姫騎士よ、鋼のドレスで駆け抜けろ!

碓氷彩風

第1話



 はるか昔。魔法と科学による産業革命で栄えた世界を、大戦争という名の大波が襲った。

 誰もが経験した事のない、未曾有の大戦争は、開戦から僅か6日と6時間6分という時間で終結してしまった。

 大国の超兵器が事故を起こし、世界全土が瞬く間に荒廃してしまったのである。

 この争いに勝利した者は居なかった。

 この世界に住む全ての人間が敗者となった。戦いに決着は付く前に、全てが消し飛んでしまったのだ。

 ……そして、大戦争の唐突な終わりから、百年の歳月が過ぎた。


 ………


「退却だ」

 指揮官は険しい顔つきで命令を下した。彼の周りに控える部下達もまた、一様に苦い表情を作って佇んでいる。

 葬儀のように静まり返った司令部テントとは対照的に、外は銃声に砲声、そして自軍兵士達の叫び声が延々と響き渡っている。


 国境沿いの森林地帯で演習中だった王都第三機甲旅団は、突然の奇襲を受けていた。

 彼らはものの数分で戦力の半数を失い、演習場の南東側の荒野に追いやられた。そして今もなお、攻撃を遮る物が殆ど無い平坦な土地で止むことない、敵の砲撃に晒され続けている。


 このままでは全滅だ。

 指揮官は軍帽を取り、テントの外に出た。

 横転する装甲車輌。

 火だるまになってもがき苦しむ兵士。

 溝の中で身を寄せ合い、泣き喚く血塗れの負傷者達。

 そして未だ止むことのない敵の弾雨。

 指揮官は光の消えた目を大きく見開き、目の前の地獄を呆然と見つめた。


「無事な車をかき集めろ。退却だ!」

「生きている者は銃をとれ。火線を絶やすな、時間を稼げ!」

 各所で命令が飛び交う。戦意のある兵士達は地面に掘った蛸壺に身を隠し、森から迫る敵の波に攻撃を加えている。

「神よ」

 指揮官は震える声で、旧時代に潰えたという、古の信仰に縋った。


 ………


「退却命令が出た!」

 一人の若い兵士が、最も敵に近い穴に滑り込んできた。蛸壺の中では機関銃手が、汎用機関銃にかじりつき、涙目になりながら掃射を続けていた。

「負傷者を運び出すまで時間を稼げとさ」

 若い兵士は首から提げていた弾薬ベルトを、機関銃の近くに落としていく。

「時間稼げって……が全滅したってのに、どうやって止めるんだ?」

 などと吠えながらも、機関銃手は引金を引き続ける。


「死なない程度に抵抗してやれば良いの。いざとなったら武器は捨てて後ろへ下がる」

「簡単に言うな。だいたい、こんな豆鉄砲であんなのと……来た。来たぞお!」

 機関銃手は顔を真っ青にして叫んだ。


 彼の視界に飛び込んできたのは、弾幕をものとせずに進む、黒い巨人達だった。

 甲虫めいた鎧で全身を固め、腕の代わりに砲を二門、両肩の位置に据え付けている。

 ずしり、ずしりと大地を踏みしめ、飛んでくる弾丸を浴びても止まる気配がない。


「ゴレムだ。後ろの連中に伝えろ、魔導ゴレム接近。数は……マジで沢山!」

 機関銃手は若い兵士を叩き、蛸壺の外に飛び出させた。

 旧時代の遺物である無線機は数が限られる貴重品で、後方の野戦司令部や車輌にのみあてがわれる。故に最前線では誰かが危険を犯してでも、伝令に行かなければならないのだ。


「こんちくしょう。野良機械風情が、調子に乗りやがって!」

 残された機関銃手は、ゆっくり近く巨大な鎧に照準を合わせた。


 ゴレム。遥か大昔に確立された「魔法」なる技術によって生み出された無人兵器。

 彼らは大戦争が終わった今もなお、各地に点在する無人工場で製造されている。

 その大半が主人を持たない「野良機械」と化し、寿命が尽きるまで人々を襲うのだ。


 旅団を襲ったゴレムも野良機械の類だった。しかも彼らは恐ろしい事に群れを形成して統率をとり、奇襲を掛けてきたのである。

 野良ゴレムの集団は隊列を組み、前進と砲撃を繰り返す。

 速度が落ちる事も無ければ、狙いも常に正確だ。次第に兵士達は一人、またひとりと倒されていく。


 そしてとうとう、機関銃手達のいる最前線の蛸壺にも、一体のゴレムが接近してきた。機関銃手は抵抗を諦め、穴の外へ逃げようとする。

 その次の瞬間……。


 吽!


 巨大な影が横から突っ込んできて、ゴレムを弾き飛ばした。

 受け身も取れず、地面に倒れるゴレム。側

 機関銃手は影を呆然と見上げた。

 影の正体は、人の背丈を遥かに超えた、濃緑色の巨人だった。


 ドクロをあしらった兜で頭部を包み、胴体は分厚い鎧で隙間なく固めている。腰から下に至っては、貴婦人のスカートのような装甲板で覆い覆い隠していた。

 その武骨な姿はまさに鎧の戦士。


「あんた。もしかして……」

 機関銃手が口を開こうとした所に、ゴレムの砲弾が飛んできた。鎧の戦士は片手に持った大楯を地面に突き刺して防御態勢に入る。

 砲弾が盾にぶつかった。甲高い衝突音を響かせて、砲弾はあさっての方角に飛んでいく。


 間髪入れずに鎧の戦士が反撃に移った。

 腰を低く落とすと、人間の胴よりも太い、機械仕掛けの大槍を敵に向けた。

 柄より先は円柱状で、先端には大砲のような穴まで備えていた。

 そんな大槍から、けたたましい轟音と共に光弾が放たれた。

 光弾は起き上がろうとするゴレムの脇腹に直撃。ゴレムは炎を噴いて再び地面を転がっていく。

 爆発。弾薬に火が移ったのだろう。派手な火柱を挙げ、無数の破片を辺りに飛び散らせた。


「もしかしてあんた、姫騎士? まだ生き残りがいたのか?」

 ようやく機関銃手が言葉を発した。

 姫騎士。魔導式の装甲鎧をまとった、黒鉄の騎士達たち。

 彼女らの任務は、鋼鉄の鎧と機械槍で武装し、ゴレムのような魔導兵器や、敵の機甲戦力と直に渡り合う事である。

 そして読んで字の如く、着用者の殆どは女性であり、鎧も彼女らに合わせるように、ドレスをあしらった形状をしている。

 故に、姫騎士の纏う巨大な装甲鎧は「ヘビードレス」と呼ばれていた。


 さて……。


 敵を始末した姫騎士は、機関銃手を庇うように一歩前へ出た。

 槍と盾を構え直し、なおも前進を続けるゴレム軍団に相対する。その内にスカートの裏側、更に大樹の根元のように太い足から、青白い燐光が迸り始めた。

 出所は、腰と両足それぞれに仕込んだ、噴流ノズルである。


 號!


 燐光が収束し、炎となってノズルから噴き出た。

 姫騎士の巨体が前進を始めた。

 魔導ゴレムの分隊が、迫り来る姫騎士に対して、迎撃を始める。全ての照準が姫騎士に向けられ、一斉射撃が加えられた。


 姫騎士は増速しながら、ジグザグに走行。迫り来る砲弾をかいくぐり、手近な敵への接近を試みる。

 姫騎士、ものの数十秒で最先頭のゴレムを間合いに捉えた。

 下から上に、抉りこむように槍を振り上げる。


 槍の先端がゴレムの胴体を直撃。彼女はそのまま力を込めて、片腕一本で槍に刺さったゴレムを宙に浮かせた。

 手元のスイッチを押し込む。すると先端が火を吐き、砲口から白銀の杭が姿をみせる。

 杭はゴレムの体を穿ち、背中側に突き抜けた。


 姫騎士は貫いたゴレムを遠くへ放り投げると、杭の飛び出した槍で、襲いかかるゴレムを薙ぎ払った。

 それから姫騎士は休む事なく槍を振るい、光弾を放ち続けた。味方が退却し、戦場に一人残されても尚、敵の包囲網の中へと身を投じていった。


………


 大戦争による世界の荒廃から百年。

 辛うじて生き残った人類は今もなお、脅威に満ち溢れた地上で暮らしていた。


 魔法で駆動する大戦争時代の自動兵器。凶暴な野生動物。群雄割拠を始めた各地の勢力。

 それでも人々は、脅威に抗う術を身につけ、かけがえのない瞬間を、懸命に生きようとしている。


 そして今日も……。

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