8-4 仕事

     ◆


 フーティ騎馬隊はまるでそれ自体が矢のようだった。

 ルニスタル伯爵軍の本陣を、夜明けと同時に一刀両断し、突き抜け、そのまま駆け抜けた。

 相手は油断しきっており、夜明けでも歩哨は立っていたが、彼らが声を上げた時には、すでにフーティ騎馬隊の四十ほどの騎兵が一塊になり、本陣を踏みにじっていた。

 突き抜けた時には、セラも私も、サリーンやランサも、全員が血でずぶ濡れになっていた。

「これで約束は果たした、ってところね」

 馬の足を抑えたセラが自然と私に並んだので、そう声を向けていた。私も興奮していたのだ。

 しかしセラは普段通り、冷静だった。

「部下を貸す。サリーン、グロリカさんを守って」

 了解、とサリーンが馬を寄せてくる。

 その時になってやっと私は気付いた。右手後方から迫ってくる馬群がある。

 すでに周囲は夜が明け、光の中にあった。

 二つの旗がはためいている。

 ユニコーン騎馬隊だった。

 セラは私を無事に離脱させようとしているのだった。

 確認する間も、考える暇もない。

 サリーンの先導で、私は他に二人の傭兵とともに左手へ逸れていく。

 追っ手がかかるかと思ったが、ユニコーン騎馬隊は私には構わずに、セラたちを追っていく。

 離れてみると、ユニコーン騎馬隊が激しい怒りに駆られ、その怒りを暴力に転化してフーティ騎馬隊に叩きつけようとしているのは自明だった。

 馬が潰れるまで駆けてやる、という風にも見えた。

「大丈夫かしらね、セラたちは」

 サリーンに確認すると、彼女は少しだけ笑みを見せた。

 寂しげなものではなく、強気のそれに見えた。

 その表情を見た途端、何か光が差した気がした。

 セラは決して博打を打たないのだ。

 全てを把握し、導いていく。

 丘の一つでサリーンが馬を止めた。前方の平地では騎馬隊が絡み合って走り回っている。黒い具足で統一された騎馬隊が一本の紐のようになっているのが見える。

 それがするすると丘の斜面を巡っているのが遠望でき、まるで斜面を上がることで足が鈍るのを避けているようだった。

 しかし、違うのだ。

「呆れた」

 私が見ている前で、丘が動いたような気がした。

 いや、崩れたと言っていい。

 実際に崩れたわけではない、そこに埋伏されていた歩兵がどっと逆落としを仕掛けたのだ。

 丘の下を際どくフーティ騎馬隊が駆け抜けた背後で、イムカ伯爵領軍の歩兵、おそらく五百ほどしかいないが、それが波濤となってユニコーン騎馬隊に衝突した。

 指揮官も瞬間的に察知したのだろう、ユニコーン騎馬隊は隊列を意図的に崩し、圧力を逃がすようにばらばらになった。

 それでも二十騎ほどは討ち取られたように見える。

「どこからあの歩兵が出てきたわけ?」

「昨夜のうちに、本隊から密かに分離させました」

 なんでもないようにサリーンが言うが、つまり、あの伝令からの指令書を受けたところで、即座に逆に要請を出したということか。

 抜かりないというか、強かというか。

「もっとも、騎馬隊の一つが打撃を受けた、というだけのことです」

 サリーンの声には珍しく、嘆くような響きがある。

「イムカ伯爵領軍は敗北します。ここでの歩兵のちょっとした勝利は、慰めにこそなれ、それだけのこと。それに私たちからすれば、彼らに甘い汁を吸わせながら、自分たちを守る道具にしただけのことです」

 丘の下で歩兵たちが隊列を組んでいるが、負傷者が何人もいるのが見えた。ユニコーン騎馬隊とて、反撃はするのだ。

 得をしたのはフーティ騎馬隊だけだったのかもしれない。

「どちらまでお連れすればいいですか?」

 さっぱりとサリーンが話題を切り替えた。私を安全地帯まで送ろう、というのだ。

 私はさっと手を振っていた。

「いえ、自分で無事に帰れるわよ。これでも十二大手の傭兵会社の査定係なんだから。あなたたちの仕事っぷりはちゃんと見たから、ま、報酬に関しては期待しておいて」

「護衛を一人でもつけますけど」

「ガ・ウェイン社の査定係を甘く見ないでよね」

 サリーンは笑顔を見せれくれた。こういう時、セラなら笑顔一つ見せないだろうが、まぁ、傭兵に愛想は必要ない。

 能力さえあればいいのだ。

「じゃあね、サリーン。セラやランサたちによろしく」

「お気をつけて」

 私たちはそうして別れた。

 それでも追っ手がかかること、何者かが襲ってくること、そういうものを警戒して、念には念を入れて安全地帯へ移動した。二度の野宿をしたけどやはり緊張したし、ほんの少し、かすかに、護衛をつけてもらうべきだったか、と後悔もした。

 しかしそんな気持ちも、ルニスタル伯爵領の街の一つに入れば、忘れてしまうのだ。

 街の宿に部屋を取り、風呂に入り、食事をするために街へ出た。

 どこにでもありそうな食堂で、出てくる料理も素朴だ。

 フーティ騎馬隊を査定した報告書をどう書こうかな、と思っているところへ料理が運ばれてきた。芋が原料の麺に、甘辛いタレがかかっている。ついでに分厚い肉もふた切れ、乗っていて、綺麗にきつね色に焼かれている。

 食事をしているとすぐそばの席にいる男二人の会話が耳に入ってきた。

 イムカ伯爵領軍は後退して、今、ルニスタル伯爵領軍は切り取った土地を整理しているという。しばらくは敵の逆襲に備えなければいけないから、食料はまだまだ長い間、徴発されるだろうということを二人は話していた。

 私は目の前にある料理を眺めつつ、今までに実際に見てきた各地のことを思い出した。

 食料が潤沢にある土地もあれば、ほんのささやかな食べ物を奪い合うようにしている土地もあった。

 クエリスタ王国というのは偉大だった。

 ほんの短い時間とはいえ、多くの民に、それなりの幸福を与えることに成功したのだから。

 戦争で人同士が争うこともなく、商売によって物資は巡りめぐり、国の広い範囲が同じような生活を送ることができた。

 いや、広い範囲というのは言い過ぎか。

 選ばれた範囲、というべきかもしれない。

 ある場所が選ばれ、ある場所が選ばれなかった。だから大きな国は内部から崩壊したのだろう。

 今、各地にある極端な格差は、実は国が統一されていた時にもあったし、統一される前にもあったのではないか。

 結局のところ、私たちは前進しているのか、していないのか、わからない。

 答えが出るのは、これから百年とか二百年が過ぎた頃だろうな、とは想像できた。長い時間が経たなければ、私たちは状況というものを俯瞰できず、また細部まで確認することはできない。

 日々を生きるには目の前の狭い範囲に集中し、隅にあるものは無視することが求められる。

 それが間違っているわけではなく、自然なのだ。

 しばらく耳をそれとなくそばだてたけど、フーティ騎馬隊の話題は出てこなかった。

 私は食事をしながら、彼女たちの無事を祈った。

 安全な場所にいて祈ることほど、後ろめたいことはないけれど。




(第八部 了)

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