第44話「レプリカ」

娘「お父さん、前にきんを買ったって言わなかったっけ?」


父「金? ずっと昔に買ったことはあるけど……」

娘「本当!? やった!」


父「金がどうかしたのか?」


娘「今、金が高値になっているの思い出したの、そしたら、お父さんが昔、買ったっていうのも思い出したのよ!」

父「値上がりしているのか?」

娘「20年くらい前に買ったものなら、約9倍くらいの値段になってるんだって。お父さん、いくら買ったの? 100万円? 200万円?」


父「いや……俺が買った金ってのは……もってこようか」

 勘蔵は席を立って自分の部屋に行き、何かを持ってきた。


父「ほら、俺が買った金ってのは、これだ」


娘「……これは、金ってより、金箔きんぱくだね……珍しいけど」

父「一応、金だな、お正月に食べてるだろ。コーヒーに入れてやるか?」

 勘蔵はピンセットを使って冬子のコーヒーに金箔を入れた。


娘「な〜んだ〜っ、金箔だったのか……金の板なら大金持ちだったのに……」

父「9倍になると分かっていたら買っていたんだが、昔も金は高かったからな、そうそう買える物じゃないよ。でも、これならどうだ?」

 勘蔵は日本の昔のコインを冬子に渡した。


娘「これは……明治三年、二十圓、大日本。なんかこれ、高そうね」

 冬子はスマホで検索しだした。

娘「販売価格730万円……これが730万円?」


父「すごいだろ! さらに、あと二つ持っている」

 勘蔵は両手に二十圓コインを持っている。


娘「730万円が3つ……2,190万円!? お父さん凄い!」

父「へへへっ、凄いだろう。冬子にひとつあげようか?」

娘「本当!? 730万円。もらった! お父さん気前がいいね!」


父「小判もあるんだぞ」

 勘蔵は小判や金貨、銀貨をテーブルの上に出した。

娘「これ、凄いね。お父さん、こんな趣味があったの? 知らなかった……」

父「俺に何かあったら、これは全部、冬子にあげるよ」


娘「なんか、変だな……金貨の扱いが雑だね。巾着袋にまとめて入れてるなんて、まるでおもちゃ扱い?」


父「はっはっはっ、売らなかったら別に同じだろ?」

娘「やっぱり、レプリカ!?」


父「俺に、そんな高いものが買えるわけないだろ。はっはっはははははっ……」

娘「なんだ、がっかり」


父「眺めているだけなら、同じだよ。よく出来てるしな。100円ショップのガラスの置き物なんかでも、エジプトのピラミッドから出てきた物だと言って売れたら、とんでもない金額になるぞ」

娘「絵の贋作がんさくも売れると凄い金額だもんね」


父「レプリカでもいいじゃないか。昔、『ペーパームーン』って映画があって面白かったな〜」

娘「ペーパームーンは聞いたことあるけど、レプリカの話なの?」


父「あれは、母親が亡くなり、女の子が残されるんだ。それで親戚の家まで、その小さい女の子を母親の知り合いの男性が連れていく話なんだ」


娘「それがレプリカ?」


父「小さな女の子は、その男性を自分のお父さんじゃないかと思うんだが、男性は本当の父親ではないんだ。だけど、本当の父親じゃなくてもいいじゃないかってのがテーマだと思ったな」

娘「なんか、面白そうね」

父「ペーパームーンってのは、紙の月で本物の月ではないが、それでいいじゃないかって言う意味だったと思う……」


娘「なかなか、深いわね」


父「導引でも、これが本物って言うのもあるけど、効果があるなら偽物でもいいじゃないかと思っているんだ」

娘「いろんなのが有るものね……」


父「痔を治すというやり方や、薬、食べ物もいろいろ有るけど、治るならどれでもいいと思う」

娘「それは、そうね。薬で治るなら楽でいいもんね。お父さんの技もレプリカなの?」

父「俺のは改訂版だ。オリジナルではよくならなかったから、少しづつ変えていった。だいたい昔の導引は、わずかな文字しかなかったりするんだ。例えば、肩を回すと書いてあっても具体的にどう回すかまでは書かれていない。実際に見て教えてもらえば10分で覚えられる技が、わずかな文字だけだから、こうだろうというところに行くまで何年もかかってしまう」


娘「やっぱり、実際に教えてもらわないと難しいよね。数学の“フェルマーの最終定理”なんてのもフェルマーが愛読していた『算術』って本の余白に書いた数行なんだけど、数学者が360年も解けなかったんだって」


父「フェルマー? ああ、フェルマーね……」




 ❃


「私は痔を治す真に驚くべき証明を見つけたが、この余白は、それを書くには狭すぎる」


(これは冗談です……)

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