第16話


 新たなヘビードレス『ブリッツ』に袖を通したラトナは、ふと祖母のことを思い出していた。

 揺れるコックピットの中にいると、つい思い出してしまうのだ。幼い頃、彼女の膝に座らせて貰った、あの懐かしい記憶が……。


 先代姫騎士、メルカ。ラトナの祖母だ。

 口下手の恥ずかしがり屋で、進んで他者と交ろうとはしなかった。

 しかし誰よりも気が優しく、慈愛に満ちた彼女は、最期まで大勢の人間に慕われた。


 その中でも特に、ラトナはメルカが大好きであった。幼い頃のラトナは、祖母にべったりで、一時も離れようとしなかったという。そんな孫娘を、祖母メルカは大切に愛しんでくれた。


 そんな祖母でも、ドレスを着た時はとても怖かった。野良ゴレムや魔導獣より恐ろしく見えたし、実際に強かった。

 祖母の課した訓練は過酷で、何度も逃げ出したいと思った。それでも続けることができたのは、これも祖母のおかげだ……と、ラトナは固く思っている。


 強く厳しく、それ以上に優しい人。だから、ラトナは訓練をやり遂げる事ができた。

 憧れの背中に追いつきたくて。

(お祖母様。貴女は仰っていましたね。優しく強くなれと。私は未熟です。まだまだ貴女の背中にも届かない。だけど、それでも!)

 ラトナは炎を滾らせた双眸を大きく開き、戦場を真っ直ぐ見据えた。

(みんなの為に戦います!)


 姫騎士を乗せたサ・イラ号は、敵集団のど真ん中を滑空している。地表スレスレを飛んでいるせいで、通り過ぎた敵の驚く顔さえ、見えてしまいそうだ。


「パレットの締まり具合はどう? 用意は良いか、姫さん?」

 ザナは船倉に吹き荒ぶ強風に負けじと、大声を張った。

「問題ありません。行けます」

 ヘビードレスの暖気は既に済んでいる。

 覚悟もだ。


 返答を聞いたザナは、急ぎ壁際の操作盤に手をかけた。

「投下!」

 レバーを下ろすと、ヘビードレスを載せたパレットが、車輪を響かせて船倉を滑り降りた。

「うわっ!?」

 ラトナは真下から襲う、全身を打つような、激しい揺れに戸惑った。


 ヘビードレスが機外に飛び出たのだ。パレットに足はついている。しかし、体の芯が大地から離れて……。


(飛んでいる……いいえ、落ちている!?)


 ラトナのヘビードレスは、瞬く間に地面に吸い込まれ、勢いよく着地した。

 ラトナは足元から突き上げる嫌な衝撃に、歯を食いしばって耐えた。

 パレットは砂を舞い上げて地面を滑り続け、やがて進軍する敵の真正面に飛び出す。


 そして、先頭集団から数十メートル先でようやく停止。同時に、予期せぬ乱入者の姿に、敵の足も止まった。


「やった!」

 着陸に成功したラトナは、ほんのちょっぴり心を躍らせていた。

 だが今は、それどころでは無い。即座に気持ちを切り替えて、パレットから脚を離す。


「シュイクの民、聞こえるか。即刻引き返せ。これ以上、我がリガーリェの地を侵すようであれば、容赦しない!」

 ラトナは機械槍を構えて、一団の前に立ち塞がった。


「……平原の者。シュイクは悲願を果たす為、この地まで来た。シュイクは退かぬ」

 と、シュイク側から答えが返ってきた。

「貴様ら平原の者に奪われた、原初の地に戻るのだ。そこを退け!」

「森に隠れて平原の者共に怯えて暮らすなど、もうまっぴらだ」

「腰抜けの同胞などもはや知らぬ。我らは未来に生きる」

 次々と飛んでくる、怒り混じりの主張。


 そんな彼らの言葉を黙って聞いていたラトナは、やがてポツリと呟くように言った。

「……左様ですか。退く気は無いのですね」

 しかし、シュイク側には彼女の呟きは聞こえなかったらしい。尚も彼らは叫び続ける。


「たとえ幾千の屍を積もうとも、シュイクは止まらぬ!」

 不意にラトナは、上空に向かって槍を突き上げた。


 轟ッ!


 機械槍の砲口から、けたたましい火柱が舞い上がった。


 シュイクの兵士達は一斉に黙って臨戦態勢。獣達の目も殺気に滾って燃えている。

 対するラトナも、ドレスの中で泥めいた怒りを心の奥底から噴き上がらせていた。


「貴様らの心はよく分かった。ならば、このラトナ・クワドリガは、敬意を表して相手になろう。リガーリェの姫騎士として、貴様らを打ち砕く!」

 姫騎士は声高に宣言すると、両脚のフットペダルを乱暴に蹴飛ばした。


「覚悟!」

 スカートの内側、そして脚部スラスターが青白い炎を噴き、ドレスを前に推し進める。

 槍を構え、弾丸のように直進するヘビードレス。シュイクの兵達は鎧付きの獣を密集させて防御陣形を取る。彼らは息を呑み、真正面から迫り来る姫騎士に備えた。


 衝突。


 機械槍が先頭の一体を捉えた。この時ラトナは、刺突と同時に槍の引き金を引いていた。

 ……轟ッ!!

 獣の咆哮を上回る爆音を響かせて、機械槍の先から、鉄杭が高速射出された。

 鉄杭は鎧を貫き、獣の太い胴にまで大穴を穿った。高熱が飛び散る血しぶきを蒸発させ、貫いた肉も一瞬で焼き焦がす。


 そして貫かれた獣の亡骸は、密集する仲間諸共、後方へ吹き飛ばされてしまった。

 初撃を防げなかったシュイク兵達は、すぐに陣形を解き、距離を取ろうと試みる。しかし、ラトナの追撃からは逃れられない。

 速射砲を載せた獣が二体、たて続けに機械槍で薙ぎ倒された。


 振り落とされた獣使いは銃で応戦するも、堅い装甲に弾かれ、傷一つつけられない。

 その内に彼は、ラトナが振り回す大楯に突き飛ばされ、その命を散らした。


「同士討ちになる、火砲は使うな。ダソクを前に出して、八つ裂きにしてやれ!」

 ようやくシュイク側が反撃に出た。後方で温存させていた白兵戦用のダソクが前進。左右から同時に、ラトナのドレスを食いに行く。


「ちょこざいな」

 大楯を持つ手を振るい、伸びてきた二つの頭を殴る。そして怯んだ所に、機械槍を振り落として潰してしまう。

「もっとだ。もっと来い!」

 ラトナは尚も群がるダソクを槍で仕留め、屍の山を築き上げていく。


 それでもシュイク兵達は、獣の壁でラトナを押し潰そうとする。だが結局は逆に押し返され、被害ばかり増えている有様だ。

「まだ諦めないのか、貴様ら!?」

 ラトナは機械槍の形態を切り替えた。穂先の鉄杭が抜け落ちて地面を転がる。

 そして、尚も肉薄を試みる獣の群れに、機械槍の先端を向けた。


「ならば、その心諸共、撃ち砕く!」

 発射……怒涛の零距離射撃が繰り出された!



 ………


 一匹。また一匹と撃破する度に、砦の兵士達が沸き立った。負傷している者さえも膝をついて立ち上がり、歓喜している。


「アレは先代様のドレスだろう?」

「誰が着ているんだ?」

「誰がって、そりゃあ……」

「ラトナ様か? まさかラトナ様が、先代様のドレスを着て、戦っているのかよ?」

 未だ驚愕から抜け出せていないヴェスペが興奮気味に問うと、傍のヘッツァーが、したり顔で頷いてみせる。

「その通り、我らの姫だ。あの勇ましい戦いぶり、まさしく……」

「美事なり!」

 不意に後方から、大砲級の怒声が飛んできた。

 ヘッツァーが急ぎ振り返ると、大鎧姿のティーゲルが腕を組んで佇んでいた。サ・イラ号とは別の船で砦に降りていたのである。


「お、お屋形様?」

 キーンと鳴る耳を抑えながら、ヴェスペも振り返った。

「良くぞ持ち堪えてくれた」

 国守は大きな手でヴェスペの肩を叩く。その後、彼は後方に控える郷の兵士たちへ、力強く呼びかけた。

「リガーリェのつわもの達よ。良いか、この機を逃してはならぬ。彼奴らに我らの郷を踏み荒らした事を後悔させろ!」

 瞬く間に、戦場の喧騒さえ上回る男達の閧声が、砦中に響く。更にティーゲルは身の丈以上の戦鎚を高々と掲げ、こう叫ぶ。


「チェスト・クルスク!」


 チェスト・クルスクとは、リガーリェ戦士達に伝わる掛け声で『食い破れ』という意味である。


チェスト・クルスク!食い破れ

「チェスト・クルスク!!」


 砦中の全兵士が一斉に声を挙げ、手にした武器や道具を打ち鳴らす。

 そして戦える者達は、門前に集結させた手製装甲車や改造バイクに乗り込みだした。


「ヴェスペ。貴様は残った方が良いのでは?」

 ヘッツァーは側車付バイクに跨るヴェスペに問うた。

「お屋形様も言っていただろう。今が好機、ここで攻め落とせなかったら、どっちみち負けよ。だったら……」

 ヴェスペは凶相に悪魔的な笑みを浮かべる。リガーリェ戦士達に言葉は不要なのだ。


「あい分かった。では頼むぞ」

 仲間の意思を察したヘッツァーは満足げに頷き、側車に収まった。


「開門! 開門であるぅ!」

 ティーゲルの号令で、カール砦の鉄門が開かれた。

「全軍突撃ぃ!」

 そして……リガーリェ兵達は、まるで先頭を競うように飛び出した。


「皆の者、姫様に遅れを取るなあぁ」

「応!」

「リガーリェの底力を見せてやれ」

「チェスト・クルスク!」

 ある者は法螺貝を荒々しく吹きながら徒士で走り、またある者はバイクで地面を駆け、またある者は装甲車から火砲を放って、敵を牽制する。

 そんな中、先駆けとなったヴェスペとヘッツァーの二人は、ラトナが討ち漏らしたダソクに突撃。

「チェストオォォォ!!」

 側車のヘッツァーが、長刀でダソクの片脚を切り飛ばした。

 返す刀でもう一体、今度は騎乗の獣使いごと両断してしまう。


「姫様のもとへ行くのだ、ヴェスペ」

「いよっしゃあぁ!」

 ヴェスペはバイクを加速させて、敵集団の中心で奮闘するラトナを目指した。

 続けて、後続のバイク部隊が追いつき、シュイクの先頭集団と戦闘を開始。

 鉄と肉が正面からぶつかり合う。

 そして、バイク部隊が勢いを落とす事なく、押し通った。


 ラトナとの戦闘で数を失い、ここに来て正面突破されたシュイク軍は、ますます追い詰められてしまう。


「敵は怯んでおる。このまま一気にチェスト・クルスクウゥ食い破れえぇ!」


 ティーゲルは命令を下すと、装甲車から飛び降りて、自ら白兵戦に加わった。

 戦鎚を風車のように振り回し、群がる歩兵の束を蹴散らしていく。その凄まじい戦いぶりは、まさに生身のヘビードレス!


「平原の友に遅れを取るな」

「獣の加護があらん事を!」

 一四氏族の戦士達も、リガーリェ兵と肩を並べて戦に身を投じていた。獣の弱点を知り尽くした彼らは、地道に、しかし確実に敵の獣を仕留めて回る。


「みんな!?来てくれたのね!」

 ラトナは砦から大挙して押し寄せる味方に歓喜し、心を躍らせた。

「姫様、ここは我らが引き受け申した」

 ヘッツァーはラトナの側まで来ると、側車に乗ったまま長刀を構え直した。


「集結地点で分隊が待っております。どうか御武運を」

「ありがとう。ええ……行って参ります」

 ラトナは踵を返すと、平野の奥を目指して、ドレスを前進させた。


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