使いみち不明の中庭

はじめて我が家を内見した際、玄関扉をあけると「おおーっ」となって、もうここを買ってもいいんじゃないかというモードになった。


普通は扉を開けた先にはいわゆる靴を着脱する玄関があり、配達員等の来客に中の生活が見えないようにリビングまでにドアを挟んでいたり、折れ曲がって壁が見えていたりする。


だが我が家は違う。扉を開けた先にはコンクリ床の四角く開けた土間のような空間がある。その先のどかっと大きな窓の先にはリビング、脇にはもう一つの玄関扉がある。そして上を見上げると、四角く切り取られた空が広がっている。このよくわからない空間がぼくはひどく気に入った。


妻も気に入ったようだったが、手入れについては気になっていたようだ。壁はともかく、屋根の天窓はどうやって掃除すればよいのか。それを尋ねると杞憂だった。窓はない。つまりこれは土間ではなくて中庭だった。


土砂降りの雨の日には、玄関を開けてもまだ雨が降っているという事態に遭遇するのかと不動産屋に問えば、そうなるという。なんなら「猫とかはさすがに落ちてこないとは思います。やつらも賢いので」みたいな聞いてないことも返される。


家のスペースというのはそれぞれ機能が決まっているものだが、ここについては何も決まっていない。場合によっては無駄ともいえる。そういう無駄空間が特徴の家なので、悪くない場所だが完成から半年ほど売れていなかったようだ。


幸いにして、ぼくにはこのムダ空間にいろいろな可能性が見えた。めちゃくちゃニオイと煙がでるジンギスカンをやるとか、週末の夜に椅子とプロジェクターを置いて映画をみるとか、知り合いを集めてイベントを開くとか。


そういう妄想を糧にして、面倒な住宅購入と住宅ローンの手続きを乗り切ってきた。つい先日まではこのスペースには引越し後の大量のダンボールを積んで置いていたのだが、ようやく先日回収に出すことができた。


最近は寒いので、朝リビングに降りてきたり、夜にソファに座ってゲームをしていると、この中庭に雪が降ってくることもある。風情があってよいが、家の中に外が入り込んできて、家の中で人生が完結しているような感覚を抱くときもある。


物理的にも精神的にもこの中庭は我が家の中心で、かなりの時間をこの中庭と向き合って暮らしている。リビングももちろんなのだが、家で仕事をしているぼくについては、仕事中もこの中庭に向き合っている。


仕事をどこでやっているかというと、オフィスと呼んでいるスペースだ。

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