第22話 麻婆豆腐 ①―③
祭りがはじまって2日目。
昼前から営業をはじめた、大衆食堂『りぃ~ね』には、昨日よりも多くのお客たちで賑わっていた。ようやく常連客がやってきてくれたのである。前日はどこに行っていたのかと言うと……。
「いやあ、リーネちゃん昨日はごめんね。人気店を先に回っておきたくて」
私も、わたくしも、俺も、俺様も、オイラも、儂も……。
と申し訳なさそうに、そーっと手を挙げる面々。
しかし、リーネは気にした素振りもなく、快活な笑みを振りまいた。
「平気ですよ! こうしてきてくれて嬉しいです! あ、新規さんももちろんありがたいですよ?」
リーネは、新しい客層の開拓にも精力的に動いている。
ノブユキはというと、言わずもがな厨房で忙しく料理を召喚しつつ、空いた時間をぬってフロアの様子をうかがっていた。ちょうど彼女が、お客から注文を聞くところだった。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』」
「『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』」
「『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』」
……。
…………。
………………。
切り札である麻婆豆腐の出番はまだ先か、と目論みを外してしまいそうな気がしてきたノブユキ。冷たく感じる汗が、額から頬を流れた。
そんなノブユキの心配など知らないお客は、わいわい騒ぎながら、食事を楽しんでいる。
「うむ。高級店で出されていたのも美味かったが、『りぃ~ね』のは食べるとほっとする味だな」
「甲乙をつけがたいですわね」
「投票どうすっか迷うぜー」
ノブユキは高級店がどういうライスカレーで勝負を仕掛けてきているのか知らないのだ。とはいえ、味のばらつきを最小限に抑えたと思われる上位陣はさすがである。いったいどれほどの労働力と財力を用いたかは想像するしかないが。
お客の反応からして、上位20は厳しいとノブユキは感じる。せいぜいが上位30といったところではないだろうか。
「新作もあるって聞いたけど、やっぱ『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』を最初に頼んじゃうよな」
「『りぃ~ね』の看板メニューだからな! オイラもわかる!」
「とりあえず安心して頼める料理にしちゃいますよねー」
――くっ、新作料理にお客を引っ張るのがこれほど難しいとは!
そういえば、元いた世界で両親も新作をお客に食べてもらうまでに、苦労していた記憶がある。いろいろと宣伝を打ったり、常連客に頼んで食べてもらったり、口コミで広めてもらったり。
ノブユキにはできない仕事だ。
むしろ、リーネが得意とする仕事ではないか? ここにきて、彼女にちょっとしたサプライズとして企画したことが裏目に出てしまった。事前に新作のことを伝えて、宣伝してもらったほうが、結果はついてきたかもしれない。
後悔しても何も変わらない。
とにかく今はライスカレーでお客を満足させることだけを考える。
新作の宣伝は、フロアでリーネがしてくれているので、常連客がまたやってきた際に注文してくれるだろう。そう祈るのみ。
「はあ~、食った食った。またくるね、リーネちゃん」
「美味しかったですわ。わたくしもまた寄らせていただきます」
「高級店よりも落ち着けるわい」
会計を済ませてお客が帰る。
そして次のお客が入る。
「ありがとうございましたー! お次のお客さまどうぞ! おっと団体さまですね。ただいまテーブル席がいっぱいでして、もうしばらくお待ちいただく状態ですがどうなされますか? 了解です、たいへん恐縮ですが、外に並んでいてくださいね。順番がきましたらお呼びします!」
この接客っぷり。
ノブユキからしてみれば、あり得ない早さでリーネはお客をさばいでいく。
ノブユキも負けじとライスカレーを召喚し続ける。
元いた世界では自分に『絶望』していた。
だが今ではお客のために『希望』をもって料理に挑むノブユキの姿がある。
本人は気づいていないが、そのことが、この世界のことわりと噛み合い、進化とも言えるほど実力が向上していた。
――まだだ。まだやれる。俺はもっと作れる!
どんどん料理を召喚する。お客の笑顔を見るために。
◇ ◇ ◇
「しんどいっす……」
「さすがにわたしもちょっと全身が痛いわね……」
祭り2日目も乗り切り、寝る前に2人はフロアでいつもの位置取りで、経過報告をしていた。
椅子に腰掛けながら、身体の向きを変えて、視線を合わせる。
ノブユキには、室内を照らす灯りが、やけに弱々しく感じた。
「リーネさん、注文がライスカレーばっかりになってしまってすみません」
「いいのよ、ノブユキくん。まだ2日目ですもの」
「と、言いますと?」
「常連客さんや新規さまもそろそろライスカレーに飽きが来るはずよ」
リーネは、リーネなりに考えていたらしい。
図らずもノブユキの計画に近いものがあった。
彼女は続ける。
「もっと味の濃いものを、もっと辛いものを。ってなるお客さまも多いわよ」
「だといいんですけど」
「わたしを信じなさい!」
どんっと、リーネは自分の胸を握り拳で叩く。
「わたしがおいしいと思ったのだから、みんなにもきっとおいしいと思ってもらえるわよ!」
「そうだといいんですけどね……」
「もう! 爺さまやアデルドさまだっておいしいって言ってくれたじゃないの!」
「ミッフィさんもですね」
「あいつは割とどうでもいいから」
「リーネさんって、ミッフィさんと仲が悪いんですか?」
ノブユキは気になったので聞いてみた。
同じエルフ同士なんだから仲が良いほうが自然だと思った次第である。
「べ、べつにあいつのことなんてなんとも思っていないわよ! ただ、わたしの気に入ったものを取られるような真似はされたくないだけ!」
「気に入ったもの? 例えば?」
「…………きみとか」
「え、なんですって? 声が小さすぎて聞こえなかったんですけど」
「……王都大食いチャンピオンの座よ!」
「そういえばそんなものもあるって言ってましたね。いつやるんですか?」
「後夜祭でね。まあ最後の乱痴気ってところよ」
「酒宴ですか……深酒はほどほどにしてくださいよ」
ただでさえ、普段の言動に問題があるリーネに、酒が入ったらと考えると、恐ろしすぎる。
「さ、ノブユキくん。明日も早いんだしもう寝ましょう」
「そうしましょうか」
「作戦、上手くいくといいわね」
「でないと勝てませんから」
そう言って、2人して、フロア奥の階段を上ると、各々の部屋へ姿を消した。
明日は勝負の日と言ってもよさそうだ。
ノブユキはそう感じながら、深い眠りへと落ちていったのだった。
――顔が火照ってなかなか寝付けないのは、やはり祭りの興奮にやられているせいなんだろうな。そんなことを考えながら……。
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