描く理由

土蛇 尚

キャンバス

 人は自分が傷つくことがわかっていても何かに近づていくことがある。そう、今の俺のように。


 その子は体育館のど真ん中にキャンバスにと椅子を置いて絵を描いていた。


「君はなんで絵を描いているの?」


 目の前で絵を描く同級生の女の子に俺は聞く。その目は描くことに集中していて俺のことは見ようともしない。まるで部屋に置いてあるスピーカーから質問が流れてきたみたいに答える。


「絵を描いていればあとは全部人がやってくれるから。私本当は何もしたくないの。ぜんぶが面倒くさい。でも私は絵を描いてさえいれば良いんだって言ってくれるから。ご飯も作ってくれるし服も選んでくれる。だから絵を描いている」


「それってさ絵描かなくてもやってくれるよ。俺たちまだ子どもだし。それともなんか事情がある家だったりする?映画とかで貧乏な家庭の子がたった一つの才能を極めて偉くなるみたいなのあるじゃん」


「そう言う事聞くのってだいぶ失礼だと思うんだけど。あと別にそんなんじゃないから。あ、っでもお互い様だよね。私ずっと目も合わせずに話してるし。君からそう思ってるような色が広がってる。視界の外から滲んできてる感じがするよ」


 一瞬混乱したけど、雰囲気が色として見えるってことなんだろう。だいぶ変なことを言ってるのにこの子が言うと納得してしまう。分かってるならそうしろよ。


「それはごめん。周囲に認めてもらうために絵を描いてるってことか」


「それは違う。周りがすごいって言ってもそれは絵を描かない人のすごい。私の敵は絵を描く人だから。君さっきそのくらいは絵を描かなくてもやってくれるって言ったよね。でもその先は?どんな人も何かで食べていかないといけない。私はそれを絵だと決めた」


その言葉に圧倒されて少し黙ってしまう。


「……そうなんだ。でも何で体育館で描いてるのわけ?」


「描きたかったから。天井が高くて広々していて良いなと思ったんだよね」


「あのさ、俺バスケ部なんだけど、君がここで絵を描きたいって言ったせいで練習出来なくなったんだけど」


「そうなんだ。でも私は描きたいって言っただけ。描いていいと言ったのは先生達だよ。私に言うのは変じゃない?」


 言ってる事は無茶苦茶なのに筋が通ってる気がする。俺はまた納得しそうになっていた。


「あとさ、体育館で私が絵を描くようになってちょっと嬉しかったんじゃない?練習しなくていいから。そんな色をしてるよ」


「色ってなんだよ。意味わかんない事いわないでくれ。俺たちは一生懸命練習してたし大会も目指してた。それを君が邪魔したんじゃないか」


「君から読み取れることを色って表現してるだけ。自分の心を分析されてそれがブラックボックスだったら嫌でしょ。だから色って言葉で言語化してるの。君は練習がなくなってこう思ったんだよ。『練習には行きたくないけどサボるのはダサい、だけど性格の悪い天才のせいでなくなるなら言い訳出来るしなんならそれに怒って格好もつく』ってね」


 図星だった。でも敢えて言わなくてもいいこと何故言うんだ。


「違う!俺たちは本気でバスケやってんだよ。去年新しく部室も増えたし」


「でも予選落ちしてたでしょ。バスケ部よりも私を優遇した方が学校としていいって判断されたから、体育館を譲ることになったんでしょ。それにさ」


「なんだよ…?」


 体育館の高い窓からは夕陽が刺してくる。本当だったらグラウンドでランニングしてここで練習してるはずの時間なのに。


「新しく部室が増えたって言ったよね?そこ写真部の部室だったの知ってる?」


「知らねぇよ。俺たちは部室を増やして欲しいって言っただけ。それに許可を出したのは学校だろ。写真部のことなんてしらねぇよ」


「それさっき私が言った事だよね。私のお姉ちゃん写真部だったんだよね。たった1人で頑張ってた。私お姉ちゃんの写真が好きだった。それを君たちが邪魔したんじゃない?結果も出せない、実力もない、それなのに権利だけは主張するだけの人。それが君でしょ」


「」




描く理由


ここで描く理由



終わり

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