第30話「鉱山の街」

 鉱山の案内には、何人ものが競うように手を挙げた。

 冒険者もほとんど訪れない辺境の街である。

 火竜リントブルムの行動範囲に重ならない場所のヒヒイロカネが採掘しつくされてからは、価値の大幅に下がる鉄鉱石を掘ることしかできず、街は衰退した。

 半数の鉱夫は街を離れ、残りの鉱夫はヒヒイロカネで稼いだ財を崩しながら、細々と生活している。

 そこに現れた王族に連なるウィルヘンベルグ大公家ゆかりの仕事である。

 話を聞けば、大きな危険もなく山の向こうへ抜ける坑道の存在は誰でも知っているようだった。


「誰でもよい。余らを早急さっきゅう案内あないいたせ」


「へぇ、早急にってのはどのくらいで?」


 具体的な日数を聞かれ、ヒルデガルドは言葉に詰まる。

 尊大に腕組みをしたまま振り返って助けを求めると、サシャがベルの後ろから答えた。


「え、えっと、つ……次の新月までに学園に戻らなければいけないですし、ち……地図の場所で武器を作ってもらう時間もあるので……」


「ちょっと待った。武器をだって?」


 鉱夫に詰め寄られたサシャは「うひっ」と悲鳴を上げ、今まで以上に小さくなる。

 ベルは手を広げ、鉱夫を遮った。


「そうだ。何か問題があるか?」


「馬鹿を言うんじゃねぇ。何かを取りに行くってんなら話は別だが、武器を作るとなったら数週間はかかるぜ。坑道を近道しても、片道一週間はかかる。不慣れなあんたらを連れての道なら十日は見ておかねぇとな」


「……なんじゃ、つまりどういうことじゃ」


「間に合わねぇってことですよ。大公さまのお嬢さん」


 ベルたちの道行きが不可能なものであることを知り、男たちは興味を失ったようにテーブルに戻り、酒を飲み始める。

 坑道のプロである彼らから「無理だ」と言われ、ベルも途方に暮れた。


「だ、だから言ったじゃないか。最初から無理だったんだよ」


 サシャは恨みがましくベルの腰から見上げる。

 ヒルデガルドも苦々しげに鉱夫たちを見たが、それ以上どうすることもできなかった。


「仕方なかろう、今日はとりあえず宿をとって、明日また考えるとしよう」


 酒場が兼任する宿屋で部屋を取ろうとヒルデガルドが歩き始めると、かすめるように小さな影が走る。

 よろけたヒルデガルドを避け、そのまま酒場を出ようとする少年の手を、ベルがひねり上げた。


「いてぇっ! なんだよ! ちょっとぶつかっただけだろっ!」


「ぶつかったことならどうでもいい。それよりその財布はヒルダのものだ。置いていけ」


 ベルの言葉で、ヒルデガルドは自分の腰に下げていた金貨の袋がなくなっていることに初めて気づく。

 少年は懐から財布を取り出して投げ捨てると、ベルを睨みつけた。


「貴族なんだからこれっぽっちの金貨がなくなったってどうってことねぇだろ! 返したんだから離せよ!」


「返せばいいってもんじゃない」


 自警団へ引き渡すというベルの手を、サシャが止めた。

 振り払おうとしてバランスを崩した少年が床に倒れる。

 倒れた少年を助け起こしほこりを払ってやると、サシャは自分の懐から小さな金貨袋を差し出した。


「ご……ごめんね。あ、あの金貨がないとぼくたちも困るんだ。こ、これ、少ないけど」


 サシャも地方都市の出だ。

 この少年の境遇はなんとなく想像ができたし、自分もギフトがなければ同じようなことをしていたかもしれないという思いもあった。

 美しい少女と見まごうサシャに優しく諭され、少年は顔を赤くする。

 サシャの金貨袋に手を伸ばしかけた少年は、思い直して顔をそむけた。


「……施しはうけねぇ」


「盗みをやろうとしたくせに、かっこつけるなよ」


「うるせぇ! こちとら矜持きょうじってもんがあんだよ!」


 思わず噴き出したベルに、少年が啖呵を切る。

 矜持という言葉を聞いて、世界最強の異能者の背中を思い出し、ベルは少年の顔を改めて見直した。


「で、どう落とし前をつけるんだ?」


 ベルに問われ、少年は床に胡坐あぐらをかいたままにやりと笑う。

 サシャに向き直り、どんと胸をたたいた。


「あんたら山向こうの村に行きたいんだろ! この俺様が……世界一の鉱夫ヴォルフガング・モルダーの息子、カール様が案内してやる! 二日以内にブランドシュタールに送り届けて見せるぜ!」


 声高らかに宣言し、小さく「ま、報酬こっち次第だけどな!」と、親指と人差し指で輪っかを作って見せる。

 平気で盗みを働き、捕まったら開き直るようなカールを信用していいか判断がつかず、それでも彼に頼ることしかできそうにないベルは、ヒルデガルドと顔を見合わせた。

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