第29話「進むべき道の先」
羊皮紙に示された「ブランドシュタール」という名前の村はすぐに見つかった。
ただしそれは地図上でのことだ。
ヒルデガルドの言いつけでメイドが用意したドゥムノニア全域を示す地図の端、
山を大きく迂回し、ウレキオンとの国境を越えて向かうにしろ、無謀な山越えを選択するにしろ片道だけで次の新月は優に超えてしまう。
何度も道のりを指でなぞったサシャは、女の子のように美しい顔を両手で覆った。
「ど……どうする? ベル。これじゃあ次の新月までに戻ってくるなんてふ……不可能だよ」
「ふん! おおかたあのバカ教官めがベルに嫌がらせをしておるのじゃろう! いけすかんやつじゃ!」
ひょいと小さな焼き菓子を口に放り込み、ヒルデガルドが毒づく。
二人の言葉を黙って聞いていたベルは、腕組みをしながらも口を開いた。
「いや、ロックは意味のない嫌がらせをする男じゃない。俺が何か見落としてるんだ」
ヴァレンシュタインを昔の
しかしベルは腕組みをして地図を見つめるだけで、自分が言葉を発したことにすら気づいていないようだった。
「……まて、この印はなんだ?」
地図を指さし、ベルは顔を上げる。
サシャとヒルデガルドの泣きそうな表情に、ベルは驚いた。
「どうした?」
「なんでもないよ。それよりど……どの印のこと?」
何事もなかったように、サシャが身を乗り出す。
ベルが指し示す先には、山の東西に、三角の中に太陽を模したような単純な記号が描かれていた。
「これは……こ、鉱山……だね」
「鉱山? じゃあこの印同士はつながってるんじゃないか?」
「そ、そうかもしれないけど、この印は……」
喜ぶベルとは対照的に、サシャの表情は暗い。
ヒルデガルドもブドウのジュースをごくりと飲むと、首を振った。
「そうじゃの。余も魔道具論で教わったぞ。星の印はオリハルコン、月はアダマンタイトを示しておる」
「じゃあ太陽はなんだ?」
「……ヒヒイロカネじゃ」
伝説の金属の名前だった。
太陽の力を宿す、赤黒く輝く金属。
かのアルカイオスもヒヒイロカネの
いつまなら「アルカイオス英雄譚」の話題になれば見る見る饒舌になるはずのサシャの表情は暗いまま。
理由がわからないベルは、二人の言葉を待った。
「ヒ、ヒヒイロカネが太陽の石と呼ばれてるのは……し、知ってるよね」
「ああ、アルカイオスも火を噴く山の溶けた岩の中から手に入れたってやつだろ?」
「まぁそうじゃの。
ベルの頭の中にもすぐにその姿が浮かんだ。
ドラゴンの中で最も巨大で知性も高く、凶悪なことで知られる翼なき火竜リントヴルム。
最も下級なドラゴンであるワイバーンですら、第三層レベルのモンスターとして位置づけられていることを考えても、出会ってしまえば【死】以外の可能性は見いだせなかった。
「……べつに一番奥まで冒険してヒヒイロカネを手に入れようってわけじゃない。通り抜けられればいいんだ」
「そ、そもそも繋がってるかどうかも、わ、わからないんだよ!」
「だけどここ以外にひと月で行き来できる可能性なんかないだろ!」
「だ、だからそもそもむ、無理な指令なのかもしれないじゃないか!」
「ロ……
珍しく感情的になったサシャとベルが、地図を挟んで睨みあう。
一触即発の空気の中、ヒルデガルドはストローを「ずごごっ」と鳴らして最後のブドウジュースを飲むと、ひょいと椅子から飛び降りた。
「よかろう、ならばまずは行ってみようではないか。馬車を乗り変えながら行けば、夜には鉱山の村につくじゃろ」
「ヒ、ヒルダ! ああもう、どうしてこんな時にハルトがいないんだ!」
「そう心配するでない。鉱山の村に行けば鉱夫もおるじゃろ。道を知っているものを雇えばいいのじゃ」
ヒルデガルドに言われてもまだ心配事が尽きないサシャも、最終的には説得され、用意された馬車に乗り込む。
いつもヒルデガルドたちが乗っているものとは根本的に違う、二輪で二頭引きの馬車はひどい揺れだったが、驚くような速度で走った。
砂埃と汗にまみれた馬と御者を村ごとに変えながらの旅程は、本来数日かかる距離を半日で走り切る。
途中サシャが胃の中身をすべてぶちまけたこと以外は何の問題もなく、
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