第五話 真面目な彼女

PV2000記念!

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 翌日。

 昼休みに一夏達に会ったら、何か言われると思っていたが特に何も言ってこない。

 こんな奴らでも元カノであることに変わりはないので、それなりに考えていることは分かっているつもりだが、こういう時に真っ先に注意をしてきそうな三澪がじっと地面を見て何も言わない。

 それを不気味に思いながらも、数也が合流したので昨日の続きを話し始める。


「今日は……三澪の話だったよな。昨日言ったように、三澪は人と関わりたくなくなっていた俺に根気良く話しかけてきてくれた。そんな彼女に俺は段々惹かれていった。彼女はクラスの委員長をしていたが、よく言われるような委員長タイプなわけではなく、単純にひどく面倒見がいい人物なだけだった」


 当時を懐かしむように俺は話す。

 三澪は当時と同じような肩にかからない長さにでボブカット? という髪型のままだ。

 髪留めは俺が上げた緑と青の球体というシンプルな飾りがついたものを使っているみたいで、相も変わらず水の抵抗が少なそうな体だ。


「彼女はその持ち前の面倒見の良さで、同級生どころか先輩にも頼られていた。彼女が当時所属していた水泳部では、当の部長にさえまるで部長の様に慕われていた。しかし、彼女も人間だ。失敗することも落ち込むことだってある」


 当然だなと俺は言う。


「だが、彼女はその弱みをクラスの奴らにも部活の先輩にすら打ち明けられなかった。自分を慕ってくれている人たちにそんな姿を見せたくなかったのかもしれない。彼女は一人で我慢していた。試合に負けて悔しかった時も、みんなの前では笑顔で励ましていたが、人が通らないような校舎の隅で一人で泣いていた」


 俺はたまたまそれを目撃したと語る。


「俺は彼女を守ってあげたくなった。彼女に心を救われたし、彼女はいつも俺を気にかけてくれていた。そんな守られてばかりいてはだめだと思った。だから、俺はその思いと共に彼女に告白した」


 当時を思い出し、しゃべりに少し熱がこもる。


「彼女は最初は乗り気ではなかったが、一応OKを出してくれた。お試しみたいな感じだった。それでも彼女と日々を過ごす内に、段々彼女も俺を好きになっていってくれた。そんなある日、俺は彼女が悩んでいることに気が付いた」


 俺でも気が付くくらいだったから、他にも気づいた奴は大勢いたと思うけどなと俺は補足をする。


「一夏と二愛の件もあって、俺は彼女から悩みを強引に聞き出した。その悩みというのは、水泳部の存続が危ぶまれているという事だった。水の使用もばかにならないし、最近は賞を取ることも大分少なくなってきて、陸上部に統合という形で廃部になりそうだという話だった」


 まあ中学校で水泳部がある方が珍しいと今は思うけどなと俺は言う。


「悔しいが俺にはどうすることもできず、ありきたりな励ましの言葉をいう事しかできなかった。彼女はそれでも、多少は元気が出たよ、ありがとう! と言ってくれた。俺は自分の無力さに嫌気がさした」


 体を鍛えても、勉強ができても、俺に学校の部活をどうこうする力はないからなとおどけたように言う。


「結局、しばらくするると彼女は解決したと報告しに来た。でも、俺は彼女が少し思いつめたような顔をしているのが気掛かりだった。俺はまたしても怪しいと思った。俺がこの嫌な気配を感じ取るときは決まって、彼女が不幸な目にあっている」


 だからと俺は続ける。


「俺は彼女のそばにいることにした。部活は行きは一緒に行き、帰りは迎えに行って一緒に帰る。教室でも動向には気を配ったし、休日も定期的に様子を見に行った。彼女は特に怪しい行動もせず、教室でも普段通り生活していた」


 そしてと俺は少し自分の愚かさを思い出しながら語る。


「先生たちも真面目に働いていたし、家族に何かされているという事もなさげだった。一度だけ、彼女が風邪で休んだ時もしんどそうに応答してくれた彼女に代わって、父親とおぼしき人が対応してくれた」


 そんな生活が一か月ほど続いたと俺は言う。

 数也達も、そこまで長い期間問題がなさそうだったなら今回は大丈夫かという顔をしたが、そんなことはない。


「ある日。委員会の仕事で、いつものように彼女を送っていくことができず、部活中の彼女を一目見てから自分も部活に向かおうとした。しかし、彼女はいなかった。どういうことだ? と思い、適当に近くにいた部員に確認してみた。そのは最初は言い淀んでいたが、俺が問い詰めると観念したように吐いた」


 多分、そのも不審には思っていたんだろうなと当時の女の子の心情を推測して語る。


「どうやらここ一か月、彼女はろくに練習に参加していないらしい。俺がいなくなった後、いつもどこかへ行っているという。そのだけでなく、他の部員も口止めされていたらしいが、一か月も続くと明らかな異常事態だ。彼氏の俺にぐらいは言ってもいいと思ったと後から聞いた」


 俺は一か月気付かなかったのには理由があったと自己弁護をしておく。


「彼女は俺が迎えに行ったときは、決まって汗をかいていた。運動した後の様に体が火照っていた。髪が濡れていたのは水でもかぶればどうにかなるが、あの感じが明らかに何らかの運動をした後だ。俺は疑問に思った」


 わざわざ水泳部の練習に参加せずに、他の運動をするなんておかしいからなと俺は説明する。

 三澪は嗚咽を堪えるように、俯いたままだ。

 しかし、机にポタポタと涙が落ちているのが見える。


「しかし、俺は覚えがあった。彼女に感じる嫌な予感、過去二度経験したあれなら運動した後の様に彼女が疲れているのも分かる。俺はその結論に達した瞬間、居ても立ってもいられずその場から駆け出した」


 一つだけ心当たりがあったからだと俺は解説をする。


「俺は先生たちの監視もしていた。しかし、一人だけ専用に部屋で仕事をしていて俺が仕方なく監視を諦めるしかない人物がいた。その人物と他の教師陣の監視を天秤にかけ、俺はより人数が多い方を取った。それに、俺は彼がそんなことをするとは思っていなかった。優し気な印象だったというのもあるが、それなりに年を取っていてまさか中学生に興奮するような人物だとは思っていなかったのだ」


 見通しが甘かったと俺は自責の念を滲ませながら話す。


「校長室の前に立つと、中から水音が聞こえてくる。甘い声と共に、肉と肉がぶつかるような音も。俺はそれを聞くと、目の前が怒りで真っ赤になったような気がした。しかし、ここで俺が入ったところであの校長は野放しのままだろう。大きく深呼吸をして、拳に爪が刺さり少しだけ血が出てしまうのも構わずに力を込めて怒りを抑える。俺はまた証拠の映像を撮影するために、カメラの設置場所を探ろうと校長と彼女がどんな体勢で交わっているのか、確認しようとした」


 話しているうちに当時の感情を思い出してしまい、拳に力が入りすぎて爪の跡ができていることに気付く。

 いったん落ち着くために水を一口含んでから、息を吐いて続きを話す。


「少しは落ち着いたといっても、やはり俺の頭は怒りでうまく回っていなかったんだろう。俺は扉を少し開けて、中を確認するという暴挙に及んだ。しかし、幸運と言ってもいいのか分からないが、校長と三澪は交尾に夢中で扉が開いたことに気付いた様子はなかった」


 凄く複雑な気分だけどなと乾いた笑いと共に言う。

 これを聞いて、三澪の涙腺もついに決壊したのか大泣きし始める。

 流石光文大学と言うべきか、周りの奴らは、昨日と違って三澪が泣いてもチラリと確認し、俺の連れだというのを知ると全く気にしなくなった。

 

「校長の顔を見ると、数か月ぶりの嫌悪感に襲われた。いや、三澪に会っている時も少しばかりの不快感は感じていたので、正しくはない。校長を見たときに感じたのは生理的嫌悪感、そして俺が一生相容れないと感じる仇敵の気配」


 かつての担任や、二愛の親戚のような醜悪な顔だったと俺は語る。


「その顔を見ると、一度は収まったと思った怒りが再燃してきた。閉じないように掴んでいた木の扉に知らず知らずのうちに力がこもる。最初はギシギシという音がしただけだったが、しまいにバキッという音が鳴った。俺の手があった場所が少しばかりへこんでいた。俺はバレてしまうかもと焦ったが、三澪と校長は気が付いていないようだったので、物音を立てないように静かに、かつ急いで走り去った」


 そこからはいつもの流れだと俺は続ける。


「俺にできることはほとんど何もない。だから、校長室に二愛の時も使ったカメラを設置して証拠の動画を盗撮してから、警察に駆け込んだ。対応してくれたのが同じ警察のおっちゃんだったからか、またお前かという顔をされたけど、俺の動画をみるとすぐに動いてくれた」


 結局、校長は逮捕されて、うちの中学校の評判は落ちた。


「三澪は警察が乗り込んだきも校長と繋がっていたらしい。だが、校長が逮捕されて快楽から解放されたことで段々正気に戻っていった。彼女は俺に謝りたいと言って、俺の家に来た。正直、彼女を家にあげたくはなかったが、押しが強くて仕方なく上げてしまった」


 彼女は俺の部屋に入ると、打って変わって沈んだ雰囲気をまとい、俺が促すまで黙ったままだったと俺は当時を思い出しながら話す。

 俺が話すように促しても、しばらくは黙ったままで数分が経過した後ポツポツと話し始めたと当時の状況を説明する。


「彼女が校長と合体した経緯を簡単にまとめると、水泳部の廃部について他の部員の後押しもあり、彼女が校長に直談判しに行ったらしい。当然、子供の言い分でお金の問題やらが解決するわけもなく、普通は無理だの一言であしらわれるはずだった」


 普通はなと俺は念押しをする。


「問題は校長が好色オヤジだったことだ。水泳部の存続と引き換えに、奴は彼女に提案をした。彼女に自分の性処理をしろと要求したのだ。普通ならそんな提案、聞く価値もない。しかし、彼女はどうしようもなくお人好しで、有り得ない面倒見の良さを持っていた。彼女は、自分を慕ってくれている人達のために犠牲になることに決めた」


 俺にも言わずになと不満を吐露する。


「校長が彼女に出した条件は二つ。一つはこの話を秘密にすること。もう一つは、毎日校長の処理をすること。彼女はそれに従うしかなかった。俺への罪悪感もあったらしい。誰にも言わずに、一人で背負い込んでいた。そして校長は彼女のそんな気持ちに付け込んでいた」


 どうやら、彼女が風邪を引いたといって学校を休んだのは噓だったようで、一日中校長とさかっていたらしい。俺が父親だと思った声は校長だったと俺は伝える。


「彼女は耐えようとしたらしいが、所詮は中学一年生。それに性に目覚める頃合いの少女にとって、肉欲を満たす行為は何よりの中毒性があった。彼女は瞬く間に行為の虜になった。そこからは俺も知っていたので、辛そうに話をしていた彼女を止めた」


 見ている俺も辛かったと俺は言う。

 そして、小さいながらも確かにしていた嗚咽の音が止んでいることに気付く。

 嫌な予感がビンビンにしているが、恐る恐る三澪の方を見ると……案の定だった。

 息が荒くなり、手が机の下に伸びている。

 また用務員さんに後片付けを頼むという苦行、いや辱めを受けなければいけないのかと軽く絶望していると、三澪は俺の視線に気が付いて一旦手を止める。

 そして、何を勘違いしたのか鞄を開けて中身を俺に見せてくる。

 そこには、服が入っていた。恐らく替えの服だろう。

 三澪は俺に対してドヤァという顔をしてから、また恥部を弄るのを再開した。


 違う! 俺が言いたかったのはそうじゃない!


 と大声で言いたいところだが、変態にまともに付き合っていてもキリがない。

 こういうのは未来の自分に丸投げするに限る! と俺はさっきの光景を見ていないことにした。


「それでも話をしようとする彼女の肩に手を置き、抱きしめて無理矢理話をやめさせた。少しすると彼女は落ち着いたのか、俺の肩を叩き離すように伝えてくる。俺は抱きしめていた体勢をやめて彼女と向かい合う。彼女の眼は潤んでいて、視線はチラチラとベッドの方を見る。彼女が何を言いたいのか分からないほど俺は鈍くなかった。俺は彼女を抱いた」


 そして、次の日に普通に振ったと言うとこいつマジか……みたいな目で見られる。

 だって、なあ? あんまり言いたくないけど、俺が挿入した際に他の男と間接的に息子を擦り合わせてるみたいな気分になるんだよな。

 間接キスみたいな感じで。


「彼女も例のごとく俺に執着し始めたが、俺は適当にあしらうだけだった。そのまま学年が上がってクラスが変わっても彼女は俺の元に訪れ続けたが、俺は迷惑だと感じていた。鬱陶しかった。彼女は校長とのことが噂にはなっていたとはいえ、まだ彼女を慕ってくれる生徒は多かった。きっと真実を知っても、彼女の味方をしてくれる生徒だってたくさんいたと思う。俺に執着する必要なんてないと俺は思っていた」


 まあ、執着していた理由を知ってる今としてはすごく複雑な気持ちだけどなと苦笑いする。


「俺の対応が日に日に雑になっていっても彼女は諦めなかった。しかし、俺はそんな彼女の態度に辟易していた。そんな俺を見かねて、彼女に注意をしてくれたのが火宮ひのみや四姫しきだった」


 三澪の話が思ったよりも長くなり、途中で一度水を口にしたはずなのに、喉が渇いている。

 一旦食堂の自販機まで言って、お茶を買ってきてから席に戻った。

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