第39話:情熱はまるめてこねて9
夜。ビターは一人部屋を出てうるち宅の裏にある庭でため息を吐いていた。
「ちっともアイデアが浮かばねェ」
優勝に近づくためにはなにか他とは違う光るものがなければならない。
それは丁寧さや繊細さ、創意工夫と千差万別。味については大将やだんご屋みたいに経験を積んできた奴らには勝てない。ビターに残されたのは創意工夫、アイデアだ。
「アイデアといってもな」
「ビター? こんな夜にどうしたんだい」
アイデア(爆)の達人がこちらへ歩いてきた。
「眠れないの?」
「うるちか。いや、ちょっと行き詰まっててさ。アイデアってそうそう浮かばねーなって。俺は味ではプロ連中に敵わないから発想で勝負しようと考えてたんだよ。でも全然浮かばねェ。お前って凄かったんだな。ろくなアイデアなかったけど」
「それ褒めてるの貶してんの……まぁおいらも似たようなもんだよ。行き詰まって眠れなくてここに来たんだ」
「お前も?」
「うん」
二人で夜空に浮く月を見る。まんまるとだんごのような月だった。
「……今日朝ご飯もってくときに親父が仏間でお袋に話しかけててさ、だんごに対する思いとか情熱とか。それを聞いたら伝統も大切にしたいなって思っちゃって。でも新しいものもつくりたい気持ちもあって」
矛盾してるよね、そう呟くうるちはいつになく真剣な顔をしていて“らしくない”と感じた。
後先考えずにド派手に失敗してそれでも反省せずに(少しはしろ)突っ走るところが彼の長所だというのに。
「伝統と革命どっちを選べばいいんだろう」
「どっちかを選ぶってことはどっちかを捨てなきゃいけないのか?」
「え?」
「別に、こっちを選んだからこっちはいらねー! って完全に捨てる必要ないだろ。選ばなかった方もウマいこと拾ってやってどっちも活躍させてやりゃいいじゃん。どっちの美味いところも拾ってやるつーか」
目から鱗、といわんばかりの顔をしたうるちは次に笑顔を浮かべてみせた。
「どっちもって! ビターは欲張りだね」
「そういうお前は意外と頭固いな」
「そうだね。新しいことに囚われすぎて視野が狭くなってたかも。ありがとう。おかげですっきりしたよ!」
月に照らされ笑ううるちの顔はまんまるのでっかいお月見だんごに見えた。メルトだったらその頬に噛みついてるだろう。
「それに欲張りってのはメルトに使う言葉だろ。和菓子通りの時だってだんごを」
そこではっとする。
そういえばメルトは一つのものばかりを選ばずに(飽きもあったと思うが)いろんな種類のだんごを選んで食べていた。
それと芋蔓式に大量にだんごを買っていた人形少年の言葉も思いだす。
『ひとつだけ選ぶなんてもったいないよ』
ビターの頭の中の電球がピーンと光った。
「そうだ! どっちかなんてもったいないんだ! どっちも選らんじまえばいいんだよ!!」
「ビター?」
「恩に着るぜうるち! 俺も良いアイデアが浮かんだ!」
選択肢があるなか片方だけ選ぶなんてナンセンスだ。
一つだけなんて誰が言った。どっちも選んでしまえばいいんだ。
好きなもをありったけ詰め込む。スイーツはどんどん欲張っていいんだから!
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