第三部 金貸しと女傭兵

3-1 金貸しの女

      ◆


 私は久しぶりに対面した面々に、からかいの言葉を向けずにはいられない。

 だって、まだ若いくせに凄腕の傭兵として売り込み中なのだ。

「立派になったものね、あなたたち」

「アスラさんのご助力のおかげです」

 そう答えたのは他の二人より頭一つ長身の女性だった。隣にいる少年はムッとした顔をしているが、反対の隣にいる少女は無表情で、そのまま完璧に表情を微動だにさせない。

 長身の女がサリーン、小柄な少年がランサ、そして小柄な少女がセラである。

 私の感覚からすればサリーンが積極的というか、他の二人が明らかに意思疎通を拒絶しているので、サリーンがリーダーに見える。誰が見てもそう見るはずだが、実際にはセラが頭領だ。

「それで、今回のお仕事は護衛ということですが」

 やっぱりサリーンが話を先に進めた。

「ええ、そう。地図を見て説明するわ」

 私は卓の上に地図を広げ、街道を指でなぞって説明した。

 ホールダー公爵領の街のいくつかに支店を持つ金貸し、それが私だった。

 新しい支店をさらに一つ作ることになり、人員はおおよそ固まり、建物も整い、あとは貸すための銭を搬入するだけだった。しかし、銭を搬入するのが意外に難しい。

 普段はあまりやらないのだけど、今回は銀貨を詰めた袋をいくつか、輸送する。

 道は整備された街道を進み、途中に宿場の一つを利用して、二日の行程。

「うちの手勢で十分でしょう。何か希望はありますか、アスラさん」

 丁寧なサリーンの言葉に、私は「そちらこそ、何か希望はあるかしら?」とやり返すのに、サリーンは苦笑いだ。一方のランサは苦り切った様子で唇を歪め、対照的にセラは能面を維持する。とりなすわけでもないだろう、自然と真面目な顔になったサリーンが頷いた。

「こちらの準備は整っています。ご依頼通り、明日の出発でよろしいですね」

「良いわ。人夫はこっちで用意してあるから」

 私の言葉に、かすかにセラが目を細めた。気づいておいて放っておく手はない。

「セラ、あなた、何か言いたいの?」

 単刀直入に切り込んで見たが、セラは反応しなかった。

 問い詰めるほどでもないか。

 では、また明日、と三人は挨拶をして去って行った。

 部屋の扉が閉じてから、私は背後に控える護衛に声をかけた。

「ギール、あなたなら彼らを倒せるかしら?」

 黒髪を短く刈っている体格のいい男が、不服そうな顔をしている。

「一対一なら、負けません」

 なるほど、と私は答えたけど、舌打ちしたい気持ちだった。

 ギールはほんの半年ほど前、流れ者でこの街へたどり着いたのを、私が拾ったのだ。

 道端で大道芸の真似事をしており、その芸は、岩を切るというものだった。

 彼はいくつもの岩を剣で切り、観客が用意してきた岩も切って見せた。

 たまたまそこに居合わせただけの私は、興味本位でそこらへんに転がっていた岩を抱え、ギールの前に「切って見せて」と置いたところ、彼は平然と頷き、剣を振り上げた。

 剣に気が乗るのを、私は何度か見たことがある。

 この時もやはり、ギールの剣には気が乗っていたようだった。

 剣は一撃で鮮やかに岩を切った。

 切れてしまえば剣が切ったのではなく、気迫が切ったような印象さえ受けた。

 この一件で、私はギールを護衛として雇うと決めたのである。私の身辺に揉め事は絶えないけど、ギールは再三、適度な暴力を行使し、私の指示に忠実に従って有能さを示してくれた。

 暴力を振るうものは、ともすると、力を過剰に見せたがる。

 殺さなくていいものを殺す、と言ってもいい。

 仕事は順調。銭を借りたがるものは大勢いて、貸す銭に困ることはない。時間が経つうちに利子で私の資産は増えていく。それでまた銭を貸せるようになり、銭を借りるものを多く抱えられる。

 私はその日のうちに、ギールと彼の配下の私兵のような立場の者たちに、輸送に関する警護の打ち合わせをした。私兵は全部で二十名だけだが、ギールが稽古をつけて腕は上がっている。

 今回、連れて行くのは六人だけだ。ギールの選りすぐりの精鋭といったところか。

「傭兵は何人でしたか、アスラさん」

 ギールの確認に「六人」と告げると彼は真面目な顔で頷いた。納得しているような表情だった。

 今回の銀貨の輸送では、護衛は全部で十二名になる。他は私と、そばに置いている秘書の女性だけだから、総勢で十四名。旅籠は三つに分かれて利用する。あまりに危険な場所ならそんな選択はしないが、ホールダー公爵領は治安が安定している。

 あっという間に夜になり、床についた次には朝だった。

 身支度を整え、朝食を食べ終わり、表へ出た。

 その時にはギールの指揮で銀貨の入った荷箱が荷車に積まれ、偽装の荷物とともに山となっている。すぐそばには、セラが一人で立って見るともなく荷車の方を見ているそぶりだ。

 私が歩み寄っても、彼女は視線を動かさない。

「おはよう、セラ。仕事を引き受けてもらって、感謝しているわ」

 何がそんなに気になるのか、セラはほんの少しもこちらを見なかった。何があるのかと私も彼女の視線の先を追うが、荷車があるだけだ。

「何が気になるのか、教えてもらえる?」

 いえ、と聞こえるか聞こえないかの声でセラが答えた。

 追及したい気持ちもあったけど、そこへサリーンとランサが三人の若者を連れてやってきた。ギールの方も連れて行く他の五人をまとめている。

 そろそろ出立の時間か。

 私の秘書がやってきて、準備が整ったことを告げた。護衛はみな、馬に乗る。無論、私も秘書もだ。

 セラたちが連れている馬はなるほど、傭兵、それも騎馬隊として活動する騎馬隊らしく、立派な体躯のものが揃っている。私の私兵の馬とはまるで違う。悔しいが、私は金貸しであって、傭兵ではない。

 出発! とギールが声を上げ、隊が動き始めた。

 早朝でまだ人気の少ない通りを抜け、街を出た。

 特に気にすることは何もない行程が始まった。護衛たちは周囲に常に目を配り、前方に斥候のようなものを必ず二人、先に走らせ、後方にも目を配っている。

 運んでいる銀貨は、全てを合わせれば一つの家庭が何の我慢もせず三十年は生活できる。

 クエリスタ王国が分裂してから、この国は混乱の中に沈んでいる。剣や槍が大きな意味を持ち、その意味が大きくなっていくのに従って、人の命の価値は減少している。

 調和、寛容はどこかへ消え去り、今では強制、独善、支配などが一般的な要素となった。

 誰かと協力する時も善意からではない。悪意と悪意が部分的に重なり合うだけで、本当の協力ではないのである。

 私が私兵を持つのも、結局、私自身が人間の善なる部分を信じきれないからだろう。

 いつ襲われるかわからない、銭を奪われるか、それとも命を奪われるか、それがわからないのが不安であり、恐ろしい。

 私兵を持ったところで、本当に落ち着くことはない。

 この国は混乱、混沌に覆われている。

 街道を挟むのはどこまでも続く一面の畑である。春なので鮮やかな透き通るような緑に覆われている。今年は天気が良い日も続いているし、雨もほどほどに降っていた。農夫たちはやりがいがあるだろう。

 隊は街道を進んでいく。

 遠くで畑の世話をしている人が、身を屈めていた。



(続く)

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