#04 デートに誘っちゃったっ! えへ!



そんなつもりないのに。

俺は、秋乃になんて興味もなければ、むしろ嫌いだ。



「……俺は出ていく。お前はテキトーにくつろげッ!!」

「……へ?」



膝を折って玄関の上がりかまちに腰掛けてスニーカーの紐を結んでいると、唐突に玄関の引き戸が開いた。



「あら。春ちゃんどこにいくの?」

「伯母さん……?」

「伯母さんはダメ。飛鳥あすかさんって呼んでって」



父さんの姉である倉美月飛鳥くらみつきあすかさんは、ジュエリーデザイナー兼CEOを務めるキャリアウーマン。最近は在宅ワークがほとんどだけど、月に何回か東京におもむいている。

伯母の仕事の内容はよく知らない。あんまり仕事の話を家でしない人なんだよな。

結婚はしていない。だから子供はいない。

自分で言うのもどうかと思うけれど、俺を溺愛している。

あれ、今日は帰ってこない予定だったんじゃなかったっけ。



「それでどうしたの? 秋乃ちゃんと仲良くできなかった? あれ、春ちゃんって月下妖狐好きじゃなかった?」

「……いや。氷雨秋乃と一緒に暮らすなんて不可能だって。俺、ちょっと頭冷やしてくる」

「……ふーん。青春だね」

「は? 何が青春?」

「顔を見れば分かるって。いってらっしゃい。気をつけてね」



にんまり笑う飛鳥さんを横目に玄関を飛び出した。



俺はそれまで何の不満もなく過ごしてきた。家族に対しても、学校生活に対しても何の不自由を感じることなく過ごせていることに安寧あんねいを感じていたし、ラノベに没入している時間は多幸感すら覚えていた。

それなのに。



それなのに、今日一日でそのすべてがぶち壊し。

ぬるま湯に浸かって過ごせていたのに、突然冷水をぶちかけられた気分になった。




厳しい冬の寒さこそないものの、まだ肌寒い春の夜の月の下、すでに本日の運行が終わったバス停のベンチに腰掛けて項垂うなだれた。

初日からこれでは、この先も見通しの効かない暗澹あんたんのようだ。どれくらいあいつが家にいるのか知らないけれど、とてもやっていけそうにない。



「春高? 寒いから帰ろう?」



顔を上げると、秋乃が寒そうに見下ろしていた。

なんで付いてくるかな。もしかして空気読めない?

俺なんて放っておいてくれて構わないのに。



腕組みをして身体を小刻みに揺らしている。いや、風呂上がりにそんな薄着で来たら風邪引くじゃねえか。



「……お前は俺を一人にさせる気はないのな?」

「——ごめん。言い過ぎた」

「別に謝られるようなことしてねえじゃん。それより、俺の方こそ……その、悪かった」

「……え?」

「覗くつもりも、紙袋の中を詮索するつもりもなかった。でも、見ちゃったものは見ちゃったし。女なら、そういうの嫌なんだろうって」

「……じゃあ、駅前のネーキッドオータムカフェ二号店で手を打つ」

「——は?」

「そこのスイーツが茨城でランキング入りしているっていうから。そうね。明日の放課後とかどう?」



こ、この女は人が下手に出ていれば調子に乗りやがって。それに、オータマと俺が一緒にいるところを見られて勘違いされたらまた大炎上するじゃねえかよ。その延焼に俺を巻き込むのは止めろよな。そもそもこいつは自粛するとかっていう気はないのかよ。



「イヤだって言ったら?」

「帰って飛鳥さんにパンツ見られたこと言う」

「待て。いや待て。その言い方には語弊と悪意がパンパンに詰まってる。まるで俺がパ、パンツを穿いてる……お前を見たような言い方じゃねえかよ」

「じゃあ、裸を見られたって言う」

「ガラス……それも磨りガラスな? お前、わざと言ってんだろ!?」

「事実じゃん?」

「それ、まじで叙述的じょじゅつてきトリック、それも下手な作家が書いた最低叙述だからなッ!?」

「それで、どうなの? 明日の放課後付き合ってくれるの? くれないの?」

「……分かった。ただし、誰かに見つかりそうになったら席を離れる。それでいいか?」

「うん。ありがと」



それにしてももう四月だというのに冷え込むな。風邪引かれても困るし。

もし体調でも崩されて、その原因が俺だなんて言われたら言い訳を考えるのが面倒だ。



「ほら。着ろよ」

「え? 春高? あなたが薄着になっちゃうじゃん?」

「湯冷めするよりはマシだろ。パーカーくらいで心配するな」

「……う、うん」



いきなり静かになって、逆に気まずいじゃねえか。

見上げた空に星辰せいしんまたたく。

春の夜の冷たい空を見上げていると、秋乃が俺の肩を軽く殴ってきた。



「なんだよ?」

「なにか話してよ」

「なんでだよ。俺はこう見えて物静かで知的なキャラなんだから、無口なくらいでちょうどいいんだよ」

「どっちかっていうと暗いオタクじゃん」

「お前な。全国のオタクを敵に回すぞ?」

「違うの?」

「……そうだけど、お前に言われるとすげえムカつく」

「……ムカつくとこ悪いんだけど、そろそろ教えてくれない?」

「なにを?」

「わたし達まだ自己紹介とかしてなくない?」

「……めんどくせぇ」

「あたしは、氷雨秋乃。三歳からダンスを初めて芸能界を夢見てオーディションを受けるも失敗続き。子役でドラマが決まったものの一度きりでそれっきり。二度目のオーディションは失敗。オファーも当然来なかった。演技がダメみたい。でもダンスと歌うことが好きで、一五歳のときにニューチューブで歌を披露したらチャンネル登録者数が激増。それで天野星陰あまのほしかげっていうボカロPのユニットに呼ばれて現在に至る。はい、次、春高」

「生まれたときからオタク。以上」



俺はオータマとかユッキー様のように才能豊かじゃない。まして、堂々と自分の経歴を話せるような矜持きょうじもなければ、特筆した何かを持っているわけでもない。

父親は俺と同じくらいの時にダンサーとして名をせたらしく、母親は芸能人だった。

物心ついたときから……俺はサラブレットだと褒め称えられて……いや止めよう。

親が立派だからって、子供がそうとは限らない。



「ダンス……してないの?」

「俺が? できるわけないじゃん。運動苦手だし。お前とは違うから」

「……ふぅん。じゃあさ」

「なあ……それを聞いてなんになる? 今日は悪かった。邪険にして勝手に感じ悪く接したことは謝る。だから、そんな性格悪いやつの話なんて聞いても耳が腐るだけだから」



秋乃はそれ以上なにも言わなかった。

ただうつむき風が彼女の髪をなびかせた。その髪を耳に掛けたとき、横顔は少し寂しそうに見えた。




俺がぞんざいに接したときよりも、なんでそんなに悲しそうな顔をするんだよ……。


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