第4話

 トライオ王国は王政で、国王が最高権力者である。

 その下には貴族がいて、平民がいて、大多数の平民は支配階級である王族と貴族で成り立つ王政によって統治されている。

 国王の下にはナンバー2として宰相がいるが、さらにその下、ナンバー3はふたりいる。

 内政のほとんどを取り仕切る内務大臣と、魔術を取り仕切る魔術大臣である。

 ともに内務省、魔術省という省を管轄しており、国が魔術を奨励し、魔術の発展と普及によって大国としての地位を揺るがないものにしていることから、国王も宰相を除けばこのふたりの意見を重視する傾向にある。

 内務省は内政を取り仕切るので、平民の生活はほぼ内務省の管轄となる。街や村の管理や税の徴収なども内務省が管理しているので、警察権と防衛を担う防衛省を除けば、平民にとって最も身近な役人は内務省の役人である。

 ただ、魔術都市ドリンだけはその例外で、内務省の管轄に属さず、魔術大臣の管轄に属する唯一の街で、魔術に関するあらゆることはだいたいドリンで完結すると言っても過言ではないほどに魔術が根付いた街だった。

 魔力を持ち、魔術師を志す者ならば一度はドリンを訪れると言われるほど、魔術に関してはドリンが随一の街であり、魔術の学校もその魔力の強弱に応じて多数存在し、研究機関も多数存在している。

 その中でもエリート中のエリートが通う魔術学校がシェルザールだった。

 学校ではあるが、敷地はとても広く、教師のほとんどが研究者という学究機関でもあるため、生徒が学ぶ建物から教師たちが研究する建物、はたまた魔術を学ぶ者は国内各地から集まってくるため、その生徒の生活のための学生寮まであり、ドリンの街に出なくてもシェルザールの敷地内にいさえすれば生活の全てが完結してしまうくらいの設備が整っていた。

 魔術を会得するために必要な魔力は人間のみならず、亜人にも多数存在するので、ドリンの街は様々な人種で溢れかえっている。

 亜人には亜人の、独自の習慣というものがあるので、それに沿った対応をする店なども多く、シェルザールの学生寮でも、例えば食事なら亜人向けのメニューなんかもきちんと用意されている。

 もちろんシェルザール以外の魔術学校で学ぶ学生たちのために、街には種々雑多な店が多数存在し、亜人向けのアパートなんかもあったりする。

 とにかく、「魔術」と言うものを介してトライオ王国をギュッと凝縮したのがドリンという街だった。

 エルがドリンに到着し、宿を確保してから散策に出掛けた後に思った感想は、外国人が亜人という存在になった東京、と言う印象だった。

 あらゆるものが存在し、あらゆる人種が存在する。

 それが渾然一体となってひとつの街を形成しているドリン。

 村では亜人がいなかったから、ドリンに向かう旅の先々で亜人は見かけたものの、ここまで亜人が当たり前のように闊歩している街は、王都を除けばドリンくらいなのではないかと思えるくらいだった。

 人間もそうだが、亜人もこうして魔術を勉強する、と言う目的がなければ生まれ育った町や村で一生を過ごすのが当たり前だから、ここまで人種がごちゃごちゃしている街はそう多くない。

 王都やそれに次ぐくらいの大きな都市でないとここまで多種多様な人種が集まることは珍しい。

 そしてドリンでは約半数の人口が魔術に何らかの関わりを持って暮らしているのも特殊なところだった。

 4割が学生、1割が教師や研究者、残りの5割はそうした魔術師や魔術師見習いを相手にした商売をする人間や亜人たち、と言った具合だった。

 当然ながら国にとって貴重な魔術師を育てる街と言うことで、常設の騎士団が存在している。アイオー騎士団というのがそれだと言うことで、ドリンに入るときの検問でセレナの推薦状を見せて入れてもらったときにお世話になっている。

 まぁとにかくごちゃごちゃした街で、おそらくは最初は魔術の研究をするための小さな町だったのだろう。そこから魔術の発展や国の政策もあって、無計画に肥大化し、ますます無秩序な街になっていった、と言ったところだろう。

 そのため、シェルザールもドリンの街の北西に150年ほど前に建てられたらしく、そこだけは優秀な魔術師を輩出する、と言う明確な目的があったために理路整然とした建物の配置になっているらしい。

 らしい、というのはドリンに向かう旅の途中で色んな人からドリンの街について聞いてみたから知っているだけで、実際に足を踏み入れてみるとまさに無秩序という言葉が似合うところだった。

 当然、そんなところを無目的に散策していたのだから帰り道がわからない。

 来た道を引き返そうとしても、いったいどこをどう通ってやってきたのかがわからないから、確保した宿屋に戻れない。

 道行く人に尋ねては間違い、尋ねては間違いを繰り返して2時間以上。歩き疲れてもう日が暮れかかっている状況でようやく確保した宿に戻ることができた。

 さすがに旅の疲れに加えて歩き疲れたこともあって、食事をすませると早々に寝てしまうくらいだった。

 おかげで翌日の朝はすっきりとした目覚めで、昨日の疲れも取れ、再びドリンの街へ繰り出した。

 さすがに2時間以上も歩いて辿り着く、なんてのはもうごめんだったので、ここはというランドマークを確認しながら街を散策し、屋台で昼食を食べ、夜にはちゃんと宿に戻ることができていた。

 シェルザールの入学試験は2日後。シェルザールの敷地内で行われる。

 そのために、翌日には宿からシェルザールへの行き方を覚え、試験日に備える。

 もっとも、備えると言っても何も大層な試験があるわけではない。

 シェルザールに入学するための唯一の試験は魔力の強弱だからだ。

 これはシェルザールに着いてから聞いた話だったが、シェルザールへ入学するにはFからSSSまでの魔力のランク付けが行われ、そこでA以上の魔力判定を得られれば晴れて入学が許される、と言うことだった。

 だいたい魔術師になろうという人材は、魔力を持っていることはもちろんのこと、エルのように生まれ育った町などにいる魔術師の元に通い、基礎くらいは教わっているはず、と言うのが建前だからだ。

 だから最低限の魔術の知識があるものとして扱われるため、シェルザールでの講義についていけるだけの魔力があるかどうかだけが入学の判断基準になっている。

 当然ながらエルは全く心配していなかった。

 セレナのお墨付きがあるし、それにそもそも生まれ変わってチート級の魔力を持っていることは確実なので、正確な判定はしたことがないが、悪くてもS以上の魔力があると確信しているからだ。

 だからこそ、ドリンに到着しても焦ることなく、街を散策してどんな街なのかを探検する余裕があった。

 ただ、やはりというか何というか、この成長していないちんちくりんな体型では子供にしか見えず、探検のためにキョロキョロしていると迷子なのかと心配されて声をかけられることが多々あったことだけは辟易した。

 まぁ実際一度は迷子になったことだし、これから暮らす街で不愉快な思いをしたくないので丁寧にお礼を言って逃れてはいたが。

 ともあれ、シェルザールへの行き方も覚え、明日の試験に備えて宿でゆっくりしようと夕暮れ前には宿に戻り、夕食を食べ、身なりのことも考えて贅沢をして宿の風呂を借りて久しぶりの湯浴みをして明日のために早めに就寝した。


 翌日は清々しい朝を迎えることができた。

 身綺麗にしたこともあるし、いよいよ試験の日だという気持ちもある。

 不安はないが、どれだけの判定が下されるのかと思うとワクワクしたし、セレナからは得られなかったより高度な魔術の知識を学ぶことができるという期待感もあった。

 シェルザールという名門の試験を受けると言うことで、去年の冬に母親のアンナが真っ白な、それでいて随所に可愛らしい花々をあしらったワンピースを誂えてくれたので、それを着てシェルザールへ向かう。

 期待感で胸がいっぱいになって楽しい気持ちでシェルザールに到着したエルは、早速不愉快な目に遭った。

「お嬢ちゃん、ここは16歳以上の大人しか入れないところだよ。帰った帰った」

 シェルザールの正門に立つ衛士にそんな風に言われてしまったのだ。

「私は16歳です! これ、推薦状!」

 セレナに書いてもらった推薦状を見せても、呼び止めた衛士は半信半疑と言った顔をして推薦状とエルを交互に見ていた。

「本当にお嬢ちゃん、16歳? どう見ても10歳くらいにしか見えないけど」

「見えなくてもちゃんと16歳です! だいたい10歳の子供だったらこんな推薦状持ってるはずがないでしょう」

「いやいや、毎年いるんだよ。子供なのに魔力はあるからと勘違いした子供がここに試験を受けるとやってくることがね。推薦状もちゃんとしたものなのかい?」

「ちゃんとしたものです! 村で魔術を教わった魔術師にちゃんと書いてもらいました。ほら、ちゃんと私は16歳ですって書いてあるでしょう?」

「うーん、でもなぁ……」

 衛士はどうしようかと迷っている様子だった。

 推薦状があるから見た目の問題は問題にならないと高をくくっていたら出鼻を挫かれてしまった。

 しかも衛士と押し問答をしているところを同じ試験を受けに来たのであろう魔術師見習いたちが笑いながら話し合っているのも聞こえてきて、さらに不愉快になった。

 こんなところで押し問答を続けていたら試験に遅れてしまう。

 こうなったら実力でここを通ってしまうしかない。

「もういいです! 返してください!」

 衛士から推薦状を奪い返し、ついでに立ち塞がれないようにする。

「漆黒の蔓を操る闇のマナよ……」

 小さく詠唱すると衛士の周囲に黒い縄のようなものが現れ、推薦状を奪い返されて困り顔の衛士の身体を縛ってしまった。

「じゃぁ通らせてもらいますので。しばらくそこでイモムシにでもなっててください。ふんっ」

「あ! ちょっと!」

 エルは聞く耳を持たず、衛士の制止を振り切ってシェルザールの敷地内に入っていく。

 あれくらいの闇の魔術なら、基礎をきちんと理解して魔力があれば簡単なものだ。当然こんな使い方をするような魔術をセレナは教えてくれなかったが、魔術がプログラムと似たものだとわかってからは色んな構文を試すうちに色んな魔術を扱えるようになっていたのが幸いした。

 しかし、このプチ騒動はエルの小さな体型と相俟って、あっという間に試験を受ける魔術師見習いたちの間に広まってしまった。


 エルがシェルザールの敷地内に入り、人の流れに従って歩いていくと大きな建物の中に人の流れが入っていくのがわかった。大きさは現代日本の体育館か講堂と言った感じで、建築様式が無骨な体育館のような立方体ではなく、まるで教会のような尖塔のついた建物だったので、講堂と言ったところだろうと想像がついた。

 入り口には「試験会場」の立て看板があったので、ここで間違いないとわかって一安心して中に入ると、すでに100人くらいの様々な人種、服装を着た若い男女がごった返していた。

 講堂の中にはカーテンのようなもので仕切られた小部屋が4つあって、おそらくここで魔力を判定するのだろうと想像がついた。

 ワクワクしながら待っているとふと視線がいくつも突き刺さってくるのを感じた。

 同郷か、それともドリンに来てから知り合ったのかは知らないが、数人で集まってエルのほうを見ながらひそひそと話をしているのも聞こえる。

 耳をそばだててみると、衛士との一件を話しているのがわかって、また不愉快な気分になった。

「おい、おまえ」

「はい?」

 いきなり背後から声をかけられ、少し驚きつつも振り返ると平均的な身長の茶髪の少年が3人ほどの少年を背後に引き連れていやらしい笑みを浮かべて立っていた。腕を組んで尊大な感じの雰囲気を纏っていて、はっきり言って嫌な感じしかしない。

「どうやってここまで入ったのかは知らないけど、ここは子供の来るところじゃないぞ。家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな」

 こういう見た目でしか判断できないろくでなしはどこにでもいるようで、不遜な態度でせせら笑っている。

 こういうのは現代日本でもいた。

 中学生の頃、コンテストに参加したエルは大学生くらいの青年に「子供が来ても優勝なんかできるはずがないだろう」なんて嫌味を言われたことがある。現代日本の大学生でもそうなのだから、まだそれよりも若い年齢であるこの少年が、エルの見た目だけで子供だと判断しても仕方がない。

 それよりも現代日本で学んだことは、こういう手合いに何を言っても無駄だと言うことだ。実力を見せて黙らせなければこういう手合いは納得しない。よしんば納得したとしても「子供のクセに」と捨て台詞を吐いて去っていくような人間なのだから、相手にするだけ無駄だ。

 こういうのは無視するに限る。

 身なりのいいローブでも着ているから貴族か、金持ちの息子、はたまた大きな街で稼いでいる魔術師の息子とか、そういう類いの人間だろう。その後ろに控えている少年たちもニヤニヤとエルを小馬鹿にするような笑みを浮かべているから、大方衛士との一件を聞いて絡んできたただのバカだろう。

 一度は振り返ったものの、相手にするとろくなことにならないのがわかっているので、何も答えず小部屋が並んでいるほうに向き直る。

 少年はむしろこの態度に苛ついたのか、不意にエルの肩を掴んだ。

「おい! 聞いてるのか!?」

「……」

 エルはそれに何も答えず、肩に置かれた手を手で振り払ってそのまま無視する。

 すると少年はますます激昂して顔を真っ赤にして再び肩を掴んで振り向かせようとした。

 小柄なエルの身体は軽く、平均的な体型の少年の力に抗えるはずもなく、強制的に振り向かされてしまう。

 見上げると無視された怒りに目を吊り上げた少年が目に入り、溜息が漏れる。

 先の衛士との一件同様、魔術でどうにかすることは簡単だ。しかしそれではいらぬ波風を立てかねない。この少年だけならまだしも、100人近い魔術師見習いがいるこの講堂でそんな行動を取ったら目をつけられかねない。

 入学する前から一悶着を起こして、入学した後の生活のことを考えるとここは穏便にすませたいところだが、怒り心頭と言った様子の少年に言葉を尽くしてもおそらくは無意味だろう。

 実力で黙らせるのが一番だが、それでは今後の学校生活に支障が出かねない。

 どうすればいいだろうかと思案していると、不意に別の方向から声がかかった。

「ここはシェルザールに入学する者の試験会場だ。いったい何をしている」

 人混みを掻き分けて金髪碧眼の少年がひとり現れた。

「なんだ、てめぇ!?」

「私はルーファス・グランバートル。君たちと同じシェルザールに入学するための試験を受けに来た者だ」

「ルーファス・グランバートル……!」

 茶髪の少年は驚いた様子で金髪碧眼の少年を見る。

 思わぬ助け船--になるかはわからないが--に、エルはとりあえずほっとしつつ、ふたりの少年の会話を見守ることにした。

「無用な騒ぎを起こして試験を受ける前から入学試験をふいにするつもりか?」

「そ、そんなことは……」

 茶髪の少年は明らかに動揺した様子で金髪碧眼の少年--ルーファスに相対している。

 茶髪の少年はこのルーファスという人物を知っているのだろう。知り合いとは思えないので、噂などでこのルーファスの名前を知っているだけと見て間違いないだろうが、それでも茶髪の少年を動揺させるほどの有名人と言うことになる。

「君、名前は?」

「ジャ、ジャクソン・ニコラウス……」

「じゃぁジャクソンくん、何故この子に絡んでいたのだ?」

「それはこんな子供がシェルザールの試験会場にいるから……」

「シェルザールの入学試験は16歳になってから受けられる。ここにいると言うことは見た目はどうあれ、れっきとした16歳以上と言うことだ。

 そこの女の子、名前は?」

「私? 私はエル・ギルフォードと言います」

「ふむ。ではエルくん、君を16歳だと仮定して推薦状は持っているのかい?」

「あ、はい、ここに」

 助け船になるかどうかはわからなかったが、どうやら本当に助け船のようだ。

 衛士から奪い返した推薦状を取り出し、ルーファスに見せる。

「推薦人はジャーナの魔術師セレナ・スタン。聞いたことがない名前の町だな」

「それはそうです。ここから南西に1ヶ月近く行った先にある普通の農村ですから」

「ふむ。そこで魔術の基礎をこのセレナと言う魔術師に教わった、と?」

「えぇ。そこに書いてあるように私はちゃんと16歳です。見た目はこんなですけど、成長しなかったんですから仕方ありません。でも推薦状のとおり、シェルザールの受験資格のある魔術師見習いです」

「なるほど。では正門で衛士と一悶着を起こしたというのも君で間違いないかな?」

 あ、まずい流れだ。

 このルーファスという少年も正門で魔術を使って衛士を黙らせたことを知っているらしい。ここでうまい言い訳をしないと茶髪の少年--ジャクソンと同じ目線で見られかねない。

「一応、そうですが何か?」

「いや、一瞬で衛士を黙らせたその魔術の腕前、とても見た目通りの年齢とは思えなくてね。見た目は……そうだな、10歳くらいだが10歳の子供に噂通りの魔術が扱えるかと思ってね」

 まずい流れだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 ルーファスは衛士を黙らせた魔術を逆に子供では扱えない高度なものとして見てくれているようだ。

 それならば希望はある。

「まぁちょっとやり過ぎたとは思いますけど、あの衛士も悪いんですよ。こうして推薦状だってあるのに、人を子供扱いして入れてくれないんですから」

「はは、それは仕方がない。そんな可愛らしいワンピースを着ていたら誰だって子供だと思ってしまうだろう」

 確かに白に花柄のワンピースは子供っぽいとは思うものの、母親のアンナが丹精込めて作ってくれた一張羅だ。見た目はどうあれ、推薦状があるから大丈夫だろうとアンナの気持ちを汲んで着てきたのはむしろ逆効果だったのだろう。

「ではジャクソンくん、逆に聞くがこのエルという少女がしたように一瞬で衛士を黙らせるほどの魔術を君は扱えるかね?」

「それは……たぶん、無理です……」

 このルーファスという少年がどういう人物かは知らないが、相当有名なのだろう。

 ジャクソンは尻込みした様子で答えた。

「ならばこのエルくんという少女が見た目通りの年齢ではないだろうと想像がつくのではないかね? 僕でさえ10歳の頃に衛士を一瞬で黙らせる魔術が扱えたかと聞かれると自信はない。それをいとも簡単にやってのけたのだからこのエルくんという少女はれっきとした16歳と見ていいし、それならば受験資格があると考えてもいいのではないかね?」

「それは…そうですけど……」

「なら無用な言いがかりをつけて試験を邪魔することはやめたまえ」

「わ、わかりました……」

 ルーファスが少し強い語気で言うと、ジャクソンはうなだれて引き連れていた少年たちを伴ってそそくさとその場を去っていった。

「ふぅ……、エルくん、もう大丈夫だ」

「ありがとうございます、ルーファスさん……でいいんですよね?」

「あぁ、僕はルーファス・グランバートルという。君と同じシェルザールの入学試験を受けに来たただの魔術師だ」

「その割には有名人っぽかったですけど?」

「あぁ、それは祖父が有名なだけなんだ。そんな家の孫だからドリンではグランバートルの名前を出すとたいていの人間はああいう反応を示す」

「そうなんですね。でも助かりました。本当にありがとうございます」

「いや、本音を言うと噂を聞いてどんなものかと思っていたんだ。でも本当に子供にしか見えない少女だったから少し半信半疑なところはあったんだけどね。でも落ち着いた対応といい、魔術の腕前といい、とても見た目通りの年齢とは思えない」

「それはそうですよ。私はウソなんて言ってません。ちゃんと16歳になったから、両親の許しを得てここドリンに来たんですから」

「確かに16歳になれば大人の仲間入りをして、こうして魔術師としてドリンに来ることも許されるだろう。見た目はどうあれ、君はれっきとした大人だと言うことだ」

「信じてもらえて嬉しいです。しかも助けてくださるなんて」

「いや、それは構わない。だが、あのジャクソンとか言う少年、君が使った魔術の腕前も見極められないようでは入学できたとしても先が思いやられるな」

「そういうものですか」

「あぁ。僕はこれでも魔術師の家系だから普通の人より魔術に関して勉強はしている。君が衛士に使った魔術がどれほどのものかくらいわかるつもりだ」

 うーん、遊び半分で会得した魔術をそこまで褒められると面映ゆい。

「でも大した魔術じゃないんですよ? 闇属性の魔術は土属性の魔術に次いで物理現象に干渉できます。だから石畳で土属性の魔術は使えないから闇属性の魔術を使っただけで」

「そうした判断を一瞬でできるのも魔術師としての才能だ。君がシェルザールに入学できたなら面白いことになりそうだ」

「はぁ」

「では僕はこれで。もうすぐ試験が始まる。お互い合格できるように頑張ろう」

「はい」

 返事をするとルーファスは踵を返してエルの元から去っていった。

 それを遠巻きに眺めていた受験者たちも、再びの一悶着が決着したことで安堵したのか、それともこれから始まる試験の緊張しているのか、静寂をもたらした。

 そうしてしばらくして、黒と青を基調としたローブを身に纏った大人がぞろぞろと入ってきて、最後に初老の女性が集まった受験者たちの前に立ったことで、緊張感が行動を満たした。

 そして初老の女性ははきはきと大きな声で言った。

「これよりシェルザールの入学試験を始めます」


 聞いた通り、シェルザールの入学試験は簡単なものだった。

 受験資格のある者は個別に呼ばれ、カーテンで仕切られた小部屋に入り、魔力の判定を行う。

 その場で魔力の判定結果が出るので、小部屋から出てくるときの表情で合格したか、不合格になったかが一目瞭然だった。

 しかしエルは全く心配していなかった。

 チート級の魔力があるはずなのだから多少手加減したところで合格間違いなしなのだから。

 そうしてエルが呼ばれ、小部屋の中に入るとおそらく試験官であろう魔術師が、テーブルの上に置かれた水晶の玉を見つめている。

「エル・ギルフォード。16歳……? ま、まぁいい。ここにいると言うことは16歳なのだろう。そこに座って」

「はい」

 試験官と水晶玉が置かれたテーブルを挟んで向かい側に簡素な椅子が置かれていたのでそこに座る。

「じゃぁこの水晶玉に魔力を注いで」

「わかりました」

 余裕なのがわかっているから手加減して魔力を水晶玉に送り込む。

「ん? それで全力かい?」

「え? 違いますけど」

「じゃぁ全力で」

「はぁ」

 全力を出すとどんな結果になるかわからない。

 だが試験官がそういうのならばと全力で魔力を水晶玉に送る。

 魔力を注いでいくと淡く水晶玉が光り、それはどんどん強くなっていく。

 これ以上は無理と言うところまで魔力を注いでやめると試験官は机に置いた紙に何かを書き込んでいた。

「魔力判定A、と。合格」

「A!?」

「な、なんだね?」

「ウソでしょう!? 私の魔力がAだなんて!」

「ウソじゃない。この水晶玉は50年以上に渡って改良を加えられ、魔力測定に使われてきたれっきとした魔術具だよ。それが間違った判定を下すはずがないよ」

「A……、魔力がA……」

「そ、そんなに落ち込むことかね? 一応合格なのだから喜んでも……」

「はい、そうですね……。すいません、ありがとうございました……」

 チート級の魔力は?

 生まれ変わったらそういうのがおまけでついてくるのがお約束ではないのか?

 いや、セレナの話では長い者で20歳まで魔力は成長するという。ならばまだそのチート級の魔力に目覚めていないだけだ。

 きっとそうに違いない。

 とにかくシェルザールの合格は勝ち取ったのだ。

 目覚めていなくてA判定すら出なくて合格できなかったかもしれないことを考えるとまだいいほうだ。

 そう考えてポジティブに思おうとしても落胆のほうが大きくて肩を落として小部屋を出る。

 それを見たまだ試験を受けていない受験者たちは一様に、「あの子は落ちたんだな」と思った。

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