幕間「スノームーン」


 ――と、ある日のシャプロン国。


バタン!!と不躾にも大きな音を立てて【謁見の間】に飛び込んできたのは、かなり慌てた様子の近衛騎士「人狼 ルドルフ」だ。



「ルー! 大変だよ! 今日は満月なんだってさ!」



先月の「ウルフムーン」の時に、みんなで語り合った事を思い出したルドルフが、今日も何かあるのでは……と思い立ち、仕事も放り出してルージュの所へその事を報告しに来たのだが……。



『ふーん……』



当の本人、シャプロン国の女王である「赤ずきん ルージュ」は、無愛想な返事をルドルフに返すと、ギュッと己の赤いマントに包まりながらカタカタと震えはじめた。



「……あれ……ルー、元気ないね……?」


『ロロ……寒くないの?』


「え? ……今は、普通かなぁ?」


『そっか、オオカミだもんね。羨ましい……』



ぽそりとそうこぼすと、ルージュはトレードマークの赤いマントについたフードをより深く被り込んだ。


そして、ついには玉座に腰掛ける「赤い布の塊」となり黙り込む。


ルドルフはそんなルージュの姿にオロオロと慌てふためくが、ルージュからの反応はなかった。



「やめとけ、ロロ」



そのとき、突如聞こえた背後からの声に反応してルドルフが振り返れば、そこにはもう一人の近衛騎士「人狼 アルフレート」が立っていた。



「ねぇ……アルフ……ルーはどうしたの? すっごいご機嫌斜めじゃん」


『急に雪が降ったからな……ルーの身体にはキツいんだろう』


「あー……ルーは寒がりだもんね……」



主に聞こえぬ様に小声で会話をしながら、彼女の不機嫌の理由を理解したルドルフが、改めて赤い塊に目線を投げる。


塊の隙間からは不貞腐れた表情のルージュが、頬を膨らませている。


そんな滑稽な女王様の姿に思わず吹き出しそうになるが、そんな事でもしてみれば不機嫌に拍車がかかるに決まっている。


ルドルフが慌てて笑いを堪えるために口元を押さえた、その時……。



「あ! そうだ!……ねぇ! ルー!」


  

ルドルフに名案が浮かんだ。


そして、その瞬間にはもう彼は体を動かしていた。



「なんだい? ロ……っ!!」



名を呼ばれ、渋々とマントから顔を出したルージュは目の前の光景に思わず驚き、息を呑んだ。


何せマントから顔を出した途端、目の前がルドルフでいっぱいになり……気がつけば、彼にギュウギュウと力強く抱きしめられていたのだから。


さらにルドルフは、軽々と彼女を玉座から持ち上げると反射的にしがみ付いてきたルージュをギュッと抱き寄せた。



「ね、こうすればあったかいでしょ?」


『………』


「ロロ、お前……!」



あまりの驚きからか、それとも部下の無礼からくる怒りからか……再度黙り込んでしまったルージュの様子に焦ったアルフレートが、慌ててルドルフの腕の中からルージュを救出した。



「……あれ……? ルー、怒った……?」



アルフレートから救助され、自分の前に立つルージュはなおも俯き……無言のまま。


そんな彼女の様子にルドルフは、狼耳をぺシャンと倒してから、ルージュの顔を覗き込んだ。


そして、ルージュの表情が読み取れる位のところまで覗き込んだ瞬間……彼女は肩を震わせ始めた。



『………っ、あはははっ!』


「うわぁ!」



声高らかにルージュが笑い声をあげ「おかえしっ!」と一声上げてから、ルドルフに抱きついた。


突然の反撃に思わずバランスを崩したルドルフがその場に倒れ込む。



『本当だ……ロロは暖かいね。』



小さなルージュを押し潰してしまわぬように、気を利かせて自らの上にルージュを乗せるように倒れたルドルフの頭を抱え込む様にして、ルージュはそれは愛おしそうに緋い狼を抱きしめた。


そして心の落ち着く「家族」の温もりを感じながら、その琥珀色の瞳を細め、深呼吸をした。



「でしょでしょー!?」



自分の主人であるルージュからの愛情に勘づいたルドルフが驚きの表情から、一転。


寝かせていた耳を一気に立ち上がらせて心からの喜びを表現した。



「はぁ……」



二人して床に転がり、目一杯にギュウギュウと抱きしめ、戯れ合う姿に呆れた声でアルフレートがため息を吐く。


ルージュはそんな彼の様子を見逃す事なく、すかさず声をかけた。



『……アルフも来たら?』


「いや……さすがに俺は……」



片手を上げてそう否定するアルフレートなんて、想定の範囲内だ。


そんな事を思いながら、ルージュは、優しい声と柔らかい笑顔で蒼い狼を呼ぶ。



『アルフレート、おいで……』



そっ……と、アルフレートにその手が差し伸べられた。


――これは本能か、本心か。


ルージュの手に誘われるようにアルフレートの体が自然と動いた。


そして、団子状態のルドルフとルージュにそっと手を添えて、その場に座らせてから……二人まとめて包み込む様にハグして、僅かに照れながらも答える。



「……ご命令とあらば」


『もー、相変わらずアルフは堅いなぁ!』


「堅いなぁ!」


「ロロ………後で覚えとけ……」


「なんでっ!?」


『あはははは!!』





たとえ、どんなに寒くても。


君たちがいれば、暖かい。


君たちがいれば、大丈夫。

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