6.首絞め

 金切り声が俺の耳をつんざいて、何か固いものが側頭部に衝突する。足の甲に角が突き刺さる形でスマホが落ちてきて何がぶつかってきたのかを理解する。だから言ってるでしょ、スマホ投げたらまた壊れれちゃうよ、そう言いながら俺はウサギのシリコンケースに包まれた彼女のスマホケースを拾い上げた。足の甲に痣が増えたことには目を瞑る。いつものことだし。

 部屋の入り口で俯く彼女にほらと言いつつスマホを差し出す。ぶつぶつと彼女が何かを呟いているのだがそれは上手く聞き取れなかった。ただあまりよろしくないことだったようで、俺は彼女に肩を突き飛ばされてそのままバランスを崩して床に倒れた。どたんと大きな音がして、下の階の住人が留守であることを祈る。昨日も怒鳴り込まれたばかりだったから。彼女が俺の腹の上に座り馬乗りになった。キャンキャンと金切り声が響き渡り、どうやら俺を責め立てているようなのだけど、そういった声は幼少期からの訓練で耳がシャットアウトするようになっている。その分身体も動かなくなるのだけど。頭の後ろがびりびりして、手の先と爪先が冷たくなっていくのが分かる。

 俺が何も言わずに動きもしないものだから彼女は泣き出して、その勢いで俺の首に手をかけてきた。万年冷え性の冷たい指先が俺の首筋に食い込んでくる。ぐえ、と間抜けな声が漏れ出た。彼女の顔を見れば涙と鼻水でぐっちゃぐちゃになっていて、口だけが高速で動いていた。視界がブレて、幼少期の思い出が混入する。だからすぐに目をきつく瞑った。

 こひゅ、かはと、息をしようとするたびに変な音が漏れる。喉に通っているホースが平たくなっているのが何となく感覚でわかる。気のせいかもしれないが。それから喉仏がぐりぐり上下に動いていた。

 えっと、なんだっけな。さっきなんて言われてたんだ。適当に返事して、それから、えっと、多分いつもみたいに怒られて、駄目だ脳みそに酸素が足りない。

 そっと目蓋を持ち上げてみる。端の白くなった視界の真ん中にふらふら揺れる頭がある。俺の目も涙でいっぱいになって、もういよいよぼやけて分からなくなった。頭が痛い、苦しい、苦しいし、寒い。

「あんたなんて」

 そんな言葉を認識して、心臓がバクバクいって冷や汗が出て、俺はまた目を瞑る。

 俺だって、頼んだ覚えはないよ。

 そんな言葉は誰にも聞こえない。

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