#05 人目なんて気にしていられないのっ





眠い。今日は学校を休みた……い。なんて……思いながら寝ぼけ眼のまま上半身を起こしてベッドで再び微睡まどろむ……。



「春くん〜〜〜? 起きないと秋乃ちゃんがねちゃうよ〜〜〜?」

「ちょ、ちょっと充希先生―――ッ!?」



……は? 

拗ねる? なんで?



もうこんな時間か。昨夜はムカムカしてラノベを一冊読んでしまった。甘々で砂糖マシマシな極上のスイーツ系ラブコメに胸焼けして朝方まで眠れなかったのだから、学校なんて行きたくないと思うのも当然のこと。


それに、秋乃という邪悪で粗暴な悪魔JKが隣の席で冷たく、傲然ごうぜんと我が物顔で居座る上に、馬鹿な男子が裏の顔も知らずにはやし立てるやかましさに毒されているからには、当然ながら学校を休んでも良い権利が与えられるはず。



よし、俺は体調不良だ。

そういうことにしておこう。



「ちょっとぉ。春くん? 秋乃ちゃんと放課後デートするんでしょ〜〜〜??」



……え? なんで母さんがそれを知っているわけ?



しかも、放課後デートとか青春という名の恥にまみれた愚かな行為をするってことになっているのか?

ネーキッドオータムカフェ二号店に行きたいという秋乃に、仕方なく俺が付き合うだけの、言ってみれば水先案内人的な? 保護者的な? そんな身分で付いていくだけなのに。



あの女……話を盛りやがったな。

俺が行きたい行きたいと駄々をこねた話になっているとか?

は?

迷惑千万もいいところだって。




仕方ない。起きるか。




食卓には朝食が並んでいて、すでに父さんは食べ始めていた。



「春高……気持ちはわかるよ。だけど、慎重にな。女の子は繊細だから焦らずにゆっくりと距離を縮めるんだ」

「……父さんは何の心配してるんだよ」



父である倉美月春夜くらみつきしゅんやは食パンをかじりながらとんでもない勘違い発言をする。その言い分だと俺が秋乃のことを好きで、なんとか恋人になってもらおうとか、青春真っ盛りの男子高生という名の肉食獣を思い描いているようだけど。



「春高くらいの年なら、こんな美人さんが居候いそうろうしていたら好きになるのも分かるから」

「分かんないよ。あれ、言ってなかったっけ? 俺が好きなのは『月下には雨。踊る妖狐』の花月雪かげつゆきだけ。オータマのことはむしろ嫌いだから」

「照れるんだな。お前もやっぱり成長していて嬉しいよ。ねえ、充希」

「本当に、春夜くんそっくり。青春時代が懐かしいね」



もう勝手に自分たちの青春でも語り合っていてくれ。とにかく、俺は色恋沙汰いろこいざたには興味がないし、それも相手がこんな腹黒い性悪女の氷雨秋乃ならなおさらのこと。雨降って地固まる的なシチュエーションも期待しないで欲しい。

っていうか普通の両親なら同じ屋根の下に思春期の男女を一緒に暮らさせるかね?

それも、交際を勧めるような匂わす発言とか。

あり得ないんだけど。



「秋乃ちゃんも座ってね。朝ごはん食べるでしょ?」

「は、はい。ありがとうございます」

「わたしも娘ができたみたいで嬉しいの」

「僕も〜」

「ほ、本当ですか〜〜〜わーん。嬉しいです〜〜〜♡」

「チッ」

「「春高ッ!! 舌打ちしないッ!!」」



一気に朝食を食べて歯を磨いて着替えて準備して靴を履いて。

「いってきます」とぽつりつぶやくと「春くんちょっとぉ」と母さんの声が背中の方から聞こえた。



「なに?」

「秋乃ちゃんをちゃんとエスコートしてあげて。通学路で誘拐されたり乱暴されたりしたら大変じゃない」

「え? ここは南米だっけ? それとも中東の紛争地域だっけ? そんなことあるわけないじゃん」

「女の子を守るのも男の子の役目なの。だから——」

「いえ、わたしは一人でも大丈夫です」



制服姿の女神——じゃなかった。悪霊の神を具現化したような氷の地に君臨する自分勝手にも民の税収を貪る、悪の女王のようなシケたつらの秋乃が無表情で母さんの横を通り過ぎていく。りんとした表情のまま俺をチラッと見て上がりかまちに腰掛けた。



「秋乃ちゃんと春くんが一緒にいるところを見られたらマズイって思っているなら大丈夫よ?」

「は? コイツなにげに有名人だよ? 月下妖狐を知らない人なんていないし、オータマってアンチも多いけど人気もまだそんなに衰えていないよ? 俺が一緒にいたらマズイって」

「だって、もうすでに門の前に人だかりできているけど?」

「……は?」

「もうバレているから隠しようがないよ。大丈夫、うちは秋乃氷雨ちゃんの親族の家って情報流しておいたから」

「……それでも俺と、秋乃が一緒なんて」

「うん。春くんと秋乃ちゃんは仲の良い従兄妹いとこってことで。だから一緒に登校しても、同じ家から通っているってバレても問題ないの」

「……問題ない……わけねえだろぉぉぉぉぉ」



と言い残して、俺はダッシュした。秋乃を置き去りにして門扉まで秒で駆け抜ける。が、人だかりに視界を塞がれた。


男子と女子が入り混じり、人垣ひとがきとなった群衆に行く手をはばまれる。なんなのこれ。



大迷惑なんだけど?



「おい、春高テメエ、秋乃様を独り占めなんてぶっとば……させていただけます?」



刺々とげとげしくも多勢に無勢の横暴で粗暴な口調から突如敬語に変わって、おかしいやつもいるものだと横を見たら秋乃が群衆を冷たい視線で射抜いていた。一言「どいてください」と澄んだ声で言い放つと、人垣はまるでモーセによって割られた海のように真っ二つに分かれる。



「春高。いこっ」

「あ、ああ」



呆気にとられて、つい返事しちゃったけどなんで俺が秋乃なんかと一緒に登校しなきゃならねえんだよ。いや、週刊誌とかSNSとかにすっぱ抜かれても大丈夫なのか?

と思って、慌ててスマホを取り出してインスタ見たら普通に秋乃が茨城にいることがバレていた。

秋乃がどうなろうと俺の知ったことじゃないけど……大丈夫なのか?



「お、おい、本当にいいのか? もう少し変装するとか、送迎を誰かに頼むとか手はあったんじゃないのか?」

「……別に。今さらなに? あたしのゴシップは知っているんでしょ?」

「し、知っているけど。火に油を注ぐような真似しなくてもいいだろ?」

「だって、充希先生の言う通り、親類の家から出てきて仲が良い従兄妹同士が一緒に連れ立って通学するのっておかしい?」

「おかしくは……ないけど」

「ならいいじゃない」



いや、よくよく考えてみたら……従兄妹だとしてもよろしくないんじゃない?

従兄妹という前提条件を知らない人もいるだろうし。

まして、何を持って大丈夫って言っているのか分からないんだけど?



いや、その前に秋乃は敵だったッ!!

忘れそうになっていたけど、なんで俺が一緒に通学しなきゃいけないんだ?




だめだ、完全にペースに飲まれている……。




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