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 あれ以来、オシリサワリが奈々子のお尻を触ることはなくなったらしい。

 岩島の考察では、僕と奈々子が聞き込み調査目的で両桜線を何往復もしたことが、奈々子にオシリサワリが憑依した原因だろうとのことだった。

 僕もそうだろうと思う。餌をやることで懐いてしまう野良猫のように、オシリサワリも奈々子の美尻に魅了され、取り憑くほどまで虜になってしまったのだ。

 オシリサワリはまさに悪鬼だった。

 岩島は事態を重く見て、奈々子が出演している動画を非公開にすべきか悩んでいた。例の動画はコミカルな編集に終始しており、危機感を煽るような雰囲気が皆無だったのだ。

 しかし、当の奈々子がそれを拒否した。それはそのままにしておき、それとは別に、オシリサワリの恐怖を語る動画を撮ろうと提案した。岩島も了承し、後日、奈々子の部屋で動画は撮影された。

 奈々子の生々しい体験談が反響を呼び、再生回数が一週間で三十万回を超える人気動画になった。


 僕はオシリサワリに関するブログに加筆修正を施し、台所へ行って牛乳を飲んだ。

 オシリサワリという呼び方が正しくないように思われて仕方がなかった。お尻以外も触ることがわかったのだから、もっと別の呼び方をしたほうがいいのではないか。

 考えていると、電話が鳴った。氷山芽衣子からだった。

「あいよ」

「もしもし。神市、相変わらず暇ね」

「芽衣子からいつ電話があってもいいように、時間だけはしっかり確保しているからね」

「よろしい。ところで、今日、また古木デンタルクリニックに行ったのよ」

「居酒屋感覚で行ってるね」

「また歯がうずきだしたのよ。横山さん、元気そうにしてたわよ」

「それはよかった」

「神市に感謝しきりだった。神市、お手柄だったらしいじゃない」

「かなり怖かったよ」

「本当に怖いわよね。両桜線、滅多に使わないけど、使うときは私も注意しなきゃ。ほら、私も美尻なのよ。太陽のように輝いているわよ」

「ああ、芽衣子のお尻からは紫外線が出てるって噂を聞いたよ」

「ねぇ、その噂の出どころ教えてよ。セクハラで訴えてやるから」

「ところでさ、オシリサワリっていう名前についてどう思う?」

「どう思うって、ふざけた名前だなとしか思わないわ」

「そうだよね、お尻以外も触るんだから、もっと別の名前にしたほうがいいよね」

「私が言うふざけた名前ってのはそういう意味ではないけど、確かにそうね。別の名前にしたほうがいいかもしれないわね」

「なにがいいだろう?」

「知らないわよ。李澤四良だっけ? それをそのまま使えばいいんじゃないの? 李澤四良の怨念とかなんとか。そんなことより聞いてよ神市、この間ね……」

 二人で大笑いをしてから電話を切り、僕はデスクに腰をかけた。

「李澤四良……李澤四良……李澤……李澤……四良……四良……」

 李澤四良の名前を繰り返しながら、オシリサワリの新しい名前について思案する。

「李澤の怨念……四良の怨念……李澤……李澤……四良……四良……李澤……四良……りさわり、さわり、しりょうしり……」

 おりさわ、しりおわりさ、おさわりしり、おしりおりさわ、おしりわさり、さわりおしり……おしり……さわ……。

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