第6話

 早々に撤退した梅雨前線のお陰で、既に真夏のような気候に変わっていた。

 茹だるような暑さが続き、学生達は冷房の効いた場所に吸い寄せられ、外で活動する者は少ない。

 暑さが苦手な龍にとっては地獄の季節。

 しかし、喫煙所というものは得てして屋外にあるものである。

 喫煙所で汗を流しながら一服した後に龍が部室に向かうと、何やら楽しげな笑い声が聞こえてきた。


「おつー」

「あ、龍先輩。お疲れ様ですー」

「楽しそうだな」


 部室には一年の荒川と清原、二年の永野、藤原、川辺がいた。

 永野と一年の二人が談笑していたのが廊下に聞こえていたらしい、藤原達はスイッチでゲームをしている。


「ウチの教授が面白くて!」


 清原が笑いながら言う。


「あの教授は名物だから」


 永野も笑っていた。

 談笑出来るくらい仲良くなれたのなら安心だなと龍は思った。


「教授って変な人多いからな」

「でも、あの教授は面白いし、講義も分かりやすいからいいよ」

「永野さんの言う通りでした!あの教授のゼミに入ろうかなー」

「人気高いよ、あそこ」

「やっぱりそうですよねー」

「まだ前期も終わってないんだから、今からでも十分目指せるでしょ。ねぇ、永野」

「要は試験の成績だから」

「分からん時は教授か永野に聞くと良い」

「過去問とかは渡せるから」

「助かります!」

「オリ氏の方はどう?」


 龍が荒川に話を振る。

 オリ氏とは荒川のあだ名のようなものだ。

 『詩織氏』から派生したようで、龍が名付け親だ。

 『し』を二回言うのがめんどくさいという、何とも失礼な理由なのだが割りと呼びやすいためアッサリと定着してしまった。

 荒川自身、結構気に入っているようでもある。


「ぼちぼちですねー」

「大阪商人かよ。てか、俺らの代で同じ学科は……、宮本か」

「そうですね」

「宮本かぁ」


 永野がぼやくように言った。


「そうなんですよ……」


 全員の反応がいまいちな理由、それは宮本が抜けているというか、天然というか……。

 簡単に言えば頼りにならないのだ。

 だからといって更に上の代となると、4年の鈴木すずき 栄一えいいちになるのだが、接点自体が少ない上に、これまた独特の性格で取扱注意の部類である。


「数学科って、やっぱ変な人多いよね」

「私まで変な人みたいじゃないですか!」

「いやいや、天文に入ってる時点で変な人でしょ」


 龍は笑いながら言う。


「確かに」


 永野も笑いながら同意した。


「じゃあ、先輩達も変人って事になるじゃないですかー」

「いや、変人でしょ?なぁ、永野」

「うんうん、変人だよ」

「仲良く同意しないで下さい……。てか、お二人に聞いたのが間違いでした……」

「なんか楽しそうだね」


 ちょうど龍達と同学年で紅一点である山下やました 真紀まきが部室に入ってきた。


「真紀さんは天文部のオアシスだぁ!」


 荒川が山下に抱きつく。

 山下は全く事態が飲み込めていないにも関わらず荒川の頭をよしよしと撫でる。


「いやいや、真紀氏は俺らの代の変人筆頭だぞ」

「マジでそれ」


 龍と永野は呆れた様に言う。


「え?私、変人かな?」

「普通、いきなり抱きつかれたら理由を聞くでしょ」

「何も聞かずに頭撫でるとか、ぶっ飛んでないと出来ない芸当」

「真紀さんは優しいからですよ!」


 龍達の台詞に荒川が講義し、清原はそうだそうだと野次る。


「真紀氏!シュッ!」


 龍はそう言って山下に向けてセーラームーンの決めポーズをする。


「シュッ!」


 すると山下も嬉しそうに同じ決めポーズを龍に向けてやった。

 よく分からないコミュニケーションが成立してしまった。


「龍さん辞めて下さい!真紀さんを犯さないでください!」

「俺が性犯罪者みたいな言い方はやめろ!!」


 そんなやり取りを頭の上にクエッションマークを飛ばしながらも山下はニコニコと見ていた。


「まぁ、山下は天然だからな」


 永野も笑ってそれを見ている。


「だったらウチの清原も天然ですよ!」


 山下から離れた荒川が力強く言う。


「いやー……」

「清原は……」


 龍と永野は顔を見合わせて難色を示した。


「天然の振りした養殖だな」

「うんうん」

「どういう意味ですか!?」


 清原の悲痛な叫びが、蝉時雨と共に部室棟に響いたのだった。



 夏休みの目前に、大学全体は試験地獄へと突入した。

 試験期間が始まると、構内の雰囲気は一気に変化する。

 いつもは授業にも出席していない生徒も含め、全生徒が登校してくるために構内はごった返すのだ。

 サボって授業に出ない生徒もいるが、多くはスポーツ推薦などで大学に入った生徒達だ。

 教授によってはスポーツ推薦である事を試験用紙に書き込めば、どんなに点数が悪くても単位をくれたりする。

 その代わり、スポーツの方で成績が残せなかれば退学という流れになるのだが……。


「けど、試験勉強しなくていいのは羨ましい……」


 一年のあさひ 誠太朗せいたろうは言った。


「スポーツの成績悪かったり、身体壊したりしたら退学だけどな。完全なる結果主義の世界だぞ」


 龍はアコースティックギターを爪弾きなが言った。


「つか、旭は頭いいからいいじゃん」

「勉強の好き嫌いは別の話じゃないですか」

「ハハハ、確かに」


 部室には二人しかいなかった。

 この二人は何処となく似ている。

 醸し出す雰囲気といい、行動原理といい。

 そのせいか、会話数は比較的少ない割に通じ合っている部分がある。


「どの班に入るか決めた?」


 天文部には四つの観測班が存在する。

 太陽、惑星、変光星、流星の四つだ。

 龍は流星班の班長をしている。


「太陽か惑星っすかねー」

「流星班の班長を目の前に、それを言うか」

「だって、流星とかまだ見たこと無いですし」

「まぁ、確かに」


 新入部員は所属する班を決め、夏合宿のコンパの席で発表するのが習わしとなっている。

 理由は、夏合宿の主目的である『ペルセウス座流星群』の観測を以て、四つの班全ての観測の体験が終わるからだ。

 全てを体験した上で、どの班に入りたいかだ。

 とは言っても、別の班の観測に全く関われない訳では無い。

 班は目安であって、全てやりたいならやっても構わないのだ。


「流星に決めた理由ってなんですか?」

「俺?うーん、雰囲気が合ってたから?」

「あー、何となくわかります」

「だろ?旭も流星にしたら?ゆるいよ?」


 流星班は流星群が無い時は特にやることがない。

 主に観測しているのは、三大流星群と呼ばれる夏のペルセウス座流星群、12月のふたご座流星群、1月のしぶんぎ座流星群に加え、比較的観測し易い十月のオリオン座流星群を加えた四つ程。

 流星群自体はいくつも存在するが、目視で観測しやすいものとなると数が限られるし、流れる個数が少なければ観測していても面白みがない。

 なので、流星班が活動として決まって観測するのはこの四つだ。

 つまり、それらの時期以外は暇なのである。


「龍さん、俺、鳥目なんすよね」


 鳥目、つまり夜になると視力が落ちるという事だ。

 龍はアコギを弾く手を止めて、旭をマジマジと見る。


「……、なんで天文に入った……?」

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才能の無い僕らは Soh.Su-K(ソースケ) @Soh_Su-K

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