【スタート】初めての犬を飼うことになりました。名前どうしよう?

金峯蓮華

初めての仔犬


 我が家に仔犬がやって来る事になった。父が友達の村山さんから譲って貰う事になったのだ。村山さんのところのわんちゃんが沢山子供を産んだそうで、貰ってくれないかと言われたらしい。


「仔犬もらうか?」


 父の言葉に私達姉弟は両手を挙げて大賛成した。母は少し渋ったが、父と私達がちゃんとお世話をすると約束をし、それならとOKしてくれた。


 仔犬は産まれてから2ヶ月は母犬の側にいなくてはいけないらしく、うちに来るのは2ヶ月後に決まった。

 

 その間は仔犬を迎えるにあたって必要な物を買ったり、飼い方や躾の本を購入したり、調べたりと久しぶりに家族みんなで盛り上がっていた。

 家の近くの大きなショッピングモールの中にあるペットショップを家族で訪れて、スターターセットなるものも買った。

 サークル、トイレ、トイレシート、フードボウルに給水ボトル、そしてベッド。あとはおもちゃやらなんやかんやと爆買いした。

 

 フードは村山さんが今、食べているものを分けてくれるそうだ。おいおい私達が良いと思うものに変えればいいらしい。急に変えるとお腹を壊すのだという。やはり仔犬は敏感なんだなぁ。


 そのペットショップには仔犬が売られていた。ガラスの向こうに何頭かいて、お客さん達は、みんなそれを見ている。ガラスに貼っている仔犬の値段を見て私は腰を抜かしそうになった。


 母が父にぽつりと言った。


「パパ、子犬ってこんなに高いのね。村山さんにいくらか包んだ方がいいんじゃない?」

「そうだな。菓子折りくらいでいいかと思っていたけど、これ見たらそんなわけにもいかないな」


 大人の話だ。子供は聞かなかったことにしよう。


 家に戻って、みんなで買ってきた物を並べてあーでもないこーでもないと話をしていた時、父が突然真顔になった。


「忘れてた。名前どうする?」

 

 本当だ。すっかり忘れていた。


 母は冷蔵庫から麦茶を出しながら父の顔を見た。


「白い子やろ? ほんなら白のイメージの名前がええんとちゃうかな。一華はどんなんがええと思う?」

 

 母はそう提案し、私に振る。


「難しいなぁ」

 

 私が困っていると末っ子の三生は嬉しそうな顔で私を見る。


「ボクは可愛い名前にしたいなぁ」


 すぐ下の弟の真二は大きな声で言う。


「俺は野球に関連した名前にしたい」


 野球少年の真二ならそう思うだろう。

 

「そうや!」

 

 父は何か閃いたように手を打った。


 「4にしよ」

 

 うちの兄弟は長女の私を筆頭にみんな名前に数字が入っている。父の趣味らしい。


「仔犬は4番目の子供やから4をつけよ」

 

父は得意げな顔をしたが、私は反論した。


「4は、なんか縁起が悪そうやから嫌やわ」

 

 弟達も私の意見に続いた。


「4がつく可愛い名前なんかないやん」

「もう番号は嫌や」

 

 この場では決まりそうもないので私は仔犬に決めてもらう提案をした。


 「みんなでそれぞれ名前を考えて仔犬に決めてもらうのはどうやろ」

 

 それからはみんな、それぞれに名前を考えてはじめた。父は4がつく名前を絞り出す為、赤ちゃん名付け辞典なるものを買いにらめっこをしている。

 

 母はインターネットで、何か白いイメージの名前を検索している。


 野球少年の真二は野球に関連した名前を付けたいようで何にしようか迷っている。

 

 可愛い名前が希望の三生は「白いからシロかな? ふわふわだからふわかな」と言いながら、頭の中でイメージしているようだ。

 

 みんな探し方が色々あって面白い。


 翌日、それぞれが考えた名前の発表になった。父から順に発表していく。


 「俺は四つ葉にしようと思う。幸せの四つ葉のクローバー。我が家に幸せを運んでくれる犬という願いを込めて四つ葉。ええやろ」

 

 ドヤ顔で得意げに話す。それを聞いた母は優しく微笑んだ。


「あら、いいやん。お父さんにしては素敵やわ。私はブランシェ。フランス語で白という意味やねん。どうかな」

 

 さすがにお洒落でカッコいいことが好きな母はフランス語できたか。


「次、一華は」


 母に言われ、私も考えた名前を告げた。


「私は大福。白くて柔らかいから大福よ」


 私の言葉に父が笑う。


「はぁ?大福。お前食べようとしてるな」


 相変わらずつまらないことを言う。まぁ、父はそんな人だから仕方ない。


 真二は父の言葉を無視し、身体を前に出した。


「じゃあ、次は俺ね。俺は小虎。色々考えたけど阪神好きやし小虎にするわ」

 

 真二はやっぱり野球か。阪神ファンやもんね。


 最後は三生の番だ。三生は画用紙にクレパスで名前を書いていた。


「僕はゆきちゃんにしようかな。きっと雪みたいに白くて可愛いからね」

 

 三生がニコニコしながら『ゆき』と名前を書いた画用紙を見せると、真二は苦々しい顔をした。


「オスやのに。ゆきなんて女みたいやんけ」

「あら、男の子でゆきもいいんじゃない? 男も女もないわよ」


 母が真二に諭す。真二は苦虫を噛み潰したような顔になった。


 みんな一生懸命考えた割には大した名前はなかった。



◇◇ ◇


「ただいま」

 

 玄関から父の声がする。真二と三生が慌てて玄関に向かう。

 

 もちろんお目当ては父ではなく仔犬だ。真二は父が手に持っていたクレートを奪い取るとリビングに戻ってきた。


 リビングはすでにサークルやトイレ、ベッドなど揃っている。

 

 父がクレートから出した仔犬は戸惑っているようでキョロキョロしている。

 

 三生は初めての仔犬に恐る恐る手を出して可愛いねと言いながら撫でる。真二も撫でまくっている。

 

 お迎えの大役を終えた父が冷蔵庫から出した缶ビールを飲み、思い出したかのように言う。


「ほんなら名前決めよか」


 私たちは順番に自分の決めた名前を仔犬に向かって呼び、何か反応があったものにしようと決めていた。


「四つ葉!」

 

 父が呼んだが仔犬は無視。


「ブランシェ」

 

 母が呼んだがやっぱり無視。


「大福」

 

 私の声にも反応なし。


「小虎!」

 

 真二が呼んでみたが仔犬はびくともしない。三生も続いて呼んでみた。


「ゆきちゃん」

 

 ダメだった。5人とも玉砕。また一から名前を考えないといけない。


ーガラガラガラ

 玄関の扉が開いた音がした。


「こんにちは。もう犬来たか」

 

玄関から祖父の声がする。


「来たよ。可愛いで」

 

 三生がニコニコしながら玄関まで祖父を迎えに行った。


「可愛いな。名前は何や」

「まだ名前が決まってないねん。誰の名前にも反応なし」

 

 私がそう言うと祖父は急に仔犬に向かって


「健太郎!」


 声をかけた。


 仔犬は祖父の方を見て『ワン!』と可愛い声で鳴いた。


「健太郎で決まりやね」

 

 母は笑っている。


 父は怖い顔をして祖父に言った。


「おとん、ややこしいのぅ。勝手に呼ぶなや」

「健太郎でええやん。返事したし」

 

 母はそう言い、仔犬を撫でた。


 真二と三生は気に入ったようで「健太郎!」と名前を呼びながら仔犬と遊んでいる。

 

 私達が2ヶ月かけて一生懸命考えたのに、飛び入りした祖父に名付け親の栄誉を横取りされてしまった。

 

 我が家に来た白くてふわふわしている健太郎は遊び疲れたようでグッスリ眠っている。


 健太郎か。好きな人と同じ名前なんで複雑だわ。


                    了







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