第6話:バウムの森2

「メルトー! 起きろッ! 襲撃されてるぞーッ!!」

 ビターは満腹で気持ち良さそうに眠っているメルトの肩を掴んでぶんぶん揺する。

 メルトは目を半開きにして不機嫌そうにビターを睨む。

「なによぉ……人が夢の中にいる時に」

「だから寝てる場合じゃねぇ! モンスターが出た!!」

「は……?」


 メルトは寝ぼけ眼を擦り辺りを見る。

 確かに、自分たちの周りに焼き菓子に手足がついた魔物モンスターらしきものがたくさんいる。

 魔物モンスターにしては少々迫力に欠けるが、御伽噺でしか聞いたことのない伝説の生き物を見て狼狽する。

「どどどどうして魔物モンスターなんかいるのよ!? 現実に存在するわけないのに!」

「わかんねーけど言ってる場合か! さっさとこの森から脱出するぞッ」


 ビターがメルトの腕を引っ張り逃げようとするが、魔物モンスターたちは簡略化された雑な手足で素早く移動しビターたちを囲む。


 クキキッ。

 キキー!


「くそ、これじゃあ逃げられねー……」


 四方八方を囲まれビターとメルトは額に汗を浮かべる。

 メルトは初めて遭遇する魔物モンスターに顔を真っ青にしている。

 とても一緒に戦える様子ではない。


(当然だ。生意気な姫とはいえただの女の子だ……)


 俺一人で戦えるか。

 この得体の知れない未知の生物たちと。


 クキキーッ!!


 焼き菓子の化け物たちは一斉に二人に襲いかかってきた。


「いやあぁぁあ!」

 メルトが叫ぶ。

 このままでは二人とも奴らの餌食だ。


 ええい、一か八かッ!!


 ビターは思いっきり焼き菓子の化け物の胴体に拳を突き出した。

 要するに、ただのパンチ。



「うおりゃあァァーッ!!」



 ――パリンっ!


そんな乾いた音がして魔物モンスターの胴体は砕け散った。


 クキ……ッ。


 粉々になった一体の魔物モンスターは地面に倒れ、ドロドロとした紫色の液体になってしまった。


「よし! 何とか物理攻撃は通じる」

 ビターはガッツポーズする。

 少し見えた希望にメルトの顔色もいつもの薔薇色の頬に戻る。


「そうとなったらビター。やっておしまい!」


 そしてすぐ調子に乗る。


「結局俺一人で倒すのかよ!」

「ヤンキーは喧嘩が強いんでしょ?」

「そんな謂れなんて知らねー!」



 クッキキーーッ!!


 仲間をやられた焼き菓子魔物クッキーモンスターたちは怒りを増してビターに襲いかかる。


 ビターは攻撃を軽くかわし、空いた胴体に拳を勢い良く打ち付ける。


 ――パリンっ。


 ――パキッ。


 次々と大量にいた眼前の敵を拳で粉砕していく。

 みるみるうちに魔物モンスターの群れは減っていった。


 ドロドロの液体になった魔物モンスターたちの残骸を見てビターは一息吐いた。


「どんなもんよ!」

「ビター! うしろッ」


 メルトが叫ぶ。


 ビターの後ろには生き残った一体の焼き菓子魔物クッキーモンスターが忍び寄っていた。


 クキキーッ!


 ビターが攻撃されそうになった瞬間、咄嗟にメルトはビターの後ろに回り込んで両手を握り空高く振り上げた。



「不意討ちなんて卑怯ものー!」


パリンっ。


 最後の一体はメルトの必死の制裁によって倒された。



「いったい何だったんだ……」

「まさか魔物モンスターが実在するなんてね」


 二人は森を抜け、今度こそゆっくり休める町を目指して街道を歩いていた。

 夕日に照らされた街道はとても静かで穏やかだ。

恐ろしい生き物が彷徨いていた森が近くにあるなんて信じられない程である。


「もうこの街道には出ないわよね……」

「いないのが普通なんだ。もう出ないだろう」

「じゃあ、なんで魔物モンスターなんか出たんだろう」

「何かの前兆じゃなければいいけどな」

「……怖いこと言わないでよ」


 メルトがビターを睨む。

 睨まれたビターは笑う。


「咄嗟の判断とはいえ、なかなかナイスアクションだったぜ、姫様」

 メルトが自分を助けてくれたことの礼を言うと、メルトは頬をぷくぷくさせて喜んだ。

「当然よ。姫たるものどんな腐れヤンキーの部下でも大事にするもの」

「……腐れって余分じゃね?」

「ほら、早く町に着かないと寝る時間がなくなっちゃう」


 お前爆睡してただろうが。


 ツッコミを入れる前にメルトがビターの腕を引っ張り走り出したので、ビターはため息を吐きながら我が儘姫と歩調を合わせるのだった。

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