第3話 入院生活①:絶望

 しばらく救急車で運ばれていると、サイレンの音が止まった。どうやら病院に着いたらしい。


 救急車の中から外の様子は見えなかったので、どこへ運ばれているのか全く分からなかったが、病院内の案内を見る限り、隣の市の大きい病院らしい。


 ストレッチャーに寝かされたまま、大きな部屋へ運ばれ、先生に状況を説明する。少し話をした後、MRIとレントゲンを撮ることになった。


 幸い、痛みはあるが体を横に転がすことはできたので、ストレッチャーからレントゲン台へ、MRIところころ転がり移動する。その度、よかった、転がれるんだね!と技師の方に褒めてもらい、なんだか複雑な気分だった。


 なんとかレントゲン、MRIを終え、次は診察らしいが、整形外科の先生の手が空いていないということで、別部屋で待機する。


 後から荷物を持ってきてくれた父と、診察終わったらどこに会計行けば良いんだろう、等と話していると、診察準備できたよ、と看護師さんに呼ばれ、またストレッチャーでガラガラ移動。


 この時はまだ、まさか一週間も入院することになるとは思っていなかったので、痛み止めもらって家で安静にしておけば良くなるかな、なんて甘い考えでいた。


 運ばれた先は、大きな待合室。


 ストレッチャーの上から横目であたりを見ると、診察を待っている様子の人はいない。しん、と静かで、初夏の昼間で明るいからか、電気も点いていない。


 ストレッチャーがぎりぎり入る診察室のドアをくぐると、これから私の担当になる整形外科の先生が、さっき撮ったレントゲンを見ていた。


「骨は折れたりヒビ入ったりしてないね。筋肉が引っ張られて切れちゃったのかも」


 重いものを持った時に腰を支える筋肉が伸びきって、腰に大きな負担がいってるんじゃないかな、と先生が言う。


 良かった。骨に異常はないんだ、と思った。医療に詳しくもなんともないので感覚だが、なんとなく、骨に異常はないと言われると、そこまで深刻ではないのだろうと思ってしまう。


 そうなんですね、と答えると、


「じゃ、このまま入院だね」


 と言われ、とっさに、え?と答えてしまう。


 入院も考えなかったわけではないが、そんなにあっさり決まるものなのか、と驚いてしまった。


「だって、どうやって帰るの?歩けないでしょ?」

 

 確かにそうである。


 はい。じゃ、入院ね。自分で大丈夫だな、と思ったら退院して良いよ。と先生が言うと、診察室から私の乗ったストレッチャーが運び出され、ドアが閉まる。


 ここで私の頭に真っ先に浮かんだのが、仕事どうしよう、だったのは言うまでもない。入院がショックというよりは、仕事に穴を空けてしまうことがショックだった。


 しばらく、仕事どうしよう…会社に電話しなきゃ…と考えていると、看護師さんがやってきて、入院に必要な検査をしてから、病室へ移動しましょうねと声をかけてくれた。


 父と別れ、またストレッチャーで移動。大きすぎて入れない部屋もいくつかあるので、広場みたいなところにストレッチャーごと置いて行かれると、横を通るおじいさんやおばさんに不思議な目で見られる。


 腰以外は元気なので、見た目は何の異常もない人がストレッチャーに横たわっているだけである。これがめちゃくちゃ恥ずかしかった。


 え?ケガしているわけでもないのにストレッチャー?歩けなくなるほどの重病なの?と、ストレッチャーの横を通る人の目が言っている。


 申し訳なさと恥ずかしさで消えてしまいたかった。


 やっと人通りの多い広場から移されると、いくつかの検査を終え、入院する病棟へ移動する。私の他に3人患者がいる大部屋だった。


 入院に際しての説明、同意書へサイン、どうやって治療していくか、食事の時間等、看護師さんから説明があったが、当然起き上がれないので、ベットに横たわったまま全てをすませる。


 説明の中で、病室内での電話は不可なので、電話を使う場合は専用のコーナーに行ってね、とのことだったが、歩けないのでそこまで行くことができない。


 しかし、現状自分がどういった状況で、どのくらい治療にかかりそうなのか、復帰はできそうなのか、細かく上司に伝えなければならない。


 とはいえ電話ができないし、まずこの時は、本当にまた歩けるようになるのか?と思うくらい腰が痛かった。


 まあ、電話できないんじゃしかたないし、着替えとか必要なものを持ってきてもらう時に家族に説明して、代わりに会社に電話してもらうしかないか…と考えていたのだが、私が入院したのは2年前。そう。コロナ禍真っ只中である。もしや…とは思ったが、


「今、コロナ禍で面会全面不可なの。必要なものはご家族にナースステーションに持ってきてもらって、看護師から渡す形になります。お話もできないです」


 ごめんね、と看護師さんが言う。


 ですよね、と作り笑顔を浮かべた私の頭には、絶望の二文字が浮かんでいた。

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