第3話

 カラオケボックスで用を足し、ギリギリセーフで難を逃れ、九死に一生を得た俺は意気洋々と彼女との待ち合わせ場所である駅前に向かった。駅前に彼女はいた。淡いベージュのスカートを履いた彼女の美しさはみんなの目を釘付けにし、通り過ぎる野郎すべてが振り返って彼女を見た。

 時計を見ると待ち合わせ時間に10分遅れていた。

 「ごめん、遅れちゃって」

彼女は「ぜんぜん」と言いながら、照れ臭そうに微笑んだ。

 「行こうか」

僕は車道側をさりげなく歩いた。昨日調べたサイトにそう書いてあったのだ。初デートで手をつなぐのは、まだ早い。と書いてあったが、ハナからそんな勇気はない。隣を歩くだけで鼓動は破裂寸前で、全身から汗が止まらないのだ。右足と一緒に右手が出てしまう状態だ。


サイトには男が会話をリードしろって書いてあったが、何話していいかわからない。そんなわけで僕は前もって質問を書いたカンペを服の袖に忍ばせておいたのだ。

「あ、あのー……」

僕の声が甲高くうわずり、震えてしまう。

彼女は少し笑って「何ですか?」と言った。

「今の日本経済的について、どう思いますか?」

「えっ?日本経済ですか?難しい質問ですね」

しまった!新聞から拾った質問だった。話題を変えよう。

「あ、いや、やっぱりいいです。す、す、す、好きな食べ物は、な、何ですか?」

「えっ?なんかすごい落差」

彼女はそう言って笑い転げた。僕もつられて笑った。彼女にウケたなら結果オーライだ。

「いちばんテンション上がる食べ物は、いちごパフェかな。流星さんは?」

女子に名前を呼ばれたのは、初めてかもしれない。彼女の唇から僕の名前が発せられた事に感動していた。

「は、はい。えっと、アスパラ...」

「えっ?あのアスパラガスですか?」

「はい、あのアスパラガスです」

「流星さんって、おもしろーい!」

彼女はまた口を抑えながら笑い転げた。

こんな幸せな時間が僕に流れるなんて……。胸の鼓動の早さもいつしか穏やかさを取り戻していた。

「流星さんは、文学部でしょう?将来なりたい職業とかあるんですか?」

しまった!質問はいろいろ考えてたけど、自分に対する質問の解答は考えてなかった。

ーなりたい職業……

ゲーマーとは言えないしな、何がベストアンサーなんだ?文学部だって、別に入れそうなところを狙っただけで特に目的はないし。彼女は大きな目で僕を見つめ、僕の答えを待っている。待ったなしだ。

「は、恥ずかしいんですけど、小説家……」

「えっ?小説家?すごい!」

彼女は驚いて口を抑えた。

昔、ケータイ小説をちょろっと投稿した事があったから、嘘にはなるまい。彼女の尊敬のまなざしを失いたくなくて、更に話を盛った。

「昔、賞も取ったりして」

中学の時、読書感想文で学校内で賞をもらった事があった。

「すごーい!文才があるんですね!私、文章書くのすごい苦手だから尊敬します」

人から尊敬されるってこんなに気持ちのいい事だったのか……。僕はその快感に酔ってしまい、話を続けた。

「父が新聞社の仕事をしてたものだから、小さい頃から活字が身近にあったんですよね」

うちの父親はかつて新聞販売店を営んでいた。

「母は経理の仕事をしていて」

スーパーのレジうちだ。


気がつくと、映画館が見えてきた。

彼女が突然手を空に向けて「雨?」と言った。

さっきまであんなに天気が良かったのに、雨だなんて。

彼女の顔を見ると、ひどく動揺しているのがわかった。

「ど、どうしたの?」

「ううん、なんでもない。早く行こう」

彼女はそう言って、僕の手を取り、走り出した。

彼女の手は細くて、折れてしまいそうなほど華奢だった。

―デートで女の子と初めて手をつないだ……!!

再び胸の鼓動が高まった。

映画館の前の軒下まで来ると、彼女は安堵の表情を浮かべた。

手をつなげてうれしかったけど、さっきの彼女の動揺した表情が気になった。

後日、僕はその理由に気づくことになるのだ。

この時は僕も有頂天になってて、それに気づく由もなかった。




 

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