013 戻って来たフリーゲン

 二日ぶりに学園に通いますと、なんと申せばいいのかわかりませんが、学園内の雰囲気がなんとなく変わっているような気がいたします。

 特に令嬢方などはピリピリした雰囲気で、なんだか近寄りがたいですわね。


「ご機嫌よう、カロリーヌ様」

「ご機嫌よう、トレクマー様。なんだか学園内の雰囲気が変わったように感じますが、なにかございましたの?」

「フリーゲンのせいですわよ。あの方ってば、自分には水の加護がある聖女なのだから、敬えと言わんばかりの態度で、過ごしておりまして、学園の令嬢達を下に見ているようなのですわ」

「まあ……」

「本当に水の神の加護があるのかわかりませんし、それに関しては教会に問い合わせを行っている最中ですわ」

「そうなのですか。それで、アウグスト様はダニエッテ様の所に?」

「ええ、ブライシー王国が引き取るのだから、その接待役をしろとこの国の国王陛下に言われているらしく、王宮でも学園でもべったりと」

「まあ、トレクマー様はそれでよろしいのですか?」

「構いませんわ。どうせ政略結婚ですもの。愛情など存在しておりませんわ。むしろ、アウグスト様に愛する方が見つかればいいと、今では思っておりますのよ」

「それはどうして?」

「ふふ、わたくしに恋する方が出来てしまったからですわ」

「え!」

「そういえば、先日良い夢を見ましたのよ」

「どのような夢ですか?」

「わたくしの恋する方が出てきましてね、わたくしに恋をしてくださっていると言って下さったり、夢の中で、ですがファーストキスをしましたのよ」

「まあ」


 それは、まるでわたくしが見た夢と同じようではございませんか。


「偶然ですわね。わたくしも似たような夢を見ましたのよ」

「まあ、それはカロリーヌ様に恋する方がいらっしゃるという事でしょうか?」

「ええ、けれども決して実らない恋でございますのよ」

「わたくしもですわ。けれど、夢の中とは言え、その方と想いが通じ合ったのは嬉しく思っておりますの。まあ、夢ですのでわたくしの都合のいいように動いていたのかもしれませんけれどもね」

「そうですわね。わたくしもそうなのではないかと思っているのですが、あの夢を思い出しますと、今でも胸が熱くなってしまいますのよ」

「カロリーヌ様にそこまで想われる方に嫉妬してしまいますわね」


 相手はトレクマー様です、とは言えませんわよね、流石に。

 講義が始まる五分ぐらい前に、アウグスト様方が教室に入っていらっしゃいました。

 予鈴がなっておりますのでぎりぎりといった感じですわね。


「はあ、参った。あの娘は本当に自分に水の神の加護があって聖女なのだから敬えっていう態度で、付き合うこちらが疲れてしまう。まあ、中には好んでそれに付き合っている者もいるみたいだけれどもな」

「ご苦労様です、アウグスト様。今、教会の方に本当に水の神の加護があるのか確認中なのですから、もう少しの辛抱ですわ。なければ学園から放逐、あれば即座にブライシー王国に行って貰えばいいだけではありませんか」

「それが本人は学園生活を全うしたいとの希望らしい。まあ、まだ父上からの返事も来ていないし、扱いに困る」

「大変ですわねえ」

「トレクマー、婚約者なのだからフォローしてくれないか?」

「フリーゲンに関わるなど嫌ですわよ」

「まったく、やっと学園からいなくなったと思ったのに、舞い戻ってくるなんて、本当に想定外だ」

「ええ、しかも学園の女王のように振舞うなんて、身の程知らずですわよね」

「まあ、水の加護を得ていた国のアーティファクトは我が国の宝物庫にあるのだし、正式起動してもらうためにも、本当に水の神の加護を得ているのなら一日でも早く祖国に追いやりたいな」

「ふふ、フリーゲンはアウグスト様がこんなことを思っていらっしゃるとは思わないのでしょうね」

「それはそうだろう。彼女の前では従順な王子を演じているからな。最初は他の王子が虜になっているのを見て面白くて真似していたのだが、すぐに飽きてしまったさ。いまではただ面倒なだけだな」

「お可哀そうなフリーゲン」

「心にもない事を言うな」

「ふふふ」

「アウグスト様とトレクマー様は政略結婚だと聞きましたが、とても仲がよろしいのですね」

「まあ、カロリーヌ様ってば嫉妬ですか?」

「そんな」


 図星なので思わず顔が赤くなってしまいますわ。


「子供の頃からの付き合いですので、もう兄妹のような感覚ですのよ。婚約者というよりも戦友といった感じでしょうか?」

「そうだな。正直恋愛感情は今更湧いてこないな」

「そうなのですか? トレクマー様に想う方が出来たらどうするおつもりですか?」

「結婚を取りやめることは出来ないが、愛人として認めるぐらいの事は許そうと思うかな」

「まあ、そうなのですか」

「カロリーヌ様、もしかしてわたくしの事が好きなのですか? 先ほどからまるで嫉妬なさっているように聞こえますわよ?」

「そんな……。わたくしの恋は実らないものでございますもの」

「ふふふ、わたくしと一緒ですわね」

「なんだ、トレクマーは好きな人が出来たのか? どんな奴だ?」

「とても美しい方で、可愛らしくて、守ってさし上げたくなるような雰囲気の方ですのよ」

「男にその表現はどうなんだ?」

「男性とは限りませんわよ」

「なんだ、トレクマーは同性愛者だったのか? 初めて知ったぞ」

「わたくしもこの国に来て初めて自分がそうなのだと知りましたわ」

「お母様にお聞きしたところ、女性同士で愛し合うことを百合世界というのだそうですわ。男性同士は薔薇世界なのだそうです」

「まあ、百合世界ですか。そう表現されるとなんだか背徳的で素敵ですわね」

「わたくしも、想う方が同性の方なので、お母様に聞きましたのよ」

「え! カロリーヌ嬢の想い人!?」

「まあ! 同性の方なのですか? 嫌ですわ、その方に嫉妬してしまいそうですわね」

「……なんだ、トレクマーの想い人はカロリーヌ嬢か?」

「アウグスト様、直球で聞いていい場合と悪い場合があると何度言えばよろしいのかしら?」

「まどろっこしいのは俺たちの間には無しだろう?」

「今回はカロリーヌ様も関係していますでしょう。こんな風に言われてカロリーヌ様に嫌われてしまったらどうしますの。しばらく口をきいて差し上げませんわよ?」

「それは困る」

「あのっ。その、トレクマー様の想い人がもしわたくしなのであれば、それはとても嬉しいですわ。だって、わたくしの想い人はトレクマー様なんですもの」

「なんだ、両想いか?」

「本当に? これは夢の続きでしょうか?」

「いいえ、わたくし、トレクマー様の事が好きです。恋をしておりますわ」

「わたくしも、カロリーヌ様に恋をしておりますわよ」


 そうして想いを確認し合った瞬間、本鈴がなりました。

 トレクマー様は続きは後ほど、と仰ってご自分の席に行かれてしまいました。

 本当に両想いなのでしょうか。

 夢ではなく?

 先日見た夢は正夢だったのでしょうか?

 もし本当に両想いだとしたらこれ以上嬉しい事はございませんわね。

 非生産的な想いではございますけれども、この想いに嘘はございませんもの。

 そうして午前中の講義が終わり、わたくしはコレットにお弁当を持ってもらっていつものようにサロンに参りました。

 いつものように一人でお弁当を食べておりますと、お弁当を持ったトレクマー様がいらっしゃいました。


「まあ、トレクマー様。どうなさいましたの?」

「一緒に食事をと思ったのですが、出遅れてしまいましたわね」

「まだ食べ始めたばかりですわ」

「そうですか。ではご一緒してもよろしいかしら?」

「ええ、喜んで」


 トレクマー様は食堂で作って貰ったのであろうお弁当を広げますと、早速食べ始めました。

 わたくしも食事の続きを再開致します。


「ところで、カロリーヌ様。今朝教室で話していたことは真実でしょうか?」

「ええ、わたくしはトレクマー様に恋をしておりますわ。もしトレクマー様がわたくしをからかって仰ったのでしたら、わたくしの想いなど気持ちが悪いだけですわよね」

「まさか! わたくしは本気で言いましたわよ」

「そうですか。嬉しいですわ」

「ふふふ、本当に両想いだなんて、夢のようですわ」

「わたくしもそう思います」


 トレクマー様は食事を取っている手を一旦止めて、わたくしをじっと見てまいります。

 なんだか、ドキドキしてしまいますわね。


「夢が正夢になりましたわ」

「わたくしもです」

「ふふ、あの夢は神様のお告げだったのでしょうか?」

「そうかもしれませんわね」

「カロリーヌ様、大好きですわ。わたくしの現実でのファーストキスも後ほど頂いてもらってもよろしいかしら?」

「え、ええ」


 顔が真っ赤になってしまいます。

 夢の中では済ませておりますが、現実の世界でキスをするとなるとまた違ったものですものね。


「それにしても、エヴリアル女公爵様は博識でいらっしゃいますのね。わたくし、同性愛者という言葉は知っておりましたが、百合世界という言葉や薔薇世界という言葉は初めて聞きましたわ」

「わたくしも、お母様に聞くまで知りませんでしたけれども、少数派ですがいらっしゃるそうなのです。お母様は薔薇世界を鑑賞するのが趣味のご婦人や令嬢を集めてお茶会を定期的に開いていらっしゃいますのよ」

「まあ、そうなのですか。わたくし達も同好の士が居ればよいのですけれども、なかなか見つかりませんわよね」

「そうですわね。隠していらっしゃる方々がほとんどだとお母様が言っておりましたもの」

「そうですわよねえ」


 そう言って、トレクマー様が食事の手を再開しましたので、わたくしも合わせて食事を再開致しました。

 食後のお茶を楽しんでおりますと、並んで座っていたトレクマー様がわたくしの手を握っていらっしゃって、ご自分の胸にその手を持って行きました。


「お分かりになりますか? こんなにもドキドキしておりますのよ」

「ええ、わたくしもドキドキしておりますわ」

「カロリーヌ様。大好きですわ」

「わたくしも、トレクマー様」


 そう言って、わたくしとトレクマー様の距離が近づいて行きます。

 目を閉じてキスされるのを待っていますと、唇に柔らかい感触が当たり、ほのかに紅茶の甘い香りがいたしました。

 離れていく唇の感触に残念な気持ちを持ちながら目を開けますと、まだ近距離にいらっしゃったトレクマー様の目と目が合ってしまいました。


「なんだか照れてしまいますわね」

「ええ、そうですわね」

「この国を離れるのが嫌になってきてしまいましたわ。本当にアウグスト様がこの国に滞在なさらないでしょうか?」

「そうなりますと、わたくしは領地にお母様達と静養しに行くと言う選択肢は選べなくなってしまいますわね」

「そうですわね、領地に行ってしまえばこうして会えなくなってしまいますもの。ジェレールお兄様にお願いして屋敷に滞在できるようにしてもらうしかないのではないでしょうか?」

「あら、ヨーゼルム様との結婚は考えておりませんの?」

「以前も言ったように、側妃の方々とうまくやっていく自信がございませんの」

「そうですか」

「トレクマー様はわたくしがヨーゼルム様の正妃になったほうがよろしいと思いますか?」

「そうですわね。もし私がこの国に留まるのでしたら、その方が関りは多く持てそうですので、そうしていただいたほうが良い気も致しますわ」

「そうですか。国王陛下はなんとかしてわたくしをヨーゼルム様の正妃にしようとなさっているようなのですけれども、どうしたらよいのでしょうね」

「どちらにせよ、お決めになるのはカロリーヌ様だと思いますわよ」

「そうですわよね」


 そうして話しているうちに、夢のような時間が終わってしまい、わたくしは保健室にいつものように向かうのでございました。


「やあ、カロリーヌ様。なんだか機嫌がよさそうですね。昨日まで寝込んでいたとは思えないほどです」

「とても良い事がございましたのよ、ドレアヒムさん」

「そうですか。それは良かったですね」

「ええ」

「では本日は、ラベンダーの香りにいたしましょうか。準備を致しますので、カロリーヌ様はお着替えをなさってください」

「ええ、わかりましたわ」


 わたくしはいつものようにシュミーズドレスに着替えますと、お香の焚かれた保健室の香りを堪能しつつベッドに横になります。

 今日は幸せな気分で眠れそうですわ。

 そうして目を閉じますと、わたくしは夢の世界に旅立つのでした。



『カロリーヌ、目覚めよ』

「まあ、神様。こんな時間にわたくしを呼び出すなんて珍しいですわね。どうなさいましたの?」

『実は、ダニエッテの事だ』

「まあ、ダニエッテ様がどうかなさいましたの?」

『うむ、確かにあの者の血統には水の神の加護があるのだが、水の神の加護を発動させるアーティファクトを起動させるほどの能力がダニエッテにはないのだ』

「そうなのですか」


 それは困りましたわね、ブライシー王国に行って聖女として功徳を積めばいずれはアーティファクトを起動できるようになるでしょうか?


『水の神は、ダニエッテの事を良く思っていなくてな、その母親の方がまだましだと思っているぐらいなのだ』

「ではお母様の方にアーティファクトを起動していただくと言うのは如何ですか?」

『その者も、アーティファクトを起動できるほどの能力はない』

「困りましたわね」

『全く困っているように見えないぞ?』

「だって、わたくしには関係ございませんでしょう?」

『それはそうなのだが……』

「ダニエッテ様がブライシー王国に一日も早く行かれることを祈っておりますわ」


 わたくしは微笑んで神様に向かってそう言いますと、神様はため息を吐き出しました。

 失礼ですわね、心からの言葉でございますのに。


『離宮にいるダニエッテの母親も、やっと自分の価値が認められたとはしゃいでいるし、母子ともども困ったものだ。亡くなった祖母まではまともだったのだがな』

「まともでしたのに、平民に落とされたのですか?」

『……ま、まあ。多少貴族としては失格だったのかもしれん』

「下賜されなかったのですから、本人に問題があったのではございませんか?」

『そ、そうとも言うな』

「はあ……。ブライシー王国に滅ぼされたのはお気の毒ですが、そのような方がいらっしゃるような血筋では、滅ぼされるのも時間の問題だったのではございませんか?」

『しかし、水の神は自分が守護している国を滅ぼされたことに一時期激怒していてな、ブライシー王国を守護していている豊穣の女神と一時期絶縁するとまで言っていたぐらいなのだ』

「そうなのですか」

『そこでだ、カロリーヌ』

「はい、なんでしょうか?」

『カロリーヌやグリニャックにはアーティファクトを起動できる能力がある』

「まあ、けれどもこの国を守護するアーティファクトを起動なさったのはプリエマ伯母様でございましょう?」

『そ、そうなのだが。色々あるのだ』

「そうですわ、アーティファクトで思い出しましたけれども聞きたいことがございますの」

『なんだ?』

「アーティファクトの効力はいつまで続きますの?」

『そうだな、約五十年ごとに聖女に祈りを捧げてもらうのが良いな』

「五十年ですか。その事は教会の方々はご存知ですの?」

『今度啓示を出しておこう』

「知らないのですね」


 肝心なことをお伝えしていないなんて、駄目なのではないでしょうか?

 やはり、使えない……いえ、駄目ですわねこんな考えは。


「それで、わたくしにどうしろと?」

『ブライシー王国まで言って水の加護のあるアーティファクトを起動して』

「無理ですわよ。わたくしの体でそんな長距離旅行に耐えられると思っておりますの?」

『……平癒の神に土下座をしてみるから行ってみないか? ちょっとした旅行気分で』

「遠慮いたしますわ。学園に通えるようになっただけで十分でございます」

『もっと欲を出しても良いのだぞ?』

「少し前まで、ほとんどベッドから起き上がれなかった身といたしましては、平癒の神様にはこれ以上ない感謝を申し上げなくてはいけませんわね」

『私には!?』

「この国を守護してくださっている事には感謝しておりますわよ。けれども、個人を守護できないと言うのは如何なものなのでしょうか?」

『私の力が大き過ぎてな、個人向けではないのだ』

「然様ですか。国王陛下をお守りするとか、出来ればもう少し感謝して差し上げましたのに、残念ですわね」

『グリニャックに似て毒舌だな』

「お母様に似ていると言われるなんて、嬉しいですわ」

『褒めてないぞ!?』

「お母様に似ていると言われることが褒められていないはずはないではありませんか」

『カロリーヌの価値観に関しては、完全にグリニャックの養育ミスだな』

「まあ! お母様の悪口は例え神様でも許しませんわよ?」

『だって、同性愛者になるとか、未来視でもわからなかったぞ』

「わたくしもまさか自分が百合世界の住人になるとは思いませんでしたわ」

『はあ、どうしてこうなった』

「全ては神様のお導きではございませんか?」

『そんなものに導いた覚えはない!』

「そうですか」


 まあ、どちらでもよろしいのですけれども、そろそろわたくしの事を現実世界に帰していただけないでしょうか?

 また熱を出して学園を休むような事にはなりたくないのですけれどもね。


「それで今回はいつになったら帰してくださいますの? ご用件が以上でしたら次の講義が始まる前に起きたいのですけれども」

『わかった』


 神様がそう仰いますと、視界が霞がかっていきまして意識がホワイトアウトいたしました。



 ふと目が覚めると、コレットがわたくしが起きたことに気が付いたようで、温めたレモネードを差し出してきてくれました。


「次の講義までまだ少し時間がございますよ」

「そうですか」

「珍しくご自分で起きましたね」

「たまにはそう言う事もございますわ」


 まあ、神界に呼び出されたとは言えませんものね、こういうしかございませんわ。


「少し顔が赤いようですね、カロリーヌ様。念のため熱さましの丸薬を飲んでおきましょうか」

「わかりましたわ、ドレアヒムさん」


 わたくしは熱さましの丸薬を頂いてから、少し休憩して次の講義に向かう事になりました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る