第28話 スープ ①―③

「と、言うわけなんですよリーネさん」

「なるほど。わたしが倒れちゃった時にそんなことがあったのね……」


 王宮から帰ってきたノブユキは、事の成り行きをリーネに説明した。

 今日の大衆食堂『りぃ~ね』は臨時休業だ。仮にリーネが料理人を務めても、接客を任せられる者がいないため仕方がない。やはり、従業員不足は深刻な問題となっている。

 フロアで、いつものように2人はテーブル席に並び座って、話し合う。


「それで? なんでノブユキくんはその使者の人を助けたいの?」

「そりゃ、リーネさんを助けてくれた恩人だからですよ」


 それ以外になにがあるというのか。

 ノブユキがきっぱり言い切るも、リーネは疑いの目を向けてくる。


「ふーん。その人ってどんなだった?」

「なんですか、そのふわっとした質問……」

「いいから答えて」

「そんな顔を近づけなくても……。えーっと、黒い長髪のヒューマンでした」

「……美人だった?」

「知りませんよ。そんなこと考えてる場合じゃなかったですし」


 ノブユキは、ぼんやりと使者のお姉さんを思い出してみた。

 牢屋どころか、白亜の城に捕らえられたお姫様、といった印象が残っている。

 まあ、そんな印象なんだから、美人なんじゃないだろうか。

 ノブユキがぼんやり思い出していると、リーネはさらに言葉をつむいだ。


「まあ、いいわ。で、どうするの? 解決策はあるの?」

「お題が『スープ』って広いのはありがたいですけど、今のところないですね」

「王都料理文化祭で見せた秘策みたいなものはないんだ……」

「……」


 そんなものをほいほい思いつけるほど器用じゃない。

 ノブユキは抗議しようとしたが、リーネの機嫌を損ねかねないので我慢した。


「あーあ。ノブユキくんならちゃちゃっと解決して、店舗の移設に取りかかれるかと思っていたのになあ」

「移設って……段取りもあるでしょう」

「そんなの、王宮お抱えの専属部隊が魔法ですぐにやってくれるわよ」

「なら、その人たちに任せればいいのでは?」

「ノブユキくんにも立ち会ってもらいたいだけ。わたしときみ、2人で苦楽をを共にしてきたからこそ、この場所から離れる時もいっしょにいたいの」


 リーネがきれいな虹彩の瞳で、ノブユキを見つめてくる。

 ノブユキはちょっとドキッと胸が高鳴った。

 リーネはノブユキにとって、命の恩人であり、また実の姉のような存在だ。そんな彼女に……妙な感情を抱いてはいけない。自分をいましめる。


「すみませんが、今は王様からの難題をどう解決していいかで頭がいっぱいでして」

「そう……じゃあさっさと解決して、いっしょに移設の瞬間を見ましょうね」

「簡単に言いますね」

「ノブユキくんならできるわよ。爺さまだってきみを見込んで頼んだんでしょうし」

「……」


 ノブユキはリーネの発言でドランのことを思い出した。

 いわく、『まだ秘めたる力』に気づいていないという。いい加減、教えてくれてもいいのに……。

 料理魔法、希望属性、秘めたる力。

 すべてがつながった時に閃く予感がある。


「リーネさん。拷問ってどんなふうに行われるんですか?」


 ノブユキは気になったので聞いてみた。

 ただ普通に美味い飯を食わせるというだけではあるまい。


「ん? ああ、大きな料理勝負用の施設があってね。円筒形の建物で、中の外周部は階段になっていて、観客はそこに座るの。中心部に調理台や備品が置かれて、そこで料理をしてね。古代語でなんて言ったかしらね……爺さまから聞いた覚えがあるのだけれど……」

「ひょっとして、コロシアム?」

「そうそれ!」

「なるほど。で、拷問を受ける人の扱いは?」

「最上段には王様専用の席があるんだけれど、その下の席に座らされて、極上の料理を振る舞われるわね」


 ん?

 ノブユキは、解決につながる糸口をつかんだような気がした。重要なワードが今の会話にふくまれているような。

 頭の中でよく調べる……、あっ。


「なんでわざわざ王様が見に来るんですか?」

「そりゃあ、こんなこと滅多にないですもの。興味を持って、ご自身でも料理を食べられるに決まってるからじゃない」

「それだ!」

「どれ!?」

「閃きました!」

「なにを!?」

「王様に認めさせればいいんですよ。お箸の料理もいいものだって!」

「ノブユキくん。言っていることが滅茶苦茶よ。お題はスープなのよ。スープにお箸を使うことなんてあるかしら……」

「うっ」


 ノブユキは言葉に詰まった。

 確かにその通りだ。スープ料理にお箸を使うものなんて存在しな……。

 いや、まて。


 頭の後ろがちりちりする感じ。

 覚えがある。

 なにかを閃く予感がする時だ。


「ある」

「えっ?」

「ありますよ、リーネさん。お箸を使うスープ料理が」

「ウソでしょ!?」

「ただ、レシピに自信がない上に、完成品はぶっつけ本番になってしまうのですが」

「……でもノブユキくんが言うのなら確かなのでしょうね」

「ええ」

「自信あり、ね。いいわ。わたしに手伝えることがあれば言ってちょうだい」

「お箸を使った食事をしたらスープン王国ではどうなるんですか?」

「牢屋でしばらく拘束されちゃうわね」

「……」


 リーネに迷惑はかけられない。

 やはりお箸を使う完成品はぶっつけ本番になりそうだ。

 と、なると。


「リーネさん。スープの味見役をお願いしてもいいですか?」

「ふっ、『ひき肉や調味料や香辛料で味と匂いを楽しむ豆腐の煮込み』の時にどこぞの女狐から遅れをとっちゃったからね。ここで挽回させてもらうわ!」

「前から気になっていたんですけど、ミッフィさんと仲が悪いですよね」

「色々あったのよ。大食い大会の他にも」

「はあ……」


 聞いてみたいようなどうでもいいような。

 まあリーネの武勇伝になるだろうし、また今度でいいだろう。

 ノブユキはそう判断した。


「ちょっとレシピが複雑すぎて、思い出すのに集中したいので、部屋に戻ってもいいですか?」

「いいわよ。王様の命令なんだし、お店もしばらく休業にする?」

「いや……そこまでは……」

「どうせ、どの店舗も移転でやっていたりいなかったりの期間だから、別に構わないわよ? わたしのほうから料理人ギルドを通して王様に事情を伝えることもできるのだし」

「そ、そうですか?」

「うん」

「では、お言葉に甘えて。しばらく料理に集中させてください」

「そうしてちょうだい」


 リーネを助けてくれた恩人が窮地に立たされているのだ。

 今度はノブユキが助ける番。


 ――必ず助けてみせる!


 ノブユキは改めて決意したのだった。

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