ep.7 チンピラ

 苦笑いを浮かべる笠井の前に、ラーメンのどんぶりがどんと置かれた。


「たっちゃんさ。何度もいってるけど、スープに親指が入ってるの気を付けた方がいいよ。てか熱くないの?」


「じじいになるとな、熱いとか冷たいとか分かんなくなるんだ」


 それはもう色々とやばいだろう。そんな辰見の左手には小指がない。元、その筋の人間なのだ。今は足を洗ったそうだが、その実は定かでない。


 がらがらとガラス戸が引かれた。この店に一見いちげんは滅多にやってこない。たまにやってくる一見は基本的に、この店のたたずまいに気後れしないような猛者もさである。


「ゴウダさん、こんちゃす」


 チンピラ然とした風貌の二人組が来店した。ゴウダと呼ばれた辰見は、アタシにラーメンを配膳しながら横目で「おかえり」といった。


 ゴウダとは、辰見がその手の組織に属していた際の通り名であるらしい。もしかしたら辰見の方が通り名なのかもしれないが、この男に関しては細かいことを気にし出したら負けだ。基本的に得体の知れない人間なのである。


「あれ、静香姐ねえさんもいるじゃないすか」


「その呼び方やめてもらえない? 勘違いされるでしょ」


「そうすか? 合ってると思うんですがね、俺は。で、こいつは? 誰?」


 金髪をオールバックに撫で付けた澤村が笠井を横っ面を見下ろしながら言い放つ。笠井は気付かない振りをしているが、流石に無理があるだろう。


「アタシの元同僚よ。虐めないであげて」


 スキンヘッドの間島が「ほお」と言いながら笠井の顔を覗き込む。笠井は視線を泳がせながら、虫の泣くような声で「こんにちは」と返した。


「やめやがれ、うちの客に何してんだ。この馬鹿たれどもが」


 辰見の一喝に、二人はおずおずとカウンター席の下座に腰を下ろした。この二人は辰見の元舎弟だが、辰見が足を洗った今もこうして慕って店にやってくる。辰見は案外人望に厚い人物であるらしい。

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