俺は驚愕して固まる


「僕の大事な大事なお宝なんです!子供の頃からお手伝いしてコツコツ貯めたお小遣いで買ったんです!寒くて寝れない日はBLCDで身も心も暖まり、BL小説で心を震わせ生の喜びと尊さを「ウザ長い」ごめんなさい」

ちょこんと地面に正座して涙ぐむ鶴を俺は哀れに思い優しく立たせた

変だとこうも哀れなのか…

また一つ知らないことを知れて大人に一歩進んだ芝崎尊だった



「じゃーねー」

「おう」

芝浜は振り返りもせずに手をひらひらと振って玄関で別れた

隣で御子柴は深々と頭を下げていてなんとも言えない気持ちになった芝崎だった


「んおんぺい!」

奇声が聞こえ振り向くと鶴が背の高い男子に後ろから肩を組まれたようで、その衝撃で変な声を出したらしい

電子マネーの決済音みたいな音だと一瞬思った

「けほっ。…びっくりするじゃん」

「あはは。わりぃわりぃ」

ニカっと笑い無駄な明るく暑苦しい(一般人には爽やかと評される)笑顔を作り現れた三日月天だった

俺は無意識にチッと舌打ちし今気づいた様な顔をした三日月はこちらにも手を上げよっ!と挨拶してきた。仕方なく意識してチッと舌打ちして挨拶を返してやるあー俺優しい


三日月天は気にした様子もなくニコッと笑いそのまま方を組んだまま歩きだす

「部活終わり?」

「おう。いやー朝でも暑いなぁ」

「朝練好きじゃん天」

「おう!好き」

勝手知ったる仲を見せられぐぬぬと気分が悪くなる芝崎

「ふぬん」

「ふん!」

ベリっと三日月の腕を外しこちらに抱き寄せて歩く

二人から注目されるが無視して歩く

勢いで掴んだ鶴の肩は細いがしっかりとした感触で服越しに体温が伝わってきてドキドキとした

だが遅れて制汗剤の香りがしてそれが三日月のやつの匂いだと理解して苛立った

思わず手に力がこもる


「ふななな!いたいいたいっぴ!」

「チッ!」

「なぜに!?」

「あははっ」

騒がしいまま自分たちの教室に向かっていく





特に何もなく平凡であの腐った要素がなくなった御子柴鶴の様な一日だった


それはそれで気持ち悪いなと思ってしまうのは毒されてしまった証左であろうか

不思議と悪くもないなんて思ってしまうのは変化と言えるのだろうか…


少しずつ、少しずつ

暮れるのが早くなった

そんな変化すら以前の己なら気にしたこともなかった

校舎のそばに植えられた樹木も青々とした葉から色移り変わり、黄色や赤に染まりつつあった

それはまるで自身のことの様で、色が変わる原因となったのはあの珍妙な奴のせいだ

゛恋をすると人は変わる゛

先月撮った雑誌の表紙の一文だ

くだらないと一蹴した俺

不思議なものだ…

これからどう変わっていくのか

恐れも感じるし期待も感じる

明るくも夜を知らせる斜陽を瞳に映しながら

フッと吹き抜けた風は明らかに次の季節を乗せた風を確かに、俺はこの時感じていた

ひらりと一枚の葉が、落ちて飛んでいった




パンッ!パンッ!パンッ!

「あっ!あっ!あっ!や、やめ!あっ!」

「うるせぇ!!あとちょっとだから邪魔すんな!」

「ひぃん!?お、おやめくだせぇ~んっ!あぁ!」





………はぁ?





「や、やべぇ!ちょーやべぇ!!最高にイッちゃってんじゃん!!」

「アヒヒヒヒ!ウケる!ちょーおっきくなってるじゃんびちゃびちゃじゃん!」


パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンッ!




……俺は驚愕する

誰だってするだろう

黄昏ていたら校舎裏からとんでもない音と声が聞こえてきた

疎にいた下校途中の生徒はビクッとした後赤面して足早に去っていった

俺だってさっさと見ないふりをして去りたいが問題なのが先ほどの声に見知った声が聞こえた

この角の向こうにどんな景色が広がっているのか…急いで確かめたい気もするがざわつく体と心が忌避感を感じている

裏ではどこぞのパン職人が生地をこねてたら

またはうどん職人でもそば職人でもナン職人でもいいからいてくれと思う

一発殴って紛らわしいんだよと言って許してやるからよ


ゴクリと唾液を飲み込んで恐る恐る角を曲がる


…………………………


ゴオゥ~パキッ!ゴゴゥ

パンパンパンパンパンッ!

「ひぃ~~~ん!やめてよぉ!返してよぉ~!」

「ふんっ!ふんっ!邪魔すんな!バレたら停学なんだよ俺!」

「燃えろ燃えろぉ!」

「馬鹿言ってねぇで水追加もってこいや!」

「うま」

「マシュマロ焼いてんじゃねぇ!」

「びえ~~~ん!」


阿鼻叫喚とはこのことだ

燃え上がっている炎の前で変な頭のリーゼントが必死にデカめの本で風を煽っているが燃え上がるばかり

横では倒れたバケツの隣で両手を広げバカ笑いしてるアホそうな奴

間の奥には座って枝に刺したマシュマロを焼いてホクホク顔の奴と変な頭のリーゼントの腰に抱きついて大泣きして止めようとしている鶴がいた


地獄絵図


見ないふりをして素早く帰宅したいが鶴をそのままには良心が痛むし仕方ないとはいえ誰かに抱きついているのかなりムカついた


…チッ


ずんずんと騒ぎの中心に近づく

「や、やべぇって二階の高さまで燃えあぎゃあ!?」

拳を振りがして変な頭のリーゼントを殴りつける

「紛らわしいんだよ馬鹿野郎!!」

人生で初めて全力で人を殴った日だった






「うぇ…ひくっ、ふひぃ」

「チッ………いつまで泣いてんだよさっさと泣きやめ」

「うぅ……ご、ごわがっだぁ」

「…はぁ」

ぽんぽんと仕方なく鶴の猫っ毛の頭を撫でる

ぐすぐすと泣きながら俺のGU○CIのハンカチで鼻をかんでいる

…別にいいが

「あっ、ハンカチありがとう」

「ああ。返さなくていいやる」

端的に返す

「これいい香りするね。香水?」

「…そうだ。専属先のメーカーから貰った奴で気に入ったの使ったんだ」

「へぇ…。いいねこれ」

くんくんと嗅ぐ仕草になんだか恥ずかしく変な気持ちになる

「香水ほしいか?」

「へっ?あーいい。大丈夫。尊にあってるから匂ってくるのかげればいいや」

「なんだそれキモいな」

「えへへー」

ふにゃっと笑う鶴

居心地がいい様な、悪い様な…

なんとも言えない気持ちのまま隣を歩く

地味に念願………いや一緒に帰ることも出来た

あの後すぐに生徒指導の体育教官のゴリ山が来て奴らは一掃された

あの時一瞬学校が動物園と化したのは驚いた

あまりに低レベルすぎて鶴を連れて転校するべきかと悩む


「はぁ…なんとか無事だったぁ」

見ると先ほど団扇がわりにされていた本を大事そうに持ち上げたがぺろりと表紙がへたっており、悲しそうな顔で鶴は見つめる

「なんであんなとこで燃え上がってたんだよ?お焚き上げ?」

「ん?違うよ。焚き火だよ」

「校舎二階まで燃え上がるのは焚き火の範囲なのか」

疑問を率直に告げると困り顔だ。可愛い……くない!

ビシッと自分の片頬を叩き邪念を払う

そんな俺を鶴は顔を青くしながら見ていた


「えっと…芝浜深様が「その呼び方はやめろ」で、でも。う、わかった。芝浜君がメッセージで焼き芋が食べたいって来てならまだ焼き芋の時期は早いと思ったんだけどねまだ残暑感じる季節だし…で話の流れで落ち葉集めて焚き火して焼けば美味しそうじゃないって言ったらあの、突然不良さんがやってきて怖かったけど話聞いたら焚き火を命令されたから手伝ってほしいって言われて、まぁそれぐらいならって手伝ったらなぜか倉庫にあったストーブ用の灯油を持ってきて焚き火に投げ込んでああなったんだ。そして僕の大事なクーデレ委員長の秘密♂本が団扇がわりに利用されたんだ許すまじ」

「大事故じゃねぇか!馬鹿にかまってねぇで断れ絶対!」

「でも断ったら怖いしヤンキー怖い」

「ったく。なんかあったら俺に連絡しろよな。てかそ、そばに居ればそんな面倒も「あっ!!!お芋たべてない!!!」うっさ!」

天然の気もある御子柴鶴は食べ損なったお芋を思い出ししょんぼりとする


ちなみに丸焦げになったサツマイモは園芸部が美人サツマイモ大会に出品する為の芋であり涙を流していたのは一部のものしか知らない



「…なぁ」

「んー?」

変な本の皺を歩きながら伸ばしていた鶴は気の抜けた返事をした

俺はらしくもなく緊張で乾いた喉を唾液を飲み込むことで潤し言葉をはく

「お前今日暇か」

なんてことない誘いだ

それだけなのにひどく焦る

三歩歩けば人が卒倒するほど美的に優れている俺様が、とは思うがこれはきっと武者震い…きっとそうだ。…多分


「今日?きょーはー……僕たちはオトコノコ♡スカートの中身は♂!?のラジオが「暇だな」…」


そうして俺(たち)の初デートが始まったのだ



「クソッ!なんでだよ!?」

スマホ片手にcloseと書かれた板が扉にかけてある駅前の有名カフェ前で憤る芝崎尊


わざわざお洒落デート特集恋人が絶対喜ぶおすすめデートスポットランキング♡なんぞを760円出して買って読んだのにこのザマか…鶴は甘党だからこの店のふわとろパンケーキバニラアイス添えなんちゃらを食わせたら「流石尊様!お店チョイスぱない!好き愛してる抱いて!!」ってなる予定だったのに

歯噛みしながら怒りに震える尊

それをぽかんとした表情のまま御子柴鶴は立っていた


「ねぇ尊ー」

「…なんだ」

ぽんぽんと背中を叩いて鶴はニコッと微笑む

「行きたいところあるんだけど、いい?」

「…おう」



「おませいたしました~。ホイップストロベリーチーズケーキ生チョコトッピングとダークチョコホイップシナモンアップルナッツトッピングです!」


「ありがとうございます」

「……」


カラフルな紙に包まれたなかなかボリュームのあるクレープが手渡される

「わぁー美味しそう」

「でけぇな」

「たっぷりでいいじゃん。あっお金」

「奢る。食えよ」

「いいの?ごちになりまんぼう!…ん~うまぁ!ふわもちの生地に甘すぎない口当たりのいいホイップ。酸味の効いたソースとチーズケーキの甘さがマッチ!味変の生チョコもおいしー」


「唐突に饒舌に語り出したな…。…悪くねぇな」

一口頬張ると確かに思っていたより甘くなく、これなら結構食えそうだと思った


急遽来たのは駅裏にあるクレープ屋。十八種類ある中からカスタマイズできる店らしいがそこそこ人気があるらしく

家族連れや女子高生が並んで買っていく

来て並んだ時御子柴は隣に並ぶ芝崎尊をそっと伺った

形の良い輪郭に明るい瞳と長いまつ毛、凛とした目に高い鼻、さらさらと流れる綺麗にセットされたであろう艶のある金髪。濃紺のシャツと白い肌がよく合っていて確かに人気モデルというだけあって大変目立っていた

列にいる女子高生は尊を見ると小さな悲鳴をあげ頬を赤くしてこそこそと盛り上がっていた

確かに新刊のBL本をお迎えに行った時、おしゃれ雑誌コーナーをなんとなく見たら見たことある人物(尊)が色気たっぷりの姿で表紙を飾っておりつい、気づいたら購入していた


そこそこ人がいる辺りはいい感じに気が紛れ気持ちが落ち着く

なんだか鶴は嬉しくなった

友達と腐活動以外にこうやって等身大の遊びは久しぶりで気持ちが高揚している


いつもは学校内で観察している相手

見ているだけの相手から段々と仲良く…なってきたと思っている

最初は妄想ネタとして顔すら記憶の人物と不一致した認識だったけど、やっぱり改めて見るとかっこいい…

ぼうと見つめている尊が不意にこちらを向いた

「どうしたアホ面して(可愛い顔してどうした)」

副音声が素直に言えない男はそう尋ねる

珍しく心配そうな表情でこちらを伺おうと顔を近づけてきた

「ち、近い!卑猥!!」

「卑猥!?」

さっと離れ顔を青くした尊は、人生でほとんど向けられたことのない侮蔑の言葉にショックを受けていた

普段は強メンタルで跳ね返すが相手が相手だけに威力は計り知れない

ぷるぷると震える尊を他所に鶴は自分の中で湧き上がる何かに驚いて気持ちを落ち着かせようとした


クレープを食べ終え通りを歩く

服屋を見たいと言った尊に合わせ鶴も入店したがリーズナブルとは縁遠い店で値札の0が二つほど鶴の少しよれたパーカーの値段より多くあった

ぷるぷる震え出した鶴を見て尊はチワワみてーだなと思っていた

あれとこれとそれとパッパと服を選び試着した尊

その服だけで高級なプランドバッグが二、三個買える値段のを店員に持たせ試着室に消えた

「おい鶴!」

「ひょい!」

いつのまにか店の隅に隠れていた鶴は一喝されしぶしぶ、店員の微笑ましげな視線に汗を流しつつ尊の元へ歩いた


シャッ…

「…」

「…?」


試着室の青いカーテンから現れたのは学生服を脱いで、生地質のいい柔らかく艶々したシャツとグレーのミリタリーブルゾンジャケットにブラックデニムの姿だった

カラーは暗いが素材の良さと質感により高級感が出ていていい

何より尊の綺麗な金髪と凜とした美形の顔が何より映えていて、鶴は思わず攻め様!!と内心吠えた


「おい、なんか言えよ」

「へっ、あ、あの」

本当はとてつもなくかっこいい上の部類の芝崎尊を鶴は腐ったフィルター越しに見ている

何故ならそれが彼の楽しみであり、本来平凡隠キャ(自称)である彼はまじまじと真っ直ぐイケメンの姿を見れないせいであった

なぜかちゃんと尊を見るとドキドキする

と後の鶴は語る


「お客様大変お似合いで」

気配を消していた店員に鶴は猫のように跳ね

着替えた尊に頬を染めてそう言った

尊はそれを目に入ってはいないようで鶴の反応を窺っている

「……早く言えよ」

いつもはこんな事、他者の意見なんて絶対気にしないし王様の如く好きにしていた尊だったが、着替えた自分を見せるだけでこんなに緊張する己をバレないよう抑えていた


「か」


か?


「かっこいい、よ。攻めって感じ」

頬を赤くしモジモジと告げる鶴

「は、はぁ!?当たり前だろ俺様だぞ!あと後半のはいらねぇ!」

シャッとカーテンを閉め赤くなる顔を隠した尊

なぜか心臓が高鳴り胸に手を当て俯く鶴

鼻血を出して親指を立てる店員


シャッ!カシャっ!

「おいなぜ閉めやがる!」

「ごめんつい」

つい開いたカーテンを即閉めた鶴

疑問に思いつつも尊は睨みつけ言った

「次はお前だ」

「んん?」


「ではこちらへ」

接客業としてどうなのか鼻にティッシュを詰めた店員が案内する

腕を掴まれ尊に引っ張られる鶴


「次これ」

「んー」

「次だ」

「ん」

「次」

「…ん」

「次!」

「しつこいんだよ何回着せるの?着せ替え人形じゃないんだよ!?あと毎度カシャカシャ撮るのやめて!」

「うるさいな。お前もいつも撮ってんだろうが。天下のモデル様の俺様が無料で撮らせてやってるんだ撮らせろ」

「横暴!でも嫌いじゃない!」

アホなやりとりをしつつ試着しつつ楽しむ二人

二人とも実は初めての経験で浮かれていた

(これが放課後友達と買い物遊びかー)

(これが放課後デートか)


すれ違っていた



「あうっ」

「ん?どうした」

シャッ

「あっ、ああ!」

「んぐあっ!?」

変な声がしたから心配し咄嗟にカーテンを許可も取らず開けた

すると中では丈の長いズボンを履きかけた鶴が滑ったらしく姿見に両腕をついてこちらにお尻突き出すようにしてるではないか

たまたまぴっちりとした薄いピンク色の生地にpeachと書かれ桃の可愛いイラストが描かれたボクサーパンツから白くて丸い尻が半分ほどはみ出ていた

「い、いやぁ見ないでぇ」

「ッ!………」

鼻を打ったのと恥ずかしさから半泣きでこちらを向く姿勢は尊から見るとまるで後ろからする様な艶美な姿で一瞬で顔が真っ赤になり鼻血が流れた

「わっ、悪い!?」

慌ててカーテンを閉じる

尊は横から現れたティッシュボックスから数枚取り出し血を拭った

(や、やばかったエロい。エロすぎる)

思わぬラッキースケベを体感し半年はムラ&モヤを維持する男だった

※ティッシュボックスは離れていた店員が何かを察知し走って持ってきた




「……ど、どう?」

「……馬鹿(可愛い)かよ」

「え?馬鹿?」

試着したクリームホワイトカラーのマウンテンパーカーに大きめのカーキジャケットと青色のスキニーパンツだった

よく似合っていてその可愛さに尊は語彙力をなくしたそのせいで普通に暴言を吐いてしまった


「馬鹿?」

疑問を抱いて脳内リフレインしている鶴を横に

「これ全部買う」

「はい!承知いたしました!」

指差しで全部の服を買った尊に鶴はぽかんとした

「だ、だめだよ!僕の服までそんな!めっ!」

「幼児かこら。いいんだよありがたくもらっとけ」

「で、でも」

「給料もらったし余裕あるから平気だ。それとも俺様からの贈り物貰えねーのか?何様だこら」

照れ隠しから鶴のデコを指で突きつつそう言った

その指をきゅっと握り鶴は上目遣いで口を開く

「いいの?」

「んッ!?」

心がストレートに撃ち抜かれた尊はその光景を自動的に脳内補完する

「…いいんだよ。今日の記念だ」

「うん。じゃあ今度、僕が何か贈るね」

「……………期待しねーで待ってやる」

頬を染めたままレジに消えた

暑くなったから先に店の外に出て鶴は一息つく

「……あー、楽しいなぁ」

ポツリと呟かれた声は嬉しそうで、悲しそうだった


「ありがとうございました!またのご来店「行くぞ」」

店員をスルーして尊は鶴を呼んで歩き出す

「こっち向け」

「はい」

ぱちん

「んん?」

「やる」

触ると前髪がヘアピンにより固定されていた

水色のそれは鶴によく似合っていてレジ横にあったそれを尊は勢いで買ったのであった

「あの、これ」

「いいんじゃねそれ」

「う、うん。えへへ」

「はっ。変な笑い方」

「ありがとう」

「…ん」


照れくさい二人は手も繋げないが距離は確かに近づいていた





▼次回後半!&予告!



クイッと腕の服を軽く引っ張られた

「ねぇ………家、来る?」


「…へっ?」

驚いて斜め下の鶴を見ると心なしか頬を赤く染めて目を潤ませていた




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正当性恋愛の錯誤 黒月禊 @arayashiki5522

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