赤き女王と「かくれんぼ」〜後編〜

アルフレートが怒髪天をつき、戦闘用のサーベルを振り回しながら暴れ回る事、十数分後……。



『あははっ! 』


「ルー……笑い事じゃない」 



ようやく落ち着きを取り戻したアルフレートが、腹を抱えて笑い続けるルージュを、呆れた目で見下ろしてため息を零した。



「ひどい! 酷いよルー!!」



一方、こちらはアルフレートによってキツめの灸を据えられてしまったルドルフ。


おいおいと、泣く仕草をしながらその被害をルージュに訴えた。



『だからごめんって! ロロがリベレーション使ったのが悔しくてついね! つい!』


「【つい】じゃないよ! それに! アルフも! 俺がルーに手を出す訳、ないでしょ!」



ルドルフがリベレーションした腕を元の人間の腕に戻した状態で、ビシッと指を指しながら、アルフレートに噛み付くように声を荒げた。



「だとしても、リベレーションはやり過ぎだ。 ……制御の訓練をしろといつも言っているだろう。」



そう言ってアルフレートがしれっとした態度で、ルドルフの痛いところを突いてから、もう何度目かになったため息と共に心身の疲れを体現した。



「……全く……。二人して、紛らわしい」


『アルフも、ごめんね』



両手をぱちんと合わせて、悪戯っ子のように舌をペロリと出したルージュが上目遣いに謝ればアルフレートは一瞬、柔和な表情へと変えてから、優しい眼差しと手付きでルージュの頭を撫でた。



「……ルーが無事なら、それでいい」


「ねぇ!! 俺は無事じゃないけど!?」



途端、二人だけが【平和な世界】に行ってしまったのを嘆くようにルドルフが吠えると、そばに来たリチェルカーレが主人の頬をペロリと舐めた。



「……リチェルカーレェェ! 優しいのはお前だけだよ〜」



泣きつく主人をまるで親のように慰める白狼に、ルージュは、ハハハ……と乾いた笑いを零してから、アルフレートに向き直った。



『で、どうしたのさアルフ』



今日の【かくれんぼ】は公認されているはずだ。


怒られる筋合いなんてないぞ?と、言わんばかりに胸を張るルージュに、アルフレートが自身のかける眼鏡を位置を手直ししながら、言葉を紡いだ。



「一時間後、緊急の謁見です」


『えぇ……』


「こら、ルー。あからさま嫌な顔しない」



先程まで胸を張っていた女王の姿はどこへ行ってしまったのか。


あっという間に肩をすくめ、やる気のないため息のような……落胆の声のような反応を見せたかと思えば。


アルフレートの目の前に、駄々をこねる年頃の少女が姿を表した。



『だってさぁ……今日は謁見無しって言ってたじゃん』



大きく開かれた口から、僅かに八重歯を覗かせながらルージュが声高らかにアルフレートに訴えた。



「だから【緊急】なんだ」



冷たくも正論でそう返すと、すっかり臍を曲げたルージュがぷくりと片方の頬を膨らませた。



『もー! せっかく1日鍛錬に使える予定だったのに!』


「謁見が終わったら俺が付き合うから」


『えぇ〜』



危ないから……と、普段あまり戦闘訓練に付き合ってくれないアルフレートが稽古を付けてくれるという餌に、まんまと気持ちが揺らぐルージュ。


この少女の事を一番理解している近衛騎士は、このチャンスを逃すまいと、言葉を続けた。




――ルージュが黙っていられなくなる、フレーズを。




「それと……謁見の申請をしてきたのは【紅さん】ですよ」



アルフレートに背を向けていた、ルージュの眉がピクリと動いて反応した。


そして、ルージュはその黒い癖毛をフワフワとさせながらゆっくりと振り返る。



『……紅さんが……?』



アルフレートの出してきた名前がトリガーになるように、ルージュの脳内に、あの日交わした紅の言葉が蘇る……。





――このところ……作物の様子がおかしいのです。



――――植物の成長が著しいと言いますか……早すぎるのです。





『まさか……何かあったの……?』



言葉を思い返すと同時に、あの時の不安そうな紅の表情が鮮明に思い返され、ルージュの声色が変わった。



―――【その声】をアルフレートは待っていた。



「それを聞くための謁見ですよ。……ルージュ女王」


『……分かった』



アルフレートが改めてルージュの名を呼べば、彼女の纏う空気と表情が一瞬で変わる。


そこには、先ほどまで駄々を捏ねていた幼い少女の姿などなかった。


―――その【声】と【表情】はまさに一国を統べる者。



『アルフレート……おべっか使いの使節団でないなら、一時間後じゃ遅すぎる。……馬を出して。すぐに紅さんを迎えに』


「かしこまりました」



背筋をピッと伸ばして、その場の空気を震わせるような凛とした声で、的確に指示を飛ばし始めるルージュに従うように、アルフレートはその場に跪く。



『ルドルフもすぐに着替えて。最悪すぐに【狩り】に出る。オオカミたちの準備を』


「分かったよ。ルー」



先程までいじけていたはずのルドルフもまた、ルージュの声に触発されるように、アルフレートの横へと移動して跪いた。



『ボク、言ったんだ……困った事があったらすぐに頼ってくれって……』



いつだったか、自分を馬鹿にしてきたあのどこぞの大臣のように強い立場の連中との「くだらない外交」は毛嫌いするくせに……。


弱い立場にある民たちの危機となれば、一瞬で【少女】から【統べる者】に変わる。



『だから……ボクが全部守る』



それは自国だけに留まらず、他の同盟国であっても変わることはない。


そんな同盟国民の全てを愛し、守るルージュの姿は、皆に愛され、慕われる起因となり。


やがてアルフレートとルドルフの、彼女に向ける親愛と信念へと変わっていくのである。



『……頼りにしてるよ。二人とも』



跪く彼らの頭を、女王がふわりと撫でる。


それを合図にするように、二人の近衛騎士は使役獣と共にその場を駆け出して行った。


そして、ルージュもまた。


謁見の準備をすべく……その場から踵を返し、城の中へと姿を消していった。


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