第2話

 僕は晴れて岸本彩花と付き合うことになった。

砂漠のように果てしなく続くように見えた彼女いない歴は、あっけなくデリートされた。

 家に帰った後も、あれは夢だったんじゃないかと思い、ベタにほっぺをつねってみた。痛い。やっぱ夢じゃない。ラインの友だちタブに(2)と表示されているのが嬉しくて、意味なく何度も見返してみる。その時だった。岸本彩花からメッセージが届く音がした。

「今度の日曜日、映画とか行きませんか?」

うおーっ!デートのお誘いだ!スマホを握る手が汗ばみ、震える。

あんな美人とデートなんて願ってもないことだ。

でも、どうしたらいいんだ?

僕は意味なく部屋の中を行ったり来たり徘徊する。

パニックでだんだん息ができなくなってきた……!

鏡を見たら、顔真っ青じゃねーか!

とりあえずテトリスやって現実逃避するか。

いやいや、そんなことしてる場合じゃない。

なんて返事しよう?

「喜んで」

ダメだ、なんかエサ与えられる前の犬みたいだ。削除。

「忙しいけど、行ってもいいよ」

ダメだ。なんか上から目線で偉そう。削除。

いろいろ考えた挙句、シンプルに「いいよ」って余裕ぶった返事を送信した。

さて、デートって言えば洋服だ。

どうしよう……

クローゼットの中には『スターウォーズ』のTシャツとケミカルウオッシュのジーパンしかない……。こんなの着て行ったら会った瞬間、強制終了だ。

というわけで、土曜日街に服を買いに出かけた。


------


 日曜日になった。天気は最高。

湿度低めで暖かく、時折爽やかな風が吹いている。

駅前で待ち合わせだ。気合い入れ過ぎて30分前に着いてしまった。

 駅前は日曜日とあって人が溢れていた。映画を見て、喫茶店に行って、ディナーだ。ググったら映画デートの流れはだいたいそうらしい。映画はラブコメ。R指定は全力回避。喫茶店とレストランは食べログ3.7以上の店をリサーチ済み。この日のために2、3日ろくに寝てない。

 僕は昨日ユニクロのマネキンが着ていた服を上から下まで引き剥がし購入した。そしてそれをそのまんま着用。服のコーディネートなんてできるわけがないから、ユニクロのマネキンのまんまだ。服のプロがコーディネートしてるんだから間違いない。

 

 初デート。緊張しすぎて、腹痛くなってきた。

近くのコンビニに寄った。クソッ。誰か入ってやがる。しばらく待つが出てこない…。ノックして怖いお兄さん出てきたら嫌だから、コンビニ出て別の店を探す。

 ヤバい、出そう……。

血の気がひき、顔が青ざめているのが、鏡を見なくてもわかる。この調子だと、残された時間は少ない。危機がそこまで迫っている。

僕はお腹を抑え、変な歩き方をしながら店を探した。

角を曲がると、カラオケボックスがあった。

ここでさせてもらおう。

もう一歩も歩けない。ロスタイムはない。

自動ドアが開き、目の前の店員に声を絞り出すように言った。

「トイレ……貸して……ください」

僕の切実な訴えに大学生のアルバイトのような男は機械的にこう言った。

「こちらご利用されますか?ご利用されないお客様は申し訳ないのですが、お断りさせていただいていて」

「いいんですか?」

「えっ?」

「大変な事になりますよ」

「えっ?……あの……大の方ですか?」

店員は僕の青ざめた顔を見て、事の重要性に気づいたようだ。僕は言葉も発せず、フーッと息を吐きうなづいた。店員は慌てて「そこにあります。どうぞ」と言って、僕をトイレに誘導した。






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