Epi1 就職活動全敗の貧乏大学生

 在学中に就職活動をするのは世の常だ。

 新卒採用が当たり前の今は、可能な限り早い段階から活動し、さっさと内定をもらうことこそが、勝ち組の要件であろう。

 卒業してからでは遅い。大学二年生からインターンに勤しみ、内定をもらい悠々自適に過ごすのが、できる学生なのだ。将来も安泰、最初はアパート住まいでも、妻を娶り五年以内に出世して家を買い、そして子をもうけて、なんて人生設計。

 そう思って頑張ったのに。


「全敗かよ!」


 おんぼろアパートの一室で打ちひしがれてみた。

 この建物、築七十二年。風呂無し、トイレは便所と呼びたい和式で共同。タンクが天井付近にあるんだよ。ドシャーって感じで水が落ちてくる。キッチンはあるが昔ながらのガスコンロ。マッチで点火するタイプだぜ。シンクなんて石材を切り出したような奴だ。なんだこれ。どこの古民家だよ。

 アルミサッシが普通の窓はまさかの木枠。ぺらぺらのすりガラスは衝撃に弱く割れやすい。風吹いたり開け閉めするとガチャガチャ音がする。上質な家屋であれば、樹脂窓だってあるのに。密閉性が高く保温性に優れ、冬も暖かいんだろうなあ。

 床は傾いでるし。畳はすれてぼろぼろ。直す気ないんだろうな。壁は土壁でぼろぼろ崩れてくるし、音は筒抜けで生活音の一切が聞こえてくる。

 夏暑く冬寒い。しかも底冷えするこの部屋で、四年間耐え抜いてきた。


「なのにだ!」


 まさか、どこも採用してくれなかった。

 俺に瑕疵があるのか、それとも人事の連中に見る目が無かったのか。


 机代わりのビールケースに板を載せたもの。そこに突っ伏すしかなかった。

 春の風は冷たいなあ。俺を心底冷やし切る。寒すぎて死にそうだ。

 超絶貧乏とは言え、格安スマホのお陰で一般人レベルには、情報収集は可能だ。塞いでいても嘆いていても仕方ない。仕事探しをするしかない。親には大学在学中までの条件で、仕送りをしてもらっていた。卒業したら打ち切りだ。すぐに文無しになる。おまんまの食い上げだ。ついでに部屋にも住めなくなるから、すぐにホームレス直行だよなあ。


「最早、就職先を選んでる余裕はない」


 うちの両親は貧乏だ。東京の大学を受ける、上京すると言った時に「そんな金どこにある」と喚かれた。大学なんて学費が嵩むだけで、どうせ四年間遊ぶだけだろ、とも言われたな。

 高卒で充分だし、さっさと働いて家計を助けろとまで。

 過疎の進む田舎暮らしで、将来像なんて描けないだろ。座して死を待つ気はなかった。だから上京して大学を受験し見事受かった。

 その執念に已む無く四年間だけの条件で、最低限の住居費用や学費を捻出してもらったが。

 生活費は全額自力で稼ぐしか無かった。バイト三昧。勉強する間も惜しんで。


「それか!」


 ただの大卒ってだけじゃ駄目なんだよ。

 食うに困る状況じゃ、金を稼ぐしかない。単位は辛うじて取得したが、学業に打ち込んだ記憶は無いからな。

 借金は奨学金含め駄目と言われた。だからバイトの日々。給付型は無理だった。


「死ぬ気で探せ。いや、マジで部屋を叩き出されて路頭に迷う」


 手当たり次第、探すことにした。

 見栄を張って大企業を中心に探していたが、零細企業でもこの際文句は言わない。当座の糊口を凌げればそれでいい。先のことは今考えても仕方ないからな。

 まずは収入を得る。だからと言って非正規雇用は論外だ。将来像を描けなくなり、ひたすら落ちぶれてホームレスまっしぐらだからな。


 どの世代の総理だったか忘れたが、非正規雇用者を拡大させた。派遣業法の改正、いや改悪だ。派遣企業のトップが政策顧問とか、なんの冗談だっての。雨後の筍の如く登録型派遣企業ばかりが増殖し、上前だけはきっちり撥ねて責任は負わない。失業しても知らん顔だ。

 今や非正規雇用者は全労働人口に占める割合が四割だぞ。


 悪化する労働条件と不安定な雇用状況が、今の不景気を生み出し、格差は拡大し一億総中流から貧乏に至ってる。無能な政治家と強欲で無能な経営者のせいだ。


 雇用の調整弁なんて都合のいい使い方をすれば、不安定さから消費が落ち込むのも当り前だろ。若い人に車が売れない、当たり前だ。不安定な雇用としみったれた稼ぎで、なんで車を買えると思うのか。こんなことも理解しない奴らが経営者やってるんだからな。

 愚者は経験からも学ばない。行き当たりばったりだからな。


 旺盛な消費は安定した生活があってこそだ。

 老後にも不安を抱えるこの国で、旺盛な消費なんて不可能だ。貯金して貯金して貯金して、少しでも老後に残す選択を取るのも当然。

 国の政策が話にならないからな。


 ゆえにだ、非正規雇用は論外。

 キャリアアップすら望めないし、何も身に付かないからな。


 でだ、とにかく探す。

 まだ身投げしたくない。俺は生きて少しでも良い生活を手に入れたいのだ。

 努力を別のものに注ぎ込んだ結果は、甘んじて享受しよう。だが、それに甘んじているわけにはいかないのだ。


 ふと、とある求人に目が留まる。


「なになに……」


 募集人数一名? こりゃ無理だろ。

 ただ、待遇面は俺が望むものだ。


 衣食住完備。つまりは住み込みってことか? それとも寮とか宛がわれるとか。飯もある、着るものまで用意するってのか。

 初任給三十万円。多い。なんか裏がありそうだが、それでもこの金額は魅力的だ。

 賞与もあって昇給も確実ならば。完全週休二日制は今や当たり前、とは言え、実態はかなりいい加減だからな。約束されているなら。

 ダメもとで応募しておこう。万が一にも採用とかになれば、俺の生活は一気に安定するし、将来像を描き易くなる。


 連絡先はと。


「いや、待て」


 ここは一旦冷静になる必要がある。

 あまりに条件がよすぎる案件ってのは、その実、真逆であることが多い。

 例えば給与は三十万支払います、としても、そこから衣食住費用を分捕られたり。結果手元には十万も残らないとか。住む場所があって飯もあるなら、文句ないだろ、とか思う経営者は多いだろう。

 人として扱う気が無ければ。


 しかしだ、誰かが先を越したりしたら、こんな条件はまずない。

 どうする俺。


 スマホの画面を眺めながら、逡巡すること十分間。


「エントリーは済んだ」


 必要なものは履歴書だけ。後日書類審査の上、面談実施。

 書類審査でふるい落とされる可能性は極めて高い。それでも縋るしか無いのだ。

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