少女

気がつくとエアノアは薄い毛布がかけられて、談話室のソファに寝かされていた。


そこには、暖かい暖炉も高価なテーブルも心地よいスツールと、不安なバーネットの顔があった。ただ、紙片はなかった。


「ごめんない」バーネットに謝られて経緯を話してくれた。

魔術が始まってから1時間以上なんの知らせもないので心配して悪いと思いながらも中を覗くと気絶していたとのことであった。


エアノアの格好を考えると助けも呼ぶこともできず、なんとか下着だけ着せてソファに寝かせてのことであった。


隣で話しているバーネットの声がBGMのように聞こえる。

なぜか意味として理解できていないような気がする。


エアノアは黒い場所のことを思い出す。

そうしないと、思い出すことのできない夢のような記憶だと思った。


そこには少女が居た。


黒髪で5、6歳の女の子が一人居た。彼女と何か話した。

長くも短くも感じられる時間...


彼女は名前を「イ号22型」だと言っていた。

この黒い部屋は、お姉ちゃんと作った場所で先生には秘密だとも言っていた。


エアノアは思い出そうとするが、そうするとそれが本当の記憶かわからなくなっていった。

まるで思い出そうとすると、その力によって変形してしまう粘土のようであった。



「大丈夫ですの?」バーネットが半ば放心のエアノアを心配して顔を覗き込む。


「すいません。こんなこと初めてで…ご心配をおかけして」

「いいのよ。ことらが無理にお願いしてしまっていますから、でも一人になりたい理由がわかりました」バーネットが笑顔を向ける。少し疲労の色があった。


「今日はこれまでにしましょう。すぐに車を用意いたします。」

「もう大丈夫です。歩いて帰れますので」慌てて起き上がる。車で帰ったりしては家族に逆に怪しまれてしまう。

「ダメです。そうさせてください。」きっぱり言われエアノアは従うしかなかった。


服装を整えて表に出ると黒塗りの車が付けていた。

黒いかなり豪奢な作りの車で車夫も車に相応しい礼服を身につけている。

エアノアは気後れしたが、バーネットには今日のことはまた後日教えてほしいと言われ半ば強引に車に押し込まれる。


「では、今日はありがとう。出してちょうだい。」とバーネットは、にこりと笑うとドアを閉める。

「あっ」エアノアはお礼も伝える間もなかった。

車は魔術により音もなく動き出す。

シートは幾分柔らかいものの道の凸凹で心地は馬車と大して変わらない。

今日あったことを考える間もないうちに家の付近まで着いてしまった。


「すいません!このまま通り過ぎてこの先の橋の前で降ろしてください」


「かしこまりました。」無機質な返事が返ってくる。


車で家に帰ったことなど知れたら、母親が騒ぎそうなので人目につかないようにしよう。エアノアはそう考えた。


周りに誰もいなことを確認する。辺りは、すっかり暗くなっている。

母には今日は遅くなるかも伝えて正解であった。


エアノアが車から降りると、音もなく遠ざかっていった。

家に着くとどっと疲れが出てきた。


母には、夕食は?と聞かれたが、頭の中を整理したいのと疲れからもう食べてきたと嘘を着いて自室へ退いた。

「あらそうなの?」と少し寂しそうな母の声を後にした。

いつもなら元気づけられる母の明るさは今日は辛いと思う。


自室に戻りベットに横になる。今日のことを少し整理しようとするが見えたことより、見えなかった事の方が気になる。


「あの暗闇と少女はなんだったのだろう…」


探索魔術を試したことは、それほど多くないが、こんなことは一度もなかった。

声が聞こえることもなかった。


「それなのに、話しかけられた。あの子はなんだろう。」

「イ号22型」その名前だけが強く残っている。


そんなことを考えながらエアノアはいつの間にか疲れから眠りに落ちた。

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