5-9

 小山八雲は、語り口調の巧みさとその美貌とで、ホラーファン以外からの人気も高い。

 毎月四のつく日に行われるライブは毎回盛況で、特に都内で行われるものについては、当日の三日前に発売されるチケットが一時間もしないうちに完売し、毎回立ち見が出るほどだった。

 いつも小さなライブハウスが会場に使われる。席は大体、五十から多くても百席ほど。入場者数を考えればもっと大きな会場を選べばいいとも思われるが、決してそうしない理由があった。

 小山八雲のライブでは、ライブ終演後の「除霊会」が恒例になっているのだ。

 小山八雲は霊能力を持っているとされ、毎回ライブの入場者を対象に、除霊のサービスを行っている。入場者が多くなりすぎると「除霊会」を行えなくなるとして、毎回小さなライブ会場が選ばれるのだった。

 今回は下北沢の二百人程度を収容するライブハウスが会場だった。そこに五十脚ほどのパイプイスが並べられている。僕は中程の席に腰をかけた。

 開演十五分前には全席が人で埋まり、パイプイスの周囲には立ち見客が並んだ。

 そこにいる誰もが、これから聞かされる珍妙怪奇、不可思議千万な物語を待ちわびている。不安と期待の入り交じった落ち着かない雰囲気が堪らなく心地よい。

 やがて会場の照明が落とされ、青白いピンスポットライトがステージの籐椅子に当てられる。同時におどろおどろしい出囃子がかかり、小山八雲が登場した。

 つややかな黒髪を顎の辺りまで伸ばし、前髪は眉にかかる位置で切りそろえられている。一見すると日本人形のようだが、彫りの深い顔立ちと茶色がちな大きな瞳とが、西洋的な美しさを感じさせる。

 小山八雲は籐椅子に腰かけると、会釈をして拍手が鳴り止むのを待った。辺りがシンと静まりかえったのを確認し、その日最初の物語を話し始めた。

 小山八雲の怪談ライブは毎回構成が決まっている。まずその日のテーマに沿った十分程度の短い物語が五、六話披露される。十分の休憩を挟んだ後に、その日のテーマにまつわるよもやま話がフリートークの体裁で展開され、最後に、三十分ほどのメインストーリーが語られるのである。

 今日のテーマは「神隠し」だった。

 そういうテーマなだけあり、すべての物語で、必ず人が消える。幽霊や妖怪によって霊界へ連れて行かれるという類いの話もあるし、生きた人間による誘拐事件を思わせるような話もあった。霊的な話に限定されないのが、小山八雲の怪談が持つ大きな魅力だ。

 十分休憩が終わり、再び客が席に着くと、今度は出囃子なしで小山八雲がステージ上に現れた。

 フリートークの時間である。

 小山八雲は笑顔で会釈し籐椅子に腰かけると、客席にいる人間の数をかぞえ始めた。

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ……うん。どうやら誰も消えていないようですね」

 客がどっと笑う。僕も笑った。

「しかし、数えただけで安心できないのが、神隠しの怖いところです」

 籐椅子の脇に置いてあった湯飲みのお茶をひと口飲む。

「神隠しの中には、いないことにすら気づけないこともあります。もともといたはずの人がいなくなれば、人数を数えればその人がいないことに気づけます。しかし、もしその人が、もともといなかったことにされてしまった場合はどうでしょう。もともといないことになっているのだから、いくら人数を数えたって、気づいてもらえない。だってその人は、もともと人数に含まれていないのだから」

 小山八雲はそこで言葉を切り、微笑をたたえた大きな目で客の顔を見回した。誰もが、その大きな目に釘付けになる。

「私の友達に、東南アジアの、インドネシアに移住して長い人がいるんです。その人が、この間教えてくれました。『インドネシアのある島に、呪術を使う人形作家がいる』と。どういうことか訊ねると、『その人が作った人形を持っていると、友人がひとり二人と消えていく』と言うんです。しかもその友達が言うことには、『本人は友人が消えたことにすら気がつかない。なにしろ、その友人は、もともといなかったことにされるのだから』」

 小山八雲は再度お茶を飲んだ。僕は早く話の続きが聞きたくて、前のめりになった。

「私は興味津々になって、その人形作家がどんな人物なのか訊ねました。友達は実際にその人を見たことはないけれど、聞いた話では『子どもの頃に負った顔の火傷が原因で、友人がひとりもできなかったらしい。友人が欲しくて人形を作り始めたのがきっかけで、人形作家になったとか。だけど友人はなかなかできない。そこでその人物は、黒魔術を使って友人を作ろうとし始めた。その結果、人形に呪いがかかってしまった』」

 小山八雲が胸元に手を入れ、ごそごそ探った。

 そこから出されたのは、小さな人形だった。

「その人形作家の作った人形は、『友達人形』という名で販売されているそうです。これがその実物です。友達に頼んで手に入れてもらいました。ご安心ください。すでにこの人形は除霊済みです。もう、人の存在を消すような力はありません」

 小山八雲は立ち上がり、一番前の席に座っていた客に、その人形を手渡した。回し見をしろというのである。

「その作家は、人形を使って友達を作ろうと試みました。その願いを込めて、人形に『友達人形』という名前をつけたのです。しかし、その人形は持ち主の友達を消してしまう呪いの人形になった。作家本人には未だに、ひとりの友達もいないのだそうです」

 人形が僕のところまで回ってきた。それは毛糸で編まれた編みぐるみだった。のっぺらぼうで服を着ていない。股間のところに小さなおちんちんのようなものがあるところを見ると、男の子の人形なのだろう。

「私の友達は『友人が消えるのに友達人形なんて名前、皮肉だよね』と笑っていましたが、私はそう思いませんでした。その人形の持ち主の友人が消えてしまうのは、その人たちが、その人形の友達になってしまったからではないかと思うのです。友達人形の友達になってしまうから、その人たちは消えてしまう。つまり友達人形には、確かに、友達ができている。だから、その名前に誤りはない」

 小山八雲は人形の行方を目で追い、「もっとじっくり見てもいいのですよ」と微笑んだ。

「友達人形は少なからず、売れ続けているそうです。しかもそのだいたいが、旅行客によって買われているそうです。もしかしたら、あなたの家にもあるかもしれませんよ」

 再び客が笑う。一番前の席の男が手を上げて、質問をした。

「友達が消えたことにすら気付けないのなら、どうしてその力が本当だと言い切れるのですか?」

 小山八雲は「確かに」と頷いた。

「友達人形の力によって友達を消されても、その友達はもともといなかったことにされるので、その力が本当かどうか、厳密には確かめる術はありません」

 小山八雲は言って、舌を出した口元と眉を順に指さした。客が笑う。

「ただ、ある程度の目安として、次のような方は、『友達人形』によって友達が消されている可能性があると言えます。ひとつ目は、『友達がひとりもいない』という人。そして二つ目は、『夢の中に、実際には知らない人なのに、友人のように仲が良い人が出てくる』という人」

 背中に、冷たい汗が一筋の線を引いた。

 僕のことだと思った。

 鼓動が一気に速くなる。

「現在あなたに友達がいないのは、友達人形によって消されてしまっているからかもしれません。見知らぬ友人が出てくる夢は、消されてしまった友人と過ごした日々の微かな記憶なのかもしれません。そういう人は、家捜しをして、友達人形が家にないかどうか、調べてみるといいでしょう」

 小山八雲はそこで、手をパンと叩いた。

「まぁ、謎は無闇に解き明かさず、闇の中にたゆたわせているほうがおもしろいですから」

 それから話頭を転じ、別の話を始めた。

 小山八雲の話は、それからほとんど頭に入ってこなかった。

 フリートークで話される内容は、小山八雲自身も眉唾物と考えている話題がほとんどだ。今回も、ちょっとした雑談程度で友達人形の話をしたに過ぎないのだろう。

 しかし、僕は冗談として聞き流すことができなかった。

 フリートークが終わり、小山八雲がメインストーリーを語り始めてからも、僕は友達人形のことが気がかりだった。第六感が、なにかしらおかしなことが僕の身に起こっていると、ひっきりなしに強い信号を送り続けている。

 本編が終わり、「除霊会」の時間になった。

 真っ先に列に並んだ。前から三番目の位置につけることができた。

 ステージに水の入った小瓶と、羽がたくさんついている扇子が用意され、除霊会が始まる。除霊会は、いわゆる握手会の目的もあるので、除霊の儀式そのものにはそれほど時間はかからない。

 水をばらまき、扇子で扇ぎ、握手をすれば除霊は完了する。

 あっという間に僕の順番が回ってきた。

「神市辰明です。よろしくお願いします」

「あら、神市さん。覚えています。前回もいらしてくれていましたよね」

「あ、はい、お久しぶりです。今回はちょっと気がかりなことがあって……」

「いけない!」

 事情を説明する前に、小山八雲が大声で叫んだ。

「あなた、取り憑かれています!」

 小山八雲はスタッフに指示を出し、塩や榊の葉を用意させた。会場が一気に色めき立つ。

「ちょっと、本格的な除霊を行います」

「どんな霊が取り憑いているんですか?」

「霊と言うよりも、呪いのようです。最近、黒魔術師と会って話をしましたか?」

 黒魔術師になど会ったためしがない。

「そうじゃなくても、例えば、さっき話した友達人形のような、不可解な物品を手に入れたとか」

「いや、そんなことはないと思いますが、確かに、さっき友達人形の話を聞いたときに、すごく気になったんです。他人事ではないような感じがして……そのことが関係してるでしょうか?」

「もしかするとそうかもしれません。とにかく、除霊を行います。そこに正座になって!」

 除霊の儀式が始まった。

 小瓶の水が振りかけられ、扇子に扇がれた冷たい風が頬を滑り抜けていく。塩がまかれたかと思うと、カサカサと榊の葉が擦れ合う音。

「あんじゃらもんじゃら」

 除霊のための呪文が唱えられる。

 途端に、意識が遠くなった。潮の満ち引きのように、さまざまな記憶が行ったり来たりする……。

 やがて意識が戻り、心が夕凪のように穏やかになった。

「除霊終わりました」

 目を開けると、小山八雲がにこやかな顔で言った。

「友達人形、噂では聞いていましたが、実物は初めて見ました」

 僕は手渡された友達人形を受け取り、それをジッと見た。水をかけられ少し濡れているが、それ以外で変わった点は全くない。岡崎から預かったときと同じだ。

「しっかり除霊をしておきましたので、これでもう、お友達が消えてしまうことはないと思いますよ。消えていたお友達も、元に戻ったはずです」

「ありがとうございます。依頼者にそう伝えます」

 一礼して振り返ると、鼻息の荒い行田が「やっと俺の番だ!」と叫んでずんずん向かってきた。

「神市、先に帰っててもいいぞ、もしかすると長話になるかもしれねぇ!」

 行田は小山八雲の前に立つと、自信満々に「空飛ぶ煙草」の話をし始めた。

 小山八雲の苦笑いを見て、さほど長話にはなるまいと思った。

 とにかく、友達人形の謎は解けた。

 友達人形は、持ち主に友達を作る物ではなく、人形が持ち主の友達を奪って自分の友達にするという類いのものだった。しかし小山八雲によって除霊をしてもらったから、今後友達が奪われるようなことはない……。

 僕は結果報告会のアポを取るために、スマホを開いた。岩島から、メッセージが届いていた。

『本田のあの女、とうとう逮捕された。また自宅に侵入されて、本田が警察に突き出したらしい。今度の撮影会は中止だ』

 残念そうにしている岩島の顔が容易に想像できたが、本田の立場になれば、当然の対応だろう。

 岩島を元気づけるため、返事を書いた。

『そうか。ただ、別のネタがあるよ。こないだ話した友達人形、謎が解けたんだ』

 僕は表へ出た。

 暖かくなった春の夜風に吹かれていると、不服そうな顔をした行田が、首を傾げながらライブハウスから出てきた。

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