第55話「秘伝!!」

父「次、指の使い方をやろう」


娘「指? 押すだけじゃないの」

父「まあ、押すだけと言えば、押すだけだけどね。押す場所だな」

娘「ああ、場所ね」


父「まず基本のコリのとり方は、コリがあったら痛い所と痛くない所の境い目を指圧して、だんだんとコリを小さくする。これは知ってるな?」

娘「知ってる。キャラメルを溶かすようにやるんでしょ」

父「そうだ。これを肛門にできたイボにやると、初期なら一週間でなくなる」


娘「けっこう簡単だね」


父「初期のいぼ痔は血豆みたいな物で簡単だ。俺も何度も治した。切れ痔にもなったが、ほっといたら治った。少しは指圧したが……」

娘「そんなものなの?」

父「若い頃のはな……50歳を過ぎたら、そうはいかないぞ。まず肛門周りと、肛門の出口の指圧。それと、肛門の周りの骨、坐骨の内側の指圧だ!」


娘「坐骨の内側にもコリができるの?」

父「俺はあった。背中を伸ばして座った時に坐骨が支える骨の内側にはっきりとコリがあった。しかもこれが痛い! 痛みを我慢して押したよ。このコリが肛門への血流を邪魔していると思って」


娘「それじゃなかったの?」

父「これも影響していたと思うけど、ここのコリが無くなっても肛門は回復しなかった。肛門から後ろの坐骨の内側にあったコリをほぐした翌朝に変化が出たんだ」


娘「それが尻尾の部分ね」


父「そうだ! ダランとだらしなく座ると、この尻尾のあった部分で体を支えることになる。直ちゃんが言った『ケツが痛くなる』がこの尻尾のあった部分だ。ここで座ることで尻尾のあった部分が圧迫され血流が悪くなり、骨の内側にコリができたんだと思う。俺は、尻尾のあった部分の左の坐骨の内側にコリがあった」


娘「左側だけにあったの? 右側は?」

父「右側には無かった。しかも、左側のコリも見つけ日、1日だけあって、翌日には消えていた。コリと言うより血管に触れたような感触だった。押しても痛くなくて、一応押しておくかという程度で、特に期待もしていなかった。坐骨の前の内側にあるコリは痛くて、コリがなくなるまでけっこう日数がかかったのにな……痛くないから5年も気づかなかったんだな……」


娘「痛くもないの? それはわかりづらいね。普通は痛みの有る所を押すものね……」


父「もし、翌朝の排便の変化に気づかなければ、いまでも痔は治っていなかったかもしれない。俺は、この尻尾の部分を調べたんだ」

娘「ネットで?」

父「ネットもやってみたが、わからなかった。図書館で肛門につながる血管の解剖図を見つけたんだ。尻尾を動かしていた太い血管があるのではないかと思っていたが、無かった」


娘「解剖図って写真?」

父「いや、イラストのやつだ、それによると腹部大動脈から枝分かれした下腸間膜動脈からさらに枝分かれした上直腸動脈と言う血管が肛門につながっていた。他にも中直腸動脈と下直腸動脈と言う血管もつながっていたが、普通の感じだな」


娘「動脈は、上・中・下でつなかっているんだ。静脈は?」

父「静脈も同じだ。上直腸静脈、中直腸静脈、下直腸静脈の上・中・下だ。他に正中仙骨静脈というのもあった。これの動脈もある。解剖図を見てもこれというものは無かった。実際の血管の配置は外科医じゃないとわからないがな……」


娘「なんだ……けっきょく、何もわからなかったの?」

父「いや、いや、俺は見つけたんだ。肛門のガイドラインに書かれていた」

娘「ガイドラインって、お医者さんが読む本だよ!」

父「本屋に売ってるんだ。一般の人でも買えるんだよ。ちょっと待ってれ、持ってくる」

 勘蔵は、自分の部屋からガイドラインの本を持ってきた。

 その本には、以下のように書かれていた。



『痔核の病因には内肛門括約筋の過緊張も関与している可能性がある。(中略)

痔核の病因を静脈還流の阻害にあるとする説も古くから存在する。(中略)

しかしその後の研究ではこの静脈還流阻害説については否定的な意見が多い。』


 肛門疾患・直腸脱(痔核・痔瘻・裂肛)

 診療ガイドライン 2020年版

 南江堂 より。



娘「これは、肛門の静脈の流れが悪くて、内肛門括約筋が過緊張しているということ?」

父「そのまんまだと思う。この静脈が肛門の後ろにあったコリだと思う」

娘「なるほどね〜っ、よく見つけたわね」


父「苦労した。いろいろな本を読んで、ガイドラインまでたどりついた。しかし、この静脈還流阻害説については否定的な意見が多いと書かれているだろ」

 冬子がガイドラインを読む。


娘「あっ、本当だ!」


父「なっ、医者でもはっきりとはわからないんだよ」


娘「痛みが無いってところが盲点だね。静脈は痛くないのかな?」

父「痛みがなくても、肛門が痛ければ、尻尾の部分はもむべきだ! たいして時間もかからないからな」


娘「お父さん、これが本当なら、凄いことじゃない?!」

父「本当だよ! 俺もギリギリでわかったんだけどな、痔は治らないと言われているから、昔の人も気づかなかったんだろう」

娘「これは、秘伝だね! 本当の秘伝だ!」


父「秘伝として隠して、冬子の店で高額で講習をするか? 痔が治るならいくらでも出す人はいると思うぞ!?」

娘「う〜ん。これは、秘伝だけど、広くみんなに教えたほうがいいんじゃないかな? 便を出すのに苦労している人には効きそうな技だよ」


父「そうか、儲かりそうな技なんだがもったいないな……」

娘「世の中の人の為になることをすると、きっと良いことがあるよ。自動車工場の坂本さんなんかも便を出すのに苦労していたんじゃない? この技を教えてあげたら喜ぶかもしれないよ?」


父「また、坂本さんか勘弁してくれ。もし、効かなかったら、どうなることやら……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る