第20話「ユーバーガングをめぐる」

「一つ確認ですが、わたくしたちのドゥムノニア語はちゃんと聞き取れていますでしょうか?」


 アミノの話はそんな確認から始まった。

 大迷宮、第二層。

 未踏エリアである大空洞フェルゼンホーフル最奥さいおう

 そんな悪意あるモンスターがうごめく場所にあってなお、アミノの声はクリスタルの奏でる音のように澄み渡り、心地よく響いた。

 パーティを代表して、ハルトムートが肯定の意を示す。

 アミノは微笑みをたたえたままうなずくと、ロウリーとお揃いのチョーカーに指を置き、話をつづけた。


「それは良かった。すみません、翻訳の魔石を使うのは初めてのことでして」


「なんだよアミノ、プリスニスだって完璧なドゥムノニアの発音だって言ってただろ」


 ロウリーが頭の後ろで両手を組んだまま、八重歯を見せて笑う。

 サシャは目を細め、眼帯をわずかにめくる。

 しかし、アミノとロウリーのさまざまな装備品からあふれ出る魔法元素マナのあまりの量に「うひっ」とうめき声をあげると、すぐに眼帯を元に戻した。


「みなさんドゥムノニア王立学園の生徒さんですね?」


「はいそうです」


 続くアミノの問いかけに、何も考えずにマルティナが答える。

 ハルトムートはあわててマルティナを制したが、その行動は遅きに失した。


「ぷっははっ、そう警戒すんなよ。ドゥムノニアの動きは把握してる。ただの確認だ」


 彼のあまりのあわてぶりに、思わずロウリーが吹き出す。

 ハルトムートの心配と行動は正しい。

 正しいが、新世代の英雄……未だに世界に数人しか認定されていない『第六層冒険者』である二人に対してのその行動は、一生懸命子どもが大人を欺こうとしているような、かわいらしい滑稽こっけいさがあった。

 頭の回転の速いハルトムートは、自分でもそのことに思い当たり、顔を赤くする。

 アミノは長いまつ毛に縁どられた目を細め、ロウリーを睨んだ。


「失礼ですよ、ロウリー」


「いや、だってさー」


 まだ何か言いたげなロウリーも、アミノの無言の圧力に口を閉じる。

 アミノとロウリー。新世代の英雄と呼ばれる第六層冒険者の普段の関係性がわかるそんなやり取りに、空気が和んだ。


「さて、ドゥムノニア王立学園のみなさんに話しておかなければならないことがあります」


 ゆるんだ空気を見計らったように、アミノが言葉を継ぐ。

 その表情は厳しく、有無を言わさぬ強さがあった。

 全員の視線の集まる中、巨大な破城槌――パイルバンカーと呼ばれる【爆槍】アミノ・スフェロプラストのギフト専用武器が床に突き立てられる。

 まるでそこに巨大な城壁が現れたように、ベルたちには感じられた。


「わたくしたちの調査で、この部屋には『転移の指輪』があると確認されています」


 ベルとサシャが顔を見合わせる。

 アルカイオス英雄伝に詳しくない者でも知っている特級遺物アーティファクトの名に、他のメンバーもそわそわと次の言葉を待った。


「が――その『転移の指輪』は、わたくしたち第八王国冒険者ギルドが接収します」


「なんじゃと! そのような勝手、余が許さぬぞ!」


 一番最初に反論したのはヒルデガルド。

 その後、当然ながらハルトムートやサシャからも声が上がる。

 しかしその声も、アミノの無言の圧力でつぶされた。


「……特級アーティファクトは国家や個人が持つことは許されません。ギルドの約款やっかん――七王国すべてより承認を受けた第八王国の国法の元に、ギルド管理下に置かれるのです」


「ここには俺たちが最初にたどり着いた。だから権利は俺たちにあるはずだ。お前たちがアーティファクトを横取りする根拠を言え」


「だぁかぁらぁ、ギルドの約款に書いてあんだよ」


「その約款とかいうやつを俺たちが守る義理はないだろ」


「んだとこのガキー!」


 ロウリーとベルがにらみ合う。

 最初にロウリーの手がナイフの柄にかけられ、その場の全員に緊張が走った。


「おやめなさい」


 微動だにすることもなく、視線も動かさないまま、アミノの叱責が飛ぶ。

 その声に、目の前の相手と対峙していたはずのベルは思わずアミノを見てしまった。

 戦闘中のなど論外。

 ベルの教えられてきた戦場のことわりで言えば、ベルはもう死んでいるのと同じだ。

 ロウリーが引くのを見て、ベルは拳を収めざるを得なかった。


「特級アーティファクトは、それ単体で世界のバランスを崩しかねないものです。例えば制限なく転移を行える指輪は、各国の要人暗殺を容易にしてしまいます」


 想像力を働かせずとも、アミノの説明には誰もが納得せざるを得ない。

 それでも、今まで本の中でしか知ることのできなかった夢の財宝アーティファクトを目前にして、ベルは黙っていることができなかった。


「それをお前たちが悪事に使わない保証だってないだろ」


 アミノの顔色がさっと変わる。

 今までの余裕ある立ち居振る舞いからは想像もできない、怒りの表情だった。

 それでも鋼のような自制心は、彼女をその場に押しとどめる。

 パイルバンカーを握る手から、ミシリと軋む音が漏れた。


「……一度は許します。でも、二度と冒険者の矜持きょうじを……ベアさんを……【冒険者王】ベゾアール・アイベックスの名を辱めることは許しません」


「そうだぞ、言葉に気をつけろクソガキ」


 二人の英雄から、物理的質量を伴う圧力が放たれていた。

 生命力オド魔法元素マナと共鳴し、周囲に渦巻く。

 感受性の高いサシャは、それだけで思わず吐き気を覚え、膝を折った。

 勝敗は決まった。

 ハルトムートは、ここからできる限りのいい着地点を求め、ベルの前へと歩を進めた。

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