第3話 王子様より幸村様

 え? 今のどこに照れる要素があるの?!

 内心では戸惑いつつ、名前を尋ねられて素直に答えた。


「私は、相田三葉。入部テストは先輩がくるまでちょっと待ってね」


 図書室で資料をあさってから部室に来るので、部長をはじめとした部員の登場は遅いのだ。

 来てからもそれぞれが興味のある時代の資料をあさったり、歴史に関する雑談をしたりで、かなり混沌とした空間になる。


 そんなことを説明しているうちに、和也君が私の推しを尋ねてくるから、ついつい語ってしまった。

 最初は椅子に座って幸村様を讃えていたけれど、和也君は合いの手が上手かった。

 いつの間にか立ち上がり身振り手振りを交えた、幸村様を讃える独り講演会になっていた。


「と、いうことで! 真田幸村様は最高の武将なのです!!」


 力強く締めくくり、両こぶしを天井に向かって突き上げてポーズを決めると、パチパチと拍手の嵐が巻き起こった。

 そこで私は、ようやく正気に戻る。

 いつの間にか部長や他の部員も勢ぞろいしていて、一同は珍獣を見る顔でヤンヤと喜んでいた。最悪である。


 激しい羞恥に襲われる私だったが、和也君はやわらかく笑っていた。

 さすが、王子様と呼ばれる男。他の部員と眼差しが違う。

 ブレーキを掛けてくれなかったけど、許したくなる微笑みだ。


「三葉ちゃんって、可愛いね」


 慰めてくれたが、実にいたたまれない。

 そして私がショックで机に突っ伏している間に、和也君はつつがなく入部テストを満点でクリアして、嬉しそうに入部届を部長に提出していた。


「俺が歴史愛好部に所属したこと、入部期間が終わるまで内緒でね?」


 冗談めかして唇に人差し指を当てる和也君に、コクコクと私たちはうなずいた。

 歴史にまったく興味がない人間に、面白半分で殺到されたくはない。

 こうして王子の入部は緘口令が敷かれた。

 過去の争いは歴史として掘り下げるのも楽しいが、新鮮なもめごとはゴミ以下なのだ。

 

 その後。歴史愛好部への入部希望者は現れなかった。

 今年の新入部の一年生は、私と和也君の二人きりになりそうだ。

 それがどういう結果をもたらすか、私が身をもって知るのは、しばらく後のことである。

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