第14話 星華の目論み

「どうしてこんな所にいるのですかっ!!!一人で出歩いてはならないと何度も申しましたよね!?」

「ご、ごごめんなさいっ!!でも....、」

「でも、もアイガモもないでしょう!!危険なんですよ!?もう少しご自分のお立場をお考え下さい!!」

「は、はい....。」


星華と鵲鏡さくきょうの問答が始まり早数刻。珍しい鵲鏡の怒声は未だに虹烏殿こううでんに響き渡っていた。状況は圧倒的に鵲鏡の優勢だ。


 時は少し遡る—


「皆の者、注目。本日より臨時の吏部官として手伝ってもらうことになったかい泉俐せんりだ。」

「桧です。少しの間だけですがどうぞ宜しくお願いします。」


泉俐は目にかかるまで前髪を下ろしており、ぱっと見ではその瞳を窺い見ることはできないだろう。泉俐が挨拶をしても他の吏部官達は少し顔を上げただけで、すぐに各自の仕事へと戻っていった。たったそれだけで吏部の忙しさを垣間見ることができる。


「では、桧はその机に。そこで書類の識別をしてくれ。........くれぐれも正体がばれないようにお願いしますね。」

他の人には聞こえないよう最後に一言呟くと吏部尚書、えい朔蒼さくそうは去っていった。


(ばれないように、か....。鵲鏡にだけは知られないようにしないと。........それにしてもこの前髪邪魔だなぁ。)


普段まとめられている長い前髪を少し引っ張りながら、桧泉俐ことりん星華は口を尖らせた。


 吏部での星華の働きぶりは、意外な事にもなかなかのものだった。それは、通称『冷厳の鬼畜』と呼ばれる朔蒼が思わず舌を巻いてしまうほどのものだったという。それに驚いた他の吏部官達は、次第に泉俐と親しくするようになった。

 ただ、一方の泉俐はなかなか口を開かず、表情もあまり見ることができないことから、周囲は泉俐の過去に何か辛い事でもあったのだろうと彼女を同情の目で見るようになった。


「泉俐ちゃん。あなた実はとんでもないべっぴんさんでしょ!?」

泉俐が吏部に奉公するようになってから一月ほど経った頃、吏部の中でも特に泉俐を気にかけ、昼食も一緒にとるようになっていた吏部侍郎、すい耀彩ようさいが泉俐を得意げな顔をして指さした。


 耀彩は金髪に近い色の髪を揺らし、深い海のような瞳をより一層輝かせて泉俐に詰め寄った。

「私、分かるのよ。可愛い子がっ!!だから、私の前でいくら隠したってムダムダっ!さぁっ!!さっさとその可愛いお顔を私に見せなさいっ!!」


耀彩はそう言うと、泉俐が何か言う間もなく長い前髪を払った。

「............。」


 (あちゃー。もうバレちゃうかぁー......、)


 星華は目線を下に向けて、鵲鏡の長ったらしい説教を思い大きなため息を吐いた。だが、仲良くしてくれた耀彩との関係が崩れてしまうという事の方が星華にとって辛かった。耀彩は泉俐をたいそう気に入ったのか、何から何まで泉俐の面倒を見てくれていた。


「泉俐、その書類はこっち。間違えないようにね!」

「ねえねえ泉俐!机にはこの花を置いたらいいと思うの!一緒に置かない??」


仕事でも私生活でも手を抜かない耀彩は、いつしか星華の憧れになっていた。『泉俐』が星華だと分かったら彼女は躊躇いもなく星華の前に跪き、星華は二度と耀彩の本当の笑顔を見ることが出来なくなるだろう。


「泉俐って........、」

  ごくり。

「泉俐って虹姫こうき様によく似てるね!!やっぱり可愛いー!!」

「.....................。」

  がくっ。


 耀彩は吏部侍郎という非常に優秀な女性官吏でありながら私生活にも手を抜かない、実はどこか抜けているところのある阿呆な人物だった。


「私の目に狂いはないわっ!!」

えっへん、とふんぞり返っている耀彩を見て星華は、心配するのが馬鹿バカしくなってきた。


「ねぇ耀彩、私が誰でも今みたいに仲良くしてくれる??」

「わぁ!初めて文章喋ってくれたぁ!!もっちろん!可愛い子に悪い子はいないわ!」


泉俐はあまりの即答ぶりに思わず笑ってしまった。この人ならきっと大丈夫、そう思えるだけの何かが耀彩にはあった。


「実はね、私竜りん星華なの。隠しててごめんなさい。」

「え??本当に??えぇーっっ!!!!!!!!どうしてこんな所に!?あっ、いや、なぜこのような所にいらっしゃるのですか!?」

「敬語はやめてくれないかなー。さっき耀彩言ったでしょ?変わらないでいてくれるって。ちょっと羽を伸ばしたくてねぇ。あ、皆には内緒ね?」


耀彩はこくこくと勢いよく頷くと、気まずそうに星華を見た。

「本当にいいの??」

「当たり前でしょ?その方が楽しいもの!」

「ふふっ。星華様はとても面白い方なのね。」

「星華でいいわ。あと、今は泉俐よ。」


悪戯っぽく片目を瞑って星華が答えると、お互いに顔を見合わせて大笑いした。


 しかし、どこから見ていたのか誰かが翔信に報告したらしく、その日の内に星華は朔蒼に耳を引っ張られながら虹烏殿こううでんに連行された。—そして現在に至る。


 最初は翔信、次に側近達、そして鵲鏡。次々と色々な人達に叱られた星華は、側から見てもかなり縮込んでいた。翌日、どこからの情報なのか霜晏そうあんまでもが星華を絞ったらしく、星影せいえいは主を少し気の毒に思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る