悪役令嬢、職務放棄

茄子

001 プロローグ

 わたくしの名前は、カロリーヌ=ドルミート=エヴリアルと申しまして、お恥ずかしながら公爵家の次女をしておりますが、病弱故、少し前までほとんどベッドから出ることが出来ない状態でございました。

 今も決して体力があるわけではなく、ちょっとしたことで気絶してしまったり、熱を出してしまう日々が続いておりますので、典医には引き続き安静にしておくようにと言われております。

 さて、そんなわたくしも十五歳になり、王立の貴族の子息令嬢が通う事になっている学園に通う事になりました。

 正直、学園に通うこと自体に典医は難色を示しましたが、コレットというわたくしのお付きメイドを必ず傍に付けていることを条件に通うことを許していただきました。

 学園には昨年までお兄様とお姉様が通っていらっしゃいましたが、丁度入れ替わりでわたくしが通う形になってしまいましたので、とても心配されておりますが、わたくしと致しましては、そんなに心配しなくても良いのではないかと思っておりますのよ?

 そうそう、ジャレールお兄様は先月現国王陛下の第一王女、ラルデット様とご結婚為さいました。

 シャメルお姉様もこの国の第一王子のバンジール様の所に嫁いでいかれてしまいました。

 家の中が少し寂しくなって、少しだけ賑やかになりました。

 学園を卒業してすぐに結婚為さる方々は多いですが、まさかこんなにも早く結婚なさるとは思いませんでした。

 お二人のお式に参加できるぐらいの体力はなんとかつきましたので、参加致しましたが、それはもう荘厳で美しい結婚式でございました。

 生憎、結婚式に参加して疲れて熱が出てしまい、お兄様とお姉様の披露宴には参加できなかったのが残念で仕方がありません。

 ところで、学園に通う事になったと言ったことは覚えておりますでしょうか? わたくしの代は我が国の王子こそ通っておりませんが、その代わりのように各国の王子が留学していらっしゃることになっております。

 これは何故かと申しますと、わたくしの叔母であるプリエマ叔母様が正式起動させたアーティファクトの効果によって、この国に悪意を持つものが侵入できないという事になっておりまして、周辺各国と同盟を結び、我が国が中立国としての地位を確保したからでございます。

 この交渉には、聖女となったプリエマ叔母様とその夫であるウォレイブ大公の活躍があるとお聞きしますわ。

 お忙しい方々でございますので、片手で数えるほどしか会ったことはございませんが、お母様達ほどではありませんが、仲睦まじいお姿が印象的でございました。

 そうそう、わたくしのお母様ですが、エヴリアル女公爵を務めておりまして、二人の夫がいらっしゃいます。

 トロレイヴお父様は騎士団長、ハレックお父様は副騎士団長をしております。

 国王陛下はお母様に宰相になって欲しかったそうなのですが、お母様は全力で拒否なさったという事で、女公爵としての地位で納まっているのだそうです。

 それでも、王妃様のお茶会という名の御前会議にたまに呼び出されると仰っておりました。

 ジャレールお兄様もそのうち呼ばれるのではないかとお母様が仰っておりましたが、どうなのでしょうか? ジャレールお兄様は学園卒業後、宰相補佐となって王宮に務めていらっしゃいます。

 現宰相は王妃様の弟君なのですが、王妃様のご実家である公爵家に権力が偏り過ぎなのではないかという声もあるそうなので、ジャレールお兄様が宰相に就任するのも時間の問題かもしれないとお母様が仰っておいででした。

 お兄様が宰相になったらなったで、それもまたエヴリアル公爵家に権力が偏っているのではないかと言い出す人が出てきそうだとジャレールお兄様は仰っておいででしたが、宰相になったジャレールお兄様はきっと今よりも素晴らしい輝きを持つに決まっておりますもの、早くその姿が見たいものですわ。

 あ、そうそう、わたくしには人が持つ輝きを見る力があるのでございます。

 お母様曰く、オーラという物だとのことですけれども、お母様や国王陛下のオーラはそれはもう輝かしいものでございまして、国王陛下にお会いした時にそれをお話したらとても喜んでくださいました。

 ちなみに、オーラを見る以外にも、わたくしには古に失われたと言う、魔法というものが使えるのでございます。

 と言いましても、花を咲かせる、火を起こす、風を起こす、水を発生させると言うようなささやかな物でございまして、何の役にも立たないのでございますけれどもね。

 たまにわたくしを神界に呼び出す神様曰く、何か意味があるのではないかという事でしたけれども、未だにその活用方法は見つかっておりませんので、無用の長物でございますね。

 ただ、教会はわたくしの力を欲しがっておりまして、神官長にはよく巫女にならないかとお誘いを受けておりますが、巫女になるような体力がございませんのでお断りさせていただいております。

 そんな風に簡単に断ることが出来るのも、わたくしの後見に、国王陛下が付いていてくださるからでございます。

 わたくしに魔法の才能があるとわかってすぐに、お母様が国王陛下の元にわたくしを連れて行ってくださいまして、国王陛下に後見について頂くようお願いしたそうなのでございます。

 もっとも、わたくしが一歳になる前の話でございますので、わたくしには全くその時の記憶がないのですけれどもね。

 さて、本来ならばわたくしが各国からいらっしゃる王子方の接待役をしなければならないのでしょうが、生憎このように病弱な体でございますので、そのお役目を全うすることが出来そうにないので、ジェレーズ公爵家の次男でいらっしゃるオンハルト様がなさることになっております。

 オンハルト様のお父様はジョアシル様と仰って、オンハルト様のお爺様は前国王陛下の弟君でいらっしゃるのですよ。

 わたくしの代わりに接待役をするにはぴったりと申しますか、むしろ最初からその方がよかったのではないかと思えるほどでございます。


「ねえ、コレット、どうでしょうか? 制服、似合っておりますか?」

「ええ、カロリーヌお嬢様、とてもよくお似合いですよ」

「そう? うれしいですわ」


 コレットは、わたくしの乳母でもあったメイドで、お母様のお付きメイドをした経験もあるベテランメイドなのですよ。

 わたくしはよくわかりませんが、武術にも優れているのだそうで、お父様達がこの家の使用人は皆レベルがおかしいと仰っておりました。

 わたくしにはよくわかりませんが、コレット曰く、不測の事態に備えて使用人は皆武術の訓練を受けるのだそうです。

 使用人になるのも大変でございますわね。

 本日は制服の試着のみでございますが、引きつる場所などがないかなど、チェックの為にデザイナーのアナトマさんがいらっしゃってくださっております。


「うーん、ホント、日に日にグリニャック様に似て来るわねえ、まるでアタシの時間も戻った感じがするわぁ」

「お母様に似てくると言っていただけて嬉しいですわ」

「でも性格はやっぱり違うかしら? まあ、カロリーヌ様は病弱なんだし、似ないのも仕方がないわよね。ドレスの発注も少ないし、その代わり寝着の発注は多いけどね」

「本当に、学園に通えるだけの体力が付いたことが奇跡だと典医が仰っておりましたので、これも神様の思し召しでございましょう。……あ、今の言葉、お母様には内緒ですわよ? お母様ってば、神様はろくでもないと仰ってあまり好きではないようなのです」

「そうなの? 聖女であるプリエマ様が言うならわからないでもないけど、グリニャック様が言うとは驚きね。まあ、聖女を排出するような家なんだし、色々あるのかもしれないわね」


 お母様にお母様とわたくしが、よく神界に呼び出されていることについては黙っているように言われておりますので、うまく誤魔化さなくては。


「えっと、そうですわね。きっと、プリエマ叔母様を取られてしまったような感じがしているのではないでしょうか? プリエマ叔母様には数回しかお会いしたことがございませんが、とても仲の良い姉妹でいらっしゃいますもの」

「そうねえ、それはあるかもしれないわね。まあ、今の話が教会に知られたらひと悶着ありそうだし、内緒にしておくわね」

「お願いします」


 うまく誤魔化せたようで良かったですわ。

 アナトマさんは、お母様が贔屓にしていらっしゃるデザイナーでございまして、なんでも駆け出しのころから目を付けていらっしゃったそうです。

 きっかけはお父様方だそうですけれども、その後も贔屓を続けていたという事は、お母様に先見の目があったという事なのでございましょう。

 わたくしの着る制服も、なるべく体に負担がかからないようにと、基本のスタイルは変えておりませんけれども、生地を軽くしたり随所に工夫が施されておりますのよ。

 いままで、このようなきちんとしたドレスを着ることがほとんどございませんでしたので、本日初めて袖を通した時は緊張してしまいました。

 勉学こそ、他の方々について行けますけれども、わたくしはダンスなどの体力を使う科目に関しては免除されております。

 一度ダンスの講義を受けたのでございますが、翌日には高熱を出してしまいまして、その後体力を無理に使うような科目に関しては見送るという事になったのでございます。

 あ、けれどもその代わりと言っては何ですが、歌唱の科目はお気に入りでございますのよ。

 もっとも、無理をし過ぎてしまうと、喉から血が出てしまいますので、あまりそれも熱心に取り組むことが出来ないのでございますけれどもね。

 令嬢として、芸術面に一つでも秀でていなければ、家族のメンツをつぶしてしまいますもの、わたくし、これでも必死で努力しておりますのよ? まあ、無理は禁止されておりますので、長い時間講義を受けることが出来ないのでございますけれどもね。


「それじゃあ、本縫いに入るわね。カロリーヌ様は成長期に入ってもあんまり背丈が伸びないから、心配ないと思うけど、ちょっとでも窮屈に感じたら言ってちょうだいね」

「わかりました」


 そうなのですよね、病弱な事とほとんど運動しないことが関係しているのだとお母様が仰っておりましたが、わたくしってば十五歳になりましたのに、身長が140cmしかございませんの。

 シェフがわたくし用に作ってくれている特別メニューも頑張って食べていたのですが、こればかりは仕方がないですわね。

 あ、けれども、この歳の割には胸やお尻などの肉付きは良いとアナトマさんが仰っておりました。

 こういう所はお母様に似たのだそうです。

 わたくしはお母様の生き写しのような容姿をしておりまして、蒼銀のストレートヘアーと、冷たいサファイアをはめ込んだような瞳が特徴と言えば特徴でございます。

 けれども、身長がお母様に似ておりませんので、お母様にそっくりと言うわけではございませんのよね、もう少し身長があれば、お母様にそれこそ生き写しと言われたかもしれませんのに、残念ですわ。

 アナトマさんが帰った後、わたくしはコレットに用意してもらったレモネードを飲んで一息つきます。

 そうそう、わたくしのお付きメイドと侍従をご紹介いたしますね。

 コレットは先ほども紹介しましたが、わたくしの乳母をしてくれていた付き合いの長いお付きメイドでございまして、紫がかった黒髪と緑色の瞳が美しい平民出身のメイドでございます。

 もう一人のお付きメイドはカルラと申しまして、赤の混ざった白髪に、金色の瞳が特徴の元侯爵家の三女になります。

 最後に、わたくし付きの侍従のヘルフになりまして、銀色の髪に紫色の瞳の元伯爵家次男になります。

 三人とも、わたくしが病弱であったことから、通常であれば三歳からつくお付き従者なのですが、わたくしが一歳の時にはもう傍についていてくれておりました。

 ヘルフは、よくお庭を散歩中に気分が悪くなってしまったわたくしを抱えてくれたりと、色々と迷惑をかけてしまっておりますが、いつも無表情を貫いておりまして、本当に頼りになる存在でございます。

 まあ、無表情というのであれば、コレットもカルラも基本無表情なのですけれどもね。

 以前どうして無表情なのかと聞いたところ、使用人たる者、主人の前で感情をみだりに表してはならないと教育を受けているためだと説明してくださいました。

 武芸に加えて、そのような訓練を受けるなんて、使用人になるのも本当に楽ではございませんのね。

 まあ、お父様たち曰く、エヴリアル公爵家の使用人教育が厳しいとのことですけれども、公爵家ですものね、いつ何時襲われるかわかりませんので、このような教育を受けるのも仕方がないのかもしれませんわ。

 さて、ここまで関係のない話をしておりましたけれども、留学にいらっしゃった各国の王子方は、王宮の客室をそれぞれあてがわれておりまして、もうすでに我が国にいらしてそこで滞在していらっしゃるとのことです。

 シャメルお姉様が事前に子息令嬢との顔合わせをするためのお茶会を開いて下さったのですが、生憎その日は急に熱が出てしまいまして、欠席することになってしまいました。

 まあ、侯爵家以上の子息令嬢が集められたものでございましたので、そんなに大きなものではなかったそうなのですが、もしかしたらその場でお友達が出来たかもしれませんのに、いけなくて残念ですわ。

 ……なんだか、残念ですと言う事が多いような気も致しますが、本当に残念に思っておりますのでしかたがございませんわよね。

 学園でお友達が出来なかったらどうしましょうか?

 お姉様はわたくしは公爵令嬢なので、自然にお友達も出来るのではと言ってくださっておりますけれども、権力に頼ってお友達を作ると言うのも何かが違う気がするのですよね。

 お母様は、レーベン王国の側妃様のルトラウト様が親友だと仰っておりましたが、本当にそういう方がいるのって羨ましいですわ。

 お母様は国内にも沢山お友達がいらっしゃって、お母様が主催するお茶会はいつも人気がございますのよ。

 わたくしはこのような体でございますので、令嬢方が集まるお茶会に参加したことも、片手程の回数しかございませんし、どれも途中で具合が悪くなってしまって退席してしまったので、お友達を作っている余裕などございませんでした。

 神様曰く、わたくしが学園に通って出会う方々は、運命を大きく動かす方なのだそうですけれども、そんなことよりも、無事に学園生活を送れるかどうかの方が問題ですわよね。

 毎日のように早退していては悪目立ちしてしまいますし、家の評判が落ちてしまうかもしれませんわ。

 ジェレールお兄様とシャメルお姉様が築き上げたエヴリアル公爵家の評判をわたくしが下げるわけにはいきませんものね、気合を入れなければいけませんわ。

 その後、気を張り過ぎたせいか、熱を出してしまいまして、夕食は一人で病人食を頂く事になってしまいました。

 お母様達が皆でお見舞いに来てくださいましたが、こんな事ではいけませんわね、学園に通うようになったら、こんな頻繁に熱を出しているようではいけませんもの。

 そうお母様達に申しましたら、本当に無理をしなくてよいと念を押されてしまいました。

 熱が出ているため、本日は湯あみをせずに、ベッドの中で過ごしまして、わたくしはそのまま目を閉じて夢の世界に旅立つのでございました。



『目覚めるのだ、カロリーヌ』

「まあ、神様。申し訳ありませんが、熱を出してしまっておりますので、用件があるのでしたあら手短にお願いいたします。高熱が続いて、学園の入学式に行かせてもらえないなんて事になったらどうしてくださいますの?」

『う……。コホン、いよいよ運命が動き出す。カロリーヌの動き次第で、運命は大きく変わるだろう。カロリーヌの未来がどうなるのか、私もとても興味がある。見守っているから、安心して過ごすのだぞ』

「わたくし、平凡に学園生活を送れればそれでいいのですけれども、それ以上の事を望むのは贅沢というのではないでしょうか?」

『んん、運命はもう回り出している。運命の娘はすでにこの世界に辿り着き、物語が始まる時を待っているのだ』

「お母様が言っておりましたわ、現実を見ないお花畑脳みその方とは関わらないほうが良いと」

『……その、だな。カロリーヌ、運命はもう回り始めたから止められないのだ』

「そう言われましても、わたくしはこんな体でございましょう? 神様はわたくしに何を期待なさっておいでですの?」

『うむ、其方はヒロインのライバル役として活躍するのだ』

「無理ですわね」

『……』

「だって、ただでさえ学園に通うのが奇跡ですのに、ライバル役をするとか、何無茶なことを言っておりますの? 神様、物を頼むときは相手を見て仰って下さいませ。お母様にも言われませんでしたか?」

『グリニャックは私に厳しすぎるのだ』

「お母様が言っておりました、神様はヘタレだから無視してよいと」

『ひど! 私の扱い酷過ぎないか!?』

「それで、ご用件がそれだけでしたら、わたくしを元に戻していただけますか? これで高熱が出たら神様の頭部がはげるお呪いを毎晩致しますわよ?」

『グリニャックより性質が悪い! いや、暴力に訴えてこないだけましなのか?』

「あの嫋やかなお母様が暴力に訴えるような真似をなさるはずないではありませんか。被害妄想も大概にしてくださいませ」

『いや、事実だから!』

「……なるほど、神様も頭にお花畑が咲いていらっしゃるのですね」

『酷い!』

「それで、いつになったらわたくしを戻してくださいますの?」

『わかった。もう戻ってよい。とにかく、運命は回り出したのだ、もう後戻りはできない。あ、グリニャックに今回は私は何も関わっていないと伝えてくれ』

「よくわかりませんが、わかりましたわ」


 そう答えると、視界が霞がかっていき、意識がホワイトアウトいたしました。



 目覚めると、いつものようにベッドの上でございまして、カーテン越しに差し込んでくる明かりを見ると、大体いつもの起きる時間になっているようでございますが、体がだるいと申しますか、やはり熱が引かなかったようでございまして、今日は一日ベッドで過ごす事になってしまいそうですわね。

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