どんなに抜け出せない壁であっても、きっと抜け出せる。期待はそのためにあるのだから。


「抜ケ出セナイ……ッテ……?」

「ソノマンマノ意味ッス!」


 タビアゲハがしゃがんでラジオに話しかけるその隣で、坂春は「ん?」と声を漏らした。


「タビアゲハ、そのラジオのスピーカーから中をのぞけるか?」

「ノゾク……?」


 ラジオを手に取りじっと見つめたタビアゲハだったが、すぐに「アッ」と口を開く。


「スピーカーノ中デ、ナニカ動イテイル……モシカシテ」

「ソウッスヨ! オラ、コノラジオカラ抜ケ出セナイッスヨ!」


 スピーカーをよく見てみると、たしかに中で紫色のなにかが動いている。それが変異体であろうか。


「スピーカーから声を出しているもんだから、ラジオの姿になった変異体かと思ったぞ。まあ、ノイズがまったくないラジオもおかしいものだが」


 坂春は腰に気を配りながらしゃがむとタビアゲハに手を差し伸べる。その手にタビアゲハは、ラジオを置いた。


 受け取ったラジオを、坂春は両手で力強くつかみ……


「ふんぬっ!」


 ラジオが割れるように、引き裂こうとした。


 老人とは思えない怪力に、ラジオは徐々に悲鳴をあげていく……!!


「ぬぬぬぬぬぬ……!」




「――タイイタイイタイタイ!! 体ガ引キ裂カレルッッッッ!!」




 ラジオのボディではなく、その中の変異体の悲鳴に、坂春は手を離した。


「ハア……ハア……死ヌカト……思ッタ……」


 床に転がったラジオからは、変異体の息を切らす音が聞こえてくる。


「ネエ、ドウシテ痛ガルノ? ソノ中ニイルンダヨネ?」

「オラモヨクワカラナイッス……ナンダカ、光ガ入ッテキタト思ウト、体ガ引キ裂カレルヨウナ感覚ガシテ……」


 坂春はしばらくあごひげをさすっていたが、ふと思いついたように目を丸くした。


「もしかすると……肉体がラジオに付着して、取れなくなったのでは?」

「ソ……ソレジャア……」


 絶望寸前の変異体に対して、坂春は申し訳ないようにうなずいた。


「無理に引きはがせば……おまえの体は真っ二つだろうな」




 落胆するため息が、ラジオのスピーカーから吐き出された。




「セッカク……夢ガ叶エラレルト思ッタケドナ……一度デモイイカラ……イツモ見テイルロケットニ乗ル夢……」


 その言葉に、タビアゲハは興味を持ったようにフードの下で触覚を出し入れする。


「夢……ソレッテ、変異体ニナッテモ考エテイタノ?」

「エエ、子供ノコロカラ、ズット憧ダッタンッス。人カラ恐レラレルコノ姿ニナッテモ、キット潜リ込ンデコノ星ヲ眺メルコトガデキルッテ……」


 タビアゲハはラジオを持ち上げて、口元だけで笑顔を見せた。


「キット叶ウヨ。私モ、ズット旅ガシタイッテ思ッテタ。ズット信ジテイタカラ……叶エラレタ」


 戸惑うラジオの中の変異体にそう告げると、坂春に顔を向ける。

 なぜか照れくさそうに、坂春はそっぽを向いた。




 そこで坂春は、固まった。




「……おい、タビアゲハ」

「!!」




 タビアゲハはラジオを側に置くと、坂春とともに金網へと走り出した。




「チョット!? イッタイドコニ……」




 ふたりの姿が見えなくなり戸惑いの声を出していた変異体だったが、


 やがて口を閉じた。




 金網の向こうにある、たくさんの車を目にして。




 埋め立て地のゴミが、これから回収されるのだ。











 それから、数週間後。




「……ン?」




 かつてラジオの中にいた変異体は、目を覚ました。


 目を覚ました彼が見たのは、まもなく太陽が顔を出そうとしている夜明けの空だ。


「ナンデコンナトコロニ……? 確カ、収集車ニ回収サレタハズ……」




「おい、なんか言ったか?」


 変異体の声に反応したのは、今まさに乗り組もうとしていた宇宙服を着た人間だった。


「いや、なにも言ってないですよ」

「……空耳かな。たしかに声が聞こえてきたような……」

「まさかこのロケットがしゃべったり……なんちゃって!」

「お前には緊張というものがないのか……まあ、ロケットの打ち上げに失敗することなんて、とうの昔だけのものだからな」


 ふたりの宇宙飛行士がロケットに乗り込み、入り口の扉がゆっくりと閉まった。




 離陸の準備をする間も、ふたりの宇宙飛行士の雑談は続いていた。


「そういえば、このロケットって最近作られたんですよね?」


「ああ、なんでも埋め立て地のゴミをリサイクルした素材で作られたらしい。もっとも、安全面はだいじょうぶそうだ」


「もう緊張感も感じられませんもんね。あーあ、さっさと研究を終わらせて早く返りたいですねー」


「そうだな。俺も早く彼女に会いたいものだ。最近会えていないからな」




 やがてロケットは、青さが見え始めた空に向かって打ち上げられた。


 その中にいるふたりは、感動も緊張もなく、宇宙で行う作業をとりあえずこなそうと言いたげな顔だった。




 一方、ロケットは希望に胸を膨らませていた。


 ラジオごとともに圧縮された変異体は、その奇跡的な生命力で生き残り、ロケットに生まれ変わっていたのだった。




 少量の失敗する不安と、大きな期待をもったロケットは、やる気のない人間の宇宙飛行士を乗せ、


 大気圏を、突破した。

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化け物バックパッカー、ラジオを引っこ抜く。 オロボ46 @orobo46

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