第16話 ライスカレー ①―②

 カレールーの製法は、職人によって管理されているらしい。

 よって、ライスカレーを作るためには、料理人ギルドを通して購入する必要があるとのこと。


 料理人ギルドへの道すがら、2人は平凡な会話をしていた。


「今度こそひとりで行かされると思いましたよ」

「まあね。でもノブユキくんじゃ『金庫』の魔法を使えないし」

「俺も余裕があれば『希望』魔法以外も覚えてみたいです」

「適正がないと無理よ?」

「え」

「ノブユキくんの魔法適正は『希望』だけだったじゃない。その他は習得不可よ」

「おう……なんてこったい……」


 ノブユキはうなだれるが、すぐに顔を上げた。


「いや、なら、俺は希望魔法を極めてみせます! なんなら、希望の金庫だってあるかもしれませんし!」

「ほんとうにたくましくなったわね、その調子でがんばってちょうだい!」


 ノブユキの力説に、リーネは真面目に応援した。



 と、そんなやり取りをしているうちに、目的地へと到着した。


 前に来た時には気づかなかったが、スプーンを3つ並べて、正三角形になるようにした看板が、建物の外壁から突き出すように飾られている。きっと、シンボルマークなのだろう。

 昼前の陽光に照らされて、銀色に輝いている。


 両開きの大扉も銀色だが、光沢を抑えた仕様のようで、それほどまぶしくはない。だが、その大きさと分厚さと重厚感には、やはり圧倒されてしまう。


「ノブユキくん、入るわよー」

「は、はい」


 ノブユキは、ほうけていたことに気づいて、両頬を軽くパンパンと叩いた。

 正気に戻った気がした。


 がやがや。がやがや。

 ギルドのなかは様々な種族であふれていた。みな、料理を生業としているものたちだろうか。

 入って右奥の受けつけには行列ができている。4つも小窓があるのに回しきれないとは、すごい繁盛っぷりだ。

 部屋の中央には大きな木板が設置されており、張り出されている紙には色々な依頼が書かれているっぽい。かなりの人が見入っている。


「で、リーネさん。カレールーはどこで仕入れられるんですか?」

「受けつけ窓口よ。並んで待ちましょ」


 ノブユキは簡潔に、はい、とだけ応えて、またギルド1階をきょろきょろ見回す。

 ん?

 視界でとらえた光景に、ぎょっと驚いた。


 大きな魚だ。それに肉も。天井の柱から、丈夫そうなねじ巻き状の紐で、ぶら下げられていた。


「ちょっとノブユキくん、前が空いたわよ。詰めてつめて」

「あ、はい。すみません」

「あら? なにか気になるものでもあった?」

「ええ……まあ……」


 魔法に頼りすぎていたせいだろうか。

 久々に豪快な食材を目にして、意識をもっていかれてしまった。

 かぶりを振って、自分を取り戻す。


 リーネはノブユキの様子を見ていたようで、察して答えた。


「サクラマスと熊肉じゃないかしらね」

「く、熊!? 王都の近くに熊が出るんですか!?」

「ええ。近くの山で、時々だけれど。見られるなんてラッキーね」

「ほええ……両方とも、俺の元いた世界のものよりもデカいです」

「あら、そうなの? でも味はきっと同じでしょう。今までの食材もそうだったし。興味深そうねノブユキくん? ふふふ……これから解体して料理店に卸されるのよ」

「直接、お店に持っていかれるんですか」

「ノブユキくんの元いた世界では違うの?」

「魚なら魚を専門に扱うお店、肉なら肉を専門に扱うお店に卸されて、そこから購入する感じでしたね」

「ふーん、こっちよりもワンクッション多いのね。ギルドはあったの?」


 ノブユキはすこし考える。

 ギルド……確か組合という意味だ。互助組織という形でならあったと思う。


「ありましたね」

「へえ……同じくギルドはあるのに不思議ね。文化が違うのかしら」

「そんなところでしょう」

「あ、そろそろわたしたちの順番よ。ノブユキくんも買いつけを手伝うんだからね」

「え。聞いてないんですけど?」

「大丈夫。今、決めたことだから」

「なにをもって大丈夫なんだかわかりません!」


 あっはっは、と快活に笑うリーネ。

 ノブユキは不安だった……何かよからぬフラグが立っていそうで。



 ◇  ◇  ◇


「次の方どうぞ」


 呼ばれて、リーネとノブユキは、受けつけの小窓に接近する。


「カレールーを仕入れに来たわ!」


 すると、「おおっ」とギルド内がざわめいた。

 ノブユキは、「そんなに珍しいものなのか」とギルドにいる人々の反応を観察して察する。


「あの、失礼ですが、ご予算は?」


 黒髪に白い肌の綺麗なヒューマンらしきお姉さんが、疑いの目で問いかけてくる。

 まあ、当然と言えば当然か。

 身なりはそこらの一般市民と変わらないし。受けつけに並んでいる人の何人かは、こちらの世界で言うところのスーツやレディースを着込んでいる。彼ら彼女らに比べられたら、そりゃ心配してくるに決まっている。


 しかし、リーネは不敵に笑い。

 唱えた。


「《金庫》リーネ、《金庫》ノブユキ」


 命の恩人をこう言っちゃなんだけど。

 この女、マジでやりやがった! 今まで人が汗水……はそれほど垂らしていないにしても、頑張って料理を作ったり召喚して得たお金を、あっさり自分のものとして、提示しやがった!

 リーネさんマジぱねえっす。

 そこにしびれる、あこがれるぅぅ!!

 ……頭がどうにかなりそうだ。


 受けつけのお姉さんは、魔法で呼び出された金庫のなかを確認する。


「こ、これは! 失礼しました! 少々お待ちください!!」

「ふっ、あまり時間はかけないでちょうだいね」

「か、かしこまりました!」


 かんかんかんかん!

 何やら受けつけの奥で、急ぎ階段を上る足音が。

 かんかんかんかん!

 数分もしないうちに、受けつけのお姉さんは戻ってきた。


 息を切らしている。ちょっと落ち着こうよ。


「ただいま手元にございますのは、これらの品でして!」


 お姉さんは言うと、魔法を唱えた。

 宙に画像や映像、それに連結するような説明文が浮かびあがる。


「さてさてノブユキくん」

「なんですか、リーネさん」

「この中で、きみならどれを選ぶ?」

「と言われましても、知らない名前のカレールーばかりなんですが」


 ノブユキの知っているカレールーは……ぼんやりと頭に思い浮かべる。

 カレールーの奥深さが気になって、元いた世界で調べた時を思い出す。

 たしか。

 ウェブサイトを参考にした気がする。

 どれもこれもメーカー名の商品なので、こちらの世界では召喚できないはず。


 画像や映像や説明文から判別できるのは、固形か、粉状か、ペーストかくらい。

 これは困った。


「あら、ノブユキくんの世界にもカレールーはあったんじゃなかったの?」

「ありましたけど、名前がまったく違うんですよ。さすがに原料となる香辛料に挑戦することはしなかったので」

「仕方がないわね。なら、わたしのお任せでいいかしら」

「……お願いします」


 なんだかやるせない気持ちでいっぱいになる、ノブユキ。


 そうして。

 なんだかんだと、「おめーら、カレーをやるつもりか?」などとギルトにいた人々から質問攻めに遭いつつ。

 なんとか仕入れに成功したリーネとノブユキだった。



 ◇  ◇  ◇


 料理人ギルドからの帰り道。

 ふたりは並んで歩いていた。

 太陽がやや傾き始め、空がうっすら橙色になっている。


「はああ、買った買った! 久しぶりに散財すると気持ちがいいわね」

「散財とか物騒なこと言わないでください」

「ノブユキくん、乙女はね。使ったお金の量だけ美しくなるものなのよ?」

「はいはい、ウソウソ」

「ちっ、もう通じないか」


 リーネはウソをつくとき、身体をぷるぷる震わせる。

 ノブユキには既知のことだ。


 それよりも気になるのは、使ったお金の量だ。


「で、どれだけ減ったんですか、お金?」

「ん。1/3くらい?」

「……」


 ノブユキは立ちくらみがして倒れそうになるところを、必死にこらえた。


「無駄にはできませんね。リーネさん、俺にこの世界のライスカレーを作ってくれませんか? 味を覚えて、元いた世界で味わった名店に近いものを再現するので。そうすれば、あとはカレールーを購入しなくても召喚でなんとかなります」

「相場が崩れないかしら。あとカレールー職人から嫌われそうだけれど」

「やってみるんじゃなかったんですか?」

「うーん、いいのかしら……」

「食べたくないんですか?」

「すっごく食べたいわ」


 リーネの口元から透明な雫があごをつたう。

 釣られて、ノブユキも、じゅるり、と口内に充満した唾液を飲み込んだ。


「カレーってなんでこんなに食欲をそそるんでしょうね」

「そんなの美味しいからに決まってるじゃない」

「でも調合をミスしたら不味さ満点のものができあがりますよ?」

「うまくいった時の味が絶品だからでしょうね」


 カレーほど罪深いスプーン料理もない。

 2人は互いに納得しながら、大衆食堂『りぃ~ね』の扉の向こうへ消えていったのだった……。



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カレールーについては、下記のウェブサイトさまを参考にさせていただきました。

本格な料理店でも香辛料から作っているところは、ほぼなさそう。

うわーん!!


https://precious.jp/articles/-/20763

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