赤き女王と初陣 〜Jack and the Beanstark〜 前編

 紅との緊急謁見から明けて、朝。


 武装したルージュ一行は、噂の巨木が生えたと言われる、国境近くの開けた土地へと赴いた。


 相手の出方次第では、即時戦闘に入る事から、ルージュはいつもの赤いマントに短いコートオブプレートの装着した旅衣装。


 アルフレートとルドルフはポールドロンにマントを武装していた。



『アルフ、各国の様子は?』



 大地を滑る乾いた風を全身に浴び、マントを靡かせながら巨木を見つめるルージュが冷静に問うた。



「各国には警鐘済。すでにレベル1の警備へと移行を完了しています」



 これは、決してあってはならぬ事ではあるが。


 万が一ルージュたち率いる防衛国が戦闘に敗北した場合を想定し、彼女たちが【狩り】を行う時には、各国も1から5段階のレベルに合わせた警備体制を必ず整える取り決めになっている。



『うん。ありがとう……うちの守備は?』


「書庫はアマデウスたちが守ってくれているよ」



 その設定されたレベルに合わせて、シャプロン国からは、アルフレートとルドルフが取りまとめる狼たちが派遣され、それぞれの国の本を所蔵する「書庫」の警備にあたる。


 今回は標的が一番近いシャプロン国にリーダーであるアマデウスの一陣が配備された。



「こっちは援護でリチェルカーレが来てくれてる」


『そうか心強いよ。リチェルカーレ。よろしくね』



 ルドルフの背後からスッと姿を現した白狼は一鳴きしてから、ルージュの差し出した手に擦り寄った。



 これで、戦闘体制は整った。





――――――



 巨木へと近づいたルージュが木の表面に手を滑らせる。



「これが問題の巨木かあ…」


『木というよりは蔓の集合体だね』



 近づいてよくよく観察すれば、巨木とは言いながらも、その幹は一本で構成されているものではなかった。


 細いとは言い難いが、それでも蔦と呼ぶべきであろう植物が幾重にも折り重なり、絡み合い、そうする事で一本の木のように空高く伸び上がっていた。



『あの時は遠目だから気づかなかったよ』



 街の周りにも生えたという木が、本当に目の前の巨木と同じなのなは分からない。


 しかし、あの時きちんと異変を受け流さずに、確認しておけば……もっと早くに対応出来たかも知れない。


 ルージュが苦虫を噛み潰したような表情を一瞬見せた…………その時。




――ゴゴゴゴゴ………




 重く、低い振動がルージュたちを襲った。


 それは紛れもなく何かの予兆。


 自然現象で起こるものではない意図的な前触れ。



 咄嗟に、アルフレートとルドルフがルージュを囲うように背中合わせに立ち、それぞれサーベルに手を掛けて警戒を強めた。


 そんな騎士たちの背中の間で、ルージュはニヤリと笑った。



『……来たよ。天空からの来訪者だ』


「天空!?」


「……なるほど」



 全てを知っていたかのように初めから、納得いったかのようにゆっくりと、そして驚きのあまりに素早い動きで。


 三者三様に空を見上げた。



『この木は豆の木だ。巨人を大地へ下ろすための梯子であり、グリムへの侵入経路』



 ルージュが不敵な笑みを浮かべ、推理を語る。



『そして先行してグリム同盟国へ侵入。この木を植え付け、成長させたのが主犯格のジャックだ……』



――攻め込んできた国は【ジャックと豆の木】だよ。



 ルージュは、城でこぼした物語の表題を繰り返し、二人へ答え合わせをする様にこれまでの事を繋ぎ合わせた。


 ジャックは「豆の木の植樹と成長」を自在に操る事が出来る特殊能力を持ち得ている。


 紅の管理する作物の急成長の原因は、この巨木を成長させるために使った力の余波と考えられた。


 そして街の周りに植樹された木々もまた、いずれは目の前の巨木のように成長し、空から来訪者を次々と下ろす梯子となる。


 もし、それがもっと早い速度で決行され、気付かぬうちに無数の梯子が完成してしまったら。


 シャプロンがいくら防衛国とはいえ、太刀打ちは出来ないだろう。


 ジャックはそれを狙ったのだ。



「それで…ジャックはどこに…」


『さぁ。この辺りじゃなさそうだ。でも巨人の侵入完了を確認したいはずだから、そう遠くはないんじゃないかな?』



 少しずつ大きくなる人影を見つめたままに語り続けたルージュは、そっと天空から目を下ろして、アルフレートとルドルフを見据えた。



『……アルフレート、ルドルフ』



 女王の声に、二人の耳がぴくりと動く。


 本能が反応している。


 この声は主から命が下る時のものだと。



『二人とも、フルリベレーションを許可する』




――フルリベレーション。




 以前、ルドルフが腕だけを獣の姿へと変化させたのとは違い、完全に狼の姿になることを指す「フルリベレーション」。


 それは外見にとどまらず、守備・攻撃などの能力や、思考なども人とはかけ離れてしまう。


 さらにフルリベレーション後は、ルージュの命令にしか従わないようになってしまうため、フルリベレーションは、彼らの完全戦闘モードを意味していた。



『二人は巨人の国内侵入の阻止を最優先。村や町へ絶対に被害を出さないで』


「わかった!」



 手のひらに拳をぶつけて気合を入れるルドルフに次いで、アルフレートが目配せでルージュを伺った。



「巨人への対処は?」


『場合によっては討伐を許可する。全責任はボクが請け負うよ』



 これはあくまで防衛。


 他国の民の命を奪う事は、最小限に止めなくては今後の国交関係に関わる。


 それは理解している。


 ただ、それでも守りたい物を天秤にかけなくてはならぬ時が、残酷なことだが存在する。



『ごめんね。頼むよ。アルフ』


「……了解」



 ただただ、凛として。


 全てを受け止める覚悟を示すルージュの、気高くも幼い横顔を少し辛そうに見つめてアルフレートは短く返事した。



『リチェルカーレは、ボクと一緒にアルフとロロの後方支援をしながら、ジャックを叩く。いいね』



 優しく頭を撫でてやれば、主人に似た人懐こいリチェルカーレの表情が、一気に獣の姿へと変わる。


 それは立派な戦闘員の表情だった。



『二人とも準備はいいかい?』


「仰せのままに、ルージュ陛下」


「いいよ、ルー。一緒に戦おう」



 ルージュがそっと手を差し出せば、アルフレートとルドルフは、その手に誘われるようにルージュの前に跪いた。


 二人の騎士の頭に、ルージュが優しく片手を乗せ、ゆっくりと瞳を閉じて深呼吸をする。



「近衛騎士 アルフレート。近衛騎士 ルドルフ。……フルリベレーションだ」



 ふわりとひと撫でし、ルージュが二人の頭から手を離した途端。


 バキバキと骨が鳴るような音と共に上がる、獣の唸り声に合わせ、アルフレートとルドルフの姿は一変。


 アルフレートは、体高1メートルほどの蒼い獣毛に覆われた狼へ。


 そしてルドルフは、アルフレートをも超える、超大型の緋い獣毛に覆われた狼へと変化を完了した。


 二頭の巨大な狼に挟まれ、ルージュが再び巨木へと振り返った時、ズゥゥ……ンと低い音が響いた。


 ついに「豆の木の巨人」がグリムの大地へと降り立ったのだ。



「さぁ、行こう。【狩り】の始まりだ」



 ルージュの静かな開戦宣言を合図にするように、ぐわっと立ちたがった巨人が吼えた。




――――――――――



―――ガガガッ、ドンッ!


―――ガガガガガッ、ドンッ!




 巨人の闊歩する轟音に合わせて足元が揺れる。


 そんな悪状況の中、巨人を街から引き離すためにルージュたちは街の反対方向へとひた走る。


 地上に降り立ち、すぐにルージュたちを敵と認識した巨人からの猛攻は即座に開始され、誘導するルージュたちを追いかける巨人の攻撃は、立て続けに繰り返された。



『―――っ!!』



 巨人の追いかける足取りの変化を察知したルージュが咄嗟に振り返り、後方を睨みつける。


 するとそこには、近場の大岩を掴み、大地を捲り上げんとする巨人の姿があった。



『……ロロ!!』



 即座にルージュが名前を叫び、腕を振り上げる。


 すると、先頭を駆け抜けていたルドルフがすぐさまルージュの元へと舞い戻り、彼女の前へと飛び出した。




―――ゴォッ!!




 巨人が捲り上げた大地をルージュたち目掛けてそのまま投げつけてくる。



『受けろ!!』



 端的なルージュの指示に、ルドルフは四足歩行のオオカミの体をブルリと大きく震わせて、再び身体を変形させ始めた。


 咆哮とバキバキと言う音と共に、ルドルフはその場で立ち上がり、上半身のみを人の体に近づけた半獣状態へと変化。


 迫り来る岩を抱き止めるようにして抱えると、そのまま大岩を投げ返した。




―――ドガァッッッ!!




 投げ返された岩は、巨人の直接的なダメージにこそ繋がる事はなかったが、足止めの時間稼ぎには十分過ぎる効果を発揮した。



『さすが……フルリベレーションしたロロは強いね……負けてられないな!』



 この手を逃すほど呑気ではない。


 ルージュは、素早く腰元から愛用のダガーを引き抜くと、半獣のルドルフの肩へ飛び乗った。


 そのままルドルフの肩を足場に飛び上がると、巨人へと白刃を突き立てた。




――――パキッ!!




 手応えのない、軽い音。


 巨人の移動速度を落とす目的で、足へダガーを突き立てようと試みるも、ルージュのダガーの方が負けてしまい刃こぼれをしてしまった。



『……チッ。やっぱりこんなのじゃダメか……』



 奥歯を噛み締め、露骨に悔しい表情を表に出した時、背後でアルフレートの遠吠えが響いた。


 その声にルージュがハッと我に返り、見上げると、そこには倒木した幹を掴み、箒の要領でルージュを払い除けようと木を振りかぶる巨人の姿があった。



『わお……っ!』



 思わず間抜けな声を出した次の瞬間。


 ルージュの体は急に何かに引っ張られ、性急に横へと傾いた。




―――グワァァアーッ!




 先程まで自分が身構えていた場所が、目の前で一気に更地へと変わるのが見えた。



『さすがに危なかったな……』



 もし何かに引き寄せられず、あの場所から退避していなかったら……ダメージは不可避だっただろう。


 そんな想像もしたくない事を考えながら、ルージュは自分を危機から救ってくれたリチェルカーレの頭を撫でた。



『ありがとうリチェルカーレ……!』



 ルージュが攻撃を受ける直前、彼女の背後へと飛び込んだリチェルカーレは首根っこの服に齧り付き、そのままを安全な場所までルージュを退避させたのだ。


 すぐさま体制を整え直していると、今度はルージュの背後からアルフレートが巨人に仕掛けるように飛び掛かった。



『アルフ、噛み砕け!!』



 自分を通り過ぎる蒼狼にルージュが叫ぶ。


 承知の上と言わんばかりの咆哮を上げたアルフレートは目標に飛び掛かると、巨人が反射的に差し出した腕に牙を突き立てた。



 しかし―――



『アルフ!!』



 確実に仕留めたと思われたアルフレートの躯体が、まるでぬいぐるみを投げ捨てる子供のような動作の巨人によって振り払われてしまった。



『アルフの牙が通らないか…』



 ひらりと空中で身を切り返してから着地したアルフレートが、再びルージュの元へと駆け寄って、彼女を護るように巨人へ威嚇行為を見せる。


 従順な狼を落ち着かせるようにそっと手を添えて次の策を練ろうと、ルージュがふと大地に目を落とした時。


 その場が戦闘の最前線だというのに、やたら青々しい若葉と苗木が足元に生え始めていることに気がついた。



『まずいな……ジャックはまだ巨木の梯子を増やすつもりか……。一本目から次が降りてくるとも限らない……数が増えるのは厄介だな』



 こちらの基本的な攻撃は効果が薄い、時間をかければ足元の木々が成長し、援軍を呼びかねない。



『(……さて、どうしたものか……)』



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