面倒ごとをスキップする時計

kayako

最良の結末

 

 僕は小さい頃から、ちょっと変わった時計を持っている。

 誰から貰ったかはもう覚えていないが、これは面倒なことをスキップ出来る時計だ。

 例えば、学校の休み時間。

 みんなが楽しそうにはしゃいでいるのに、一人ぼっちの時。

 休み時間の分だけ時計を先に進ませれば、あら不思議。

 あれだけうるさかったみんなが着席し、もう先生が戻ってきている。

 ついでに言うと、頭を殴られた痛みも、机が荒らされた形跡もない。


 つまりこの時計は、面倒だと思った時間を一気に飛ばしてくれる上に、僕にとって最良の結果をもたらしてくれるんだ。


 僕はこの時計を、あらゆることに利用した。


 退屈な授業時間は勿論、面倒な勉強やテストの時間も。

 休み時間も、鬱陶しい文化祭やら修学旅行やらの行事も。

 常に僕にとって最良の結果が返ってくるのだから、これほど嬉しいことはない。

 僕はあっという間に「勉強が出来て友達もたくさんいるエリート」になった。


 高校も大学も、時計のおかげで万事順調。

 就職して、可愛い彼女も出来て、気がついたら結婚していた。

 指輪だの結婚式だのの面倒ごとは勿論、全部飛ばしたけど。

 やがて僕らには子供が出来た。子育てによって妻の小言は倍増したが、全部飛ばした。

 そして僕は幸せに過ごしていたが――



 ある時、僕はちょっとしたミスをしてしまった。

 愚痴ばかりの妻が嫌になり、会社の女の子と仲良くなり。

 密かに会っているうち、彼女はなんと――妊娠してしまった。

 しかも今夜、僕の家で、妻と三人でこれからのことを話し合いたいらしい。


 あぁ、面倒くさい。

 いつものように、こんな時間は飛ばしてしまおう。そして僕は、可愛い子供と一緒にゆっくり、暖かいベッドで眠るんだ。


 そう思いながら僕は、自宅の玄関の前に立った。

 扉の向こうからは、妻と彼女の言い争う声が聞こえる。子供の泣き声も。

 ――やれやれ、すごく面倒くさそうだ。

 僕は時計の針を、一気に5時間ほど先に回した。






 ――気がつくと僕は、冷たいフローリングの上に倒れていた。

 胸が、お腹が、身体中がすごく痛い……どうして?

 綺麗に掃除されたクリーム色の床に、血だまりが拡がっている。

 その中心にいるのは、何故か僕。

 妻も、彼女も、気配がない。子供の声さえもしない。


 ねぇ、どうして?

 この時計は、僕に最良の結果をくれるんじゃなかったの。


 胸の中心に深々と突き刺さった包丁を見つめながら、僕の意識は薄れていった。




*****



「やれやれ。

結局人間に神器を渡せば、このような結末になるしかないのでしょうね」

「時間は進んでも、本人の心は幼いままだったということでしょうね」

「これ以上被害を拡大しないよう、神器が判断したのでしょうね」

「これが最良の結末だったということでしょうね」

「ならば今度は、楽しい時間だけを好きに引き伸ばせる時計はどうです?

楽しい時間は何故か早く過ぎてしまいがち。それなら――」

「それならいっそのこと、1日を60時間に変えてしまう時計などどうでしょう?

人間の作った1日24時間などというくだらぬ基準を、吹き飛ばしてしまうのも――」



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面倒ごとをスキップする時計 kayako @kayako001

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