後編

「智也、お前本当にちゃんと俺の事紹介してくれたのか?」


 朝、俺の顔を見るなりこう言ってきた。昨日、ラインでダメだったと宏人には伝えていたからだ。


「卒アルで声かけてくる時点でアウトだって。それ以上、何も言えないじゃん」


「いやさあ、恋の始まりなんて何がキッカケか分からないだろ? もうちょっと推してくれてもいいと思うけどなあ、俺は」


「恋の始まりとか、そんなキャラかよ、宏人は」


 そう言って浩介は笑った。


「そういや智也、授業中熱心にノートとってたけど、何書いてたの?」


「え? 普通に黒板の内容書いてただけだけど」


「おいおい、いつからそんな真面目君になったんだよ〜。そんなキャラじゃないだろー、智也は」


 浩介と宏人は笑った。



 桐花とラインを交換した翌日から、毎晩、桐花とラインをするようになっていた。


 桐花はあれから学校をサボったりはしてないようだ。


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返事遅いと思ったら、今日はバイトだったか。智也が働いてるとこのラーメンって美味しいの?

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美味いよ! 賄いで出してくれるラーメン食いたいからバイト始めたくらいだからw

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いいなあ! 好きなラーメン食べられて、お金まで貰えるんでしょ! まるで天国じゃん!笑

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いやいや、ラーメン食ってお金貰ってる訳じゃ無いからw ちゃんと仕事もしてんだぜw

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だよね・笑 私も一度食べてみたいな、智也んとこのラーメン。女子高生お一人とか浮いちゃう?

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うーん、俺んとこは結構ガッツリ系だから、女性のお一人様は少ないかなあ。良かったら一緒に行ってみる?

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ほんとに? 行く行く! 次の土曜日の夕方とかどう?

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土曜日、ちょうど朝イチからバイト入って6時までなんだ。それからでもいい?

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やった! 楽しみにしてる!

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 桐花とラーメンを一緒に食べることになった。


 これをデートと呼べるなら、俺にとって生まれて初めてのデートという事になる。




「——なんだよその点数。智也、カンニングでもしたのか?」


「ハハハ。なんて言い方すんだよ、ちゃんと勉強してたろ、俺」


 宏人の言いように、思わず笑ってしまった。


「家でもやってんのか、勉強?」


「いや、授業中真面目に聞いてるだけで、おおよそ頭に入るじゃん。あと分からない所は、ほんの少し復習してるかな」


 桐花と初めてラインをした翌日から、黒板の内容をノートに取るようになった。桐花の頑張りに感化されたのと、桐花の「やれば出来るのに勿体ない」という言葉が引っかかったからだ。


 授業中に分からない事が出てきても、俺には桐花という頼もしい家庭教師がいる。高校1年生になってから二度目の定期テスト。各教科の合計点は前回の2倍近くになっていた。


「お前がそんな高得点出すと焦ってくるんですけど。なあ、浩介」


「ほんとほんと。俺らもちょっとは真面目に勉強した方がいいのかな、こんな高校でも」


「俺で分かる範囲なら教えてやるよ。案外、やり出すと面白いもんだぜ、勉強も」


「なにがあったんだよ、智也……どっかで頭打ったりしたんじゃないだろうな。

——あ、そうそう。今度の土曜日、俺ん家で飯食おうよ。親が旅行で誰も居ないんだ。夜通し遊べるぜ!」


 宏人の提案に、浩介は「いいねえ!」と大喜びだ。


「——悪い、その日はバイトあって、その後ラーメン食うんだ。その後でよけりゃ」


まかないって事か? その日くらい我慢しろよ」


「いや、そうじゃなくて……実は女子とさ……」


 その後、俺は二人に問い詰められ、桐花と一緒にラーメンを食べることを白状させられた。


 宏人に紹介を頼まれておきながら、デートらしい事をするのが後ろめたかったとも正直に言った。


「なんだそれ、羨ましいなあ。急に勉強し出したのもそれがキッカケじゃねーか。

な? 分かったろ、浩介。やっぱり人間、恋をしなきゃダメなんだよ」


 先日は恋を語る宏人を笑い飛ばした浩介だが、今回はうんうんと相づちを打っていた。



 約束の土曜日。


 バイトを終え、いつもより急いで私服に着替える。店の前に回ると、桐花は既に店の入り口で待っていた。


「待った?」


「全然。さっき来たとこだよ」


「行列出来てる日もあるんだけど、今日は空いてて良かった。どうぞ」


 店のスライドドアを引き、桐花と一緒に店に入った。



「いらっしゃ——なんだ福井じゃん。彼女か?」


 店長だ。ビシッと整えられた鼻髭が似合う、いわゆる強面こわもてだ。昔は格闘技をしていたらしい。


「いや、その……隣に住んでる幼なじみです」


「そうか。ただの知り合いと彼女じゃサービスの内容変わるけど、彼女じゃ無くていいのか?」


「じゃ、じゃあ彼女です!」


「ハハハ、了解。じゃ、カウンターしか空いてないけど、掛けといて」


 俺たちは最後の空席に二人で掛けた。



「私、智也の彼女なんだ」


 桐花はニヤニヤと笑っていた。


「だ、だって、サービスして欲しいじゃん。……で、お母さんにはなんて言って出てきたの」


「友達とファミレス行ってくるって。8時までには帰らないと怒られちゃうけど」


「まだ、2時間もある。十分十分」



 そんな会話を交わしている内に、ラーメンが運ばれてきた。


「ほい、俺からのサービス定食ね。残したら分かってるな、福井」


「は、はい! ありがとうございます!」


 俺はラーメンと半チャーハン、桐花はラーメンしか注文しなかったのに、ラーメンはチャーシュー麺に、チャーハンの他には鶏の唐揚げ、餃子と、この店のフルコースになっていた。


「うわ! 美味しい!」


「だろ? ラーメンに拘ってる店って、サイドメニューが寂しい所が多いんだけど、この店はどのメニューも拘りの塊だからね」


「智也は本当にここのラーメン大好きなんだね。でも分かる、これはハマっちゃう!」


 そう言って、桐花はツルツルと美味しそうにラーメンを食べた。




「はーっ! お腹いっぱい! 美味しかった! 智也もお腹パンパンでしょ?」


「うん、限界……流石にここのラーメンでも数日は食えないかも」


 小食の桐花をフォローする形になり、本当にお腹いっぱいになってしまった。今の俺の胃には、少しの隙間も無いだろう。


「私たち、タイミング良かったんだね。行列になってるじゃん」


「そうそう。いつもは行列になる時間なんだよ。ラッキーだったよ、俺たち」


 外は、店に入った時より随分と日が落ちていた。


 その時、自転車に乗った男二人組に「おーい」と声を掛けられた。宏人と浩介だった。


「飯食い終わった? あ、智也の友人の山下宏人です。はじめまして」


「友人、その2の中田浩介です、はじめまして」


 二人ともどことなく顔が強ばっている。緊張しているのかもしれない。


「はじめまして、智也の幼なじみの鈴木桐花です」


 食事が終わったら合流する予定だったが、俺を迎えに来たのだろうか。


 いや、桐花を一目見てやろうと来たのだろう。


「と、智也だって!? なに? 付き合ってたりするのか?」


「つ、付き合ってねえよ。幼なじみなだけだよ。な、桐花」


「『な、桐花』だってよ! 羨ましいなコイツ!」


 宏人が俺のモノマネをして茶化してくる。浩介はともかく、桐花まで吹き出した。


「じゃ、私はここで。またね」


「ま、待って。家まで送るよ」


「うんうん、その方がいいよ桐花ちゃん。じゃ、俺ん家で待ってるから、後でな!」


 宏人はそう言うと、浩介と共に自転車で去って行った。




「ごめんな、初対面なのに失礼な奴らで」


 俺は自転車を押し、桐花と並んで歩いた。


「ぜんぜん。楽しい人達じゃない。私まだ、そこまで仲良い友達いないし羨ましいよ」


「まだまだ高校も始まったばかりじゃん。その内、仲良くなるよ」


「だったらいいけど」


 桐花は寂しげに笑った。



 俺たちはこの2ヶ月程で、今までの空白を埋めるような勢いで会話をしてきた。


 桐花にそこまで親しい友人がいないことや、母親の期待が桐花のストレスになっている悩みなども聞いた。俺に話すことで、桐花は少しでも楽になってくれているだろうか。

 

 桐花は俺が最近ちゃんと勉強している事を喜んでいる。

  

 桐花には言っていないが、俺の学校なら一番の成績を取れるんじゃないか? と、結構本気で考えている。


 次のテスト前にでも宣言してみようか。桐花ならきっと応援してくれるはずだ。



「もう家着いちゃうね。ここで大丈夫だよ」


「うん。じゃ、ここまでで」


「また一緒に食べようよ、ラーメン」


 桐花が言う。


「うん、行こう行こう。……あれ? ちょっと歩いたからかな? 数日は無理って言ったばかりだけど、明日には食えそう」


「ハハハ、何それ。次行くときは私も、お腹ペッコペコにしておくから! ……じゃ、お友達と楽しんできてね!」


 そう言って桐花は帰って行った。



 次行くときは、か……


 その時も、店長は俺たちの関係を聞いてくれるのだろうか。

 

「今回は、本当に彼女です!」


 なんて言ったら、今日以上に料理が出てきてしまうのだろうか。


 俺はそんな夢想をしながら、宏人の家へと自転車を走らせた。





〈 隣家の桐花 了 〉

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隣家の桐花 靣音:Monet @double_nv

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