P.8

「ただいま、チャーちゃん」


ニャオゥ。


帰宅した理菜を出迎えたチャーが、甘えるように理菜の足に体を擦り寄せる。


「ごめんねぇ、今日遅くなっちゃって。寂しかったね」


よしよし、とチャーの頭を撫でると、理菜はそのままチャーを抱き上げ、部屋の中へ入った。

理菜が引っ越し先に選んだアパートは、前に住んでいたアパートの住み心地と遜色無いほどの住み心地だ。

なにより、すぐ近くに、24時間対応の動物病院があることが、理菜にはなんとも心強く、引っ越し先に選んだ大きな決め手にもなった。

引っ越してすぐに、理菜はチャーを動物病院へと連れていき、健康状態をチェックしてもらった。

結果。

健康状態はいたって良好。

ただ、


「メインクーンの男の子としては、少し小さめな子だね」


とのこと。


成長期に、ちゃんと栄養が取れていなかったせいではないだろうか。

そんな思いも頭をよぎったが、今、チャーが健康で幸せであればそれでいいと、理菜は考えを切り替えることにした。


「ねぇ、チャーちゃん。うちのコになって、今、幸せ?」


理菜が喉を撫でてやると、チャーはうっとりと目を閉じて、ゴロゴロと喉を鳴らす。


「私は、チャーちゃんと一緒にいられて、すごく幸せだよ。・・・・あのアパートにいたら、今頃大変なことになってただろうし」


理菜が前に住んでいたアパートの部屋は、隣家から出た火が燃え移り、ほぼ全焼した。

幸いなことに、火事が起きたのは理菜が部屋を明け渡す日の前夜。

この火事で理菜が失ったものは、チャーのトイレと水入れにエサ入れ。そして、寝袋だけだった。

風の噂に寄ると、隣人はまたも、子犬をベランダに締め出していたとのこと。

衰弱しきった子犬は、間一髪で救助され、隣人も大やけどを負いながらも一命はとりとめたらしい。


「チャーちゃんがうちのコになってなかったら、チャーちゃんも私も、あの火事に巻き込まれてたかもしれないんだよね・・・・」


考えるだけでも恐ろしく、背筋が寒くなった理菜だったが。

あの日。

出しっぱなしの化粧水の瓶を鞄にしまえと言わんばかりに、長い尾でなぎ倒したチャーの姿をふと思い出した。

それに。

あの火事にいち早く気づき、寝ていた理菜を起こしてくれたのは、他でもないチャーだ。


「もしかしてチャーちゃん、恩返し、してくれたの?」


チャーを撫でる手を止め、理菜はチャーの顔を覗きこみ、そっと額に口づける。


「ありがとう、チャーちゃん。大好きだよ」


ミャァ・・・・。


いつになく甘えた声をあげると、チャーは照れたように理菜の胸に顔を擦り寄せた。



【完】

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隣家の飼い猫が事情によりうちのコになりました 平 遊 @taira_yuu

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