第10話「殴られて感謝?」

 

父「俺と一緒の部屋の小笠原さんは、隣の部屋の坂本さんに怒鳴られてから、一人で風呂も食堂も行けなくなったんだ」


娘「え〜〜っ、人前でオロ○インを塗るような人が!?」


父「そうなんだ、とにかく坂本さんに合うのが恐ろしいようで、俺に、一緒に食堂に行こうとか、一緒に風呂に入ろうとか言って、ひとりで部屋から出たがらなくなった。トイレまで一緒に行こうって言うしまつだ……」


娘「それで、お父さんのせいにして会社を辞めようとしてたの?」

父「そうなんだ。とにかく、自分を守ることに必死で、他の人のことはあまり考えないみたいだね」


娘「それは、ニ度の離婚も納得だわ」


父「なんかね……人の言う言葉の意味がよくわからない人だったんじゃないかと思うんだ。寒い日に薄着でいるから『風邪ひくよ』って言ったら、あとになってから、あんたは俺が風邪をひくって不吉なことを言ったって怒っているんだ」


娘「言葉の意味がわからない? 発達○害とかアスペ○ガー症候群みたいな?」


父「たぶん……グレーゾーンって言われる人じゃないかな? 当時の俺はわからなかったけど、今ならわかるよ」


娘「そっか、言葉の意味がわからないからニコニコしてごまかしていたの?」


父「そうかもしれない。小笠原さんは職場も近くて隣りのラインだったんだ。作っている車が別の物だったけど、トイレは同じ所だった」

娘「トイレが同じ、別にいいじゃない?」

父「いいけどね。小笠原さんはトイレに近い職場で、ラインが止まって休憩時間になるとすぐにトイレに行き個室に入るんだ。そして休憩時間が終わる直前に個室から出て職場に戻っていた」

娘「えっ、毎回?」

父「そう、毎回。個室は二つあったけど、大きい方をしたい人は結構困ってたね。タイ人の人が『あの人は、個室の中でタバコを吸っている』と言っていたんだ」


娘「個室に入ってタバコを吸っていたの?」


父「そうみたいだね。タバコは喫煙室に行かないと吸えない規則なんだけど、小笠原さんはトイレで隠れて吸っていたんだ」

娘「それは、ズルい人ね。トイレが使えなくて迷惑だし」

父「人の迷惑とかは、あまり考えないようだ。むしろ上手い手を考えついたくらいに思っていたと思うよ」


娘「すごく迷惑だと思う。それじゃーっ、坂本さんもアスペ○ガー症候群だったの?」

父「あの人はアスペ○ガー症候群ではないと思うけど、人とケンカをするのが好きだったんじゃないかと思う」


娘「ケンカするのが好きな人もいるの?」


父「いると思うよ。坂本さん、寮の中で本当に人を殴ったこともあるんだ」

娘「それ、犯罪じゃないの?」


父「殴られたのは、20代の若い男で体がデカいんだ! 身長は190cm以上で体重も100kgは軽く超えていただろう、靴もデカくて30cm以上あった」

娘「お相撲さん並み? そんな人が殴られるの?」


父「その人、仕事に何日も行かないで寮にいたんだ。別に病気でもなくて、食堂で寮の管理人さんと話していたんだけど、坂本さんが話しに入っちゃってね」

娘「なんか、怖いね……」


父「俺は、少し離れた席で晩ごはんを食べていたんだ。それで、何を話していたのかは聞こえなかったけど、坂本さんが怒って若い人を殴っちゃったんだ」


娘「本当に殴るの? 手で顔を?」


父「手で顔を殴ったら、5メートルくらい後ろに飛んでいったよ」

娘「やっぱり怖い人なんだね」

父「それが、さ〜〜っ、これには、その後の話があるんだ」


娘「なに? 復讐!?」


父「あっ、それは別の所でやられた事があるって言っていた。仕事から帰ってきたら、待ち伏せしている男が二人いてボコボコにされてあばら骨が折れたって」

娘「そんなにされても、こりずにやるんだ。それで、その体の大きい人はどうしたの?」


父「その殴られた人は、休みが多いので結局会社をクビになったんだけど、坂本さんに退職してから手紙を書いて『自分の事を真剣に考えて殴ってもらい感謝してます』みたいな事が書かれていたよ」


娘「殴られて感謝してるの?」


父「その人はね」


娘「そういうのもあるの?」

父「俺には、ただ腹が立ったから殴ったように見えたけどね……でも、有名なプロレスラーに殴ってもらうために、行列をつくっている男の人達をテレビでよくやってたろ、殴られて喜んでた!」

娘「あったね、赤いマフラーをした人でしょ、でも、その、殴った人は処罰とかはなかったの?」

父「殴られた本人が、泣いて、殴った人を慕うようになり、次の日から仕事に行ったんだけど、もう遅かったんだ」


娘「そういうものなの? 男の人って……」

父「いゃ、その若い人だけだと思う。小笠原さんには恐怖の対象でしかなかったからね」

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