協奏《コンツェルト》

第19話「新世代の英雄」

 探索二日目。

 交代で夜番を務め、太陽も見えない朝を迎えたハルトムート隊は、眠い目をこすりながら探索をつづけていた。

 他のパーティには出発以降出会っていない。

 それは、この『大空洞フェルヘンボーフム』が入り組んでいることを示していた。

 地図の空白を埋めるように、細かく区切られた部屋を進む。

 第二層としては異常なほど強力で、出現する密度も高いモンスターを警戒し、カンテラの明かり窓は絞られ、みな一様に押し黙っていた。


「……のうベル。余はそろそろ湯あみがしたいぞ」


 沈黙に耐え切れず、ヒルデガルドがそんな言葉を口にする。

 同時に、先頭を歩いていたベルが行き止まりに扉を見つけた。


「お風呂の部屋だといいですねぇ」


「そんなわけなかろう」


 空気を和らげるためのマルティナの相づちを、ヒルデガルドが即座に切り捨てる。

 涙目のマルティナをよそに、扉を調べ始めたサシャが小さく驚きの声を上げた。


「べべべベル! ここここれ!」


 扉の表面に、カンテラの明かりで赤銅色しゃくどういろのプレートが丸く浮かび上がる。

 顔を近づけて表面の凹凸を見たベルも、サシャと同じく驚いた。


古代語アルターシュプラーハ?!」


「そそそそう! 見たことあるだろう?!」


「――言葉は原初より神と共にあり。言葉によりて万物は形を成し、言葉によりてすべての命は生まれたり。唱えよ命の名、万物の名前を」


 厳かに、ベルは何度も読み返した『アルカイオス英雄伝』の一説を暗唱する。

 それはアルカイオスが大空洞の奥底で見つけた部屋の扉に書かれた碑文だった。

 古代語を読めるハルトムートが何度も確認する。

 そのプレートに刻まれた文字は、確かにベルが読み上げた通りの文そのものだった。


「……で? ベル、サシャ、この扉はなんなのかな?」


「そうじゃ、二人だけで分かっておらんで説明せんか!」


 ハルトムートに続き、ヒルデガルドも声を上げる。

 背後を警戒していたマルティナも、無言で何度もうなずいた。

 最初はただ驚いていたサシャとベルは、顔を見合わせてニヤァっと笑う。

 オタク特有のその何とも言えない笑顔に、ヒルデガルドは「うっ」と身を引いた。


「……アルカイオス英雄伝の前半、大空洞の奥にある『深奥の間』に刻まれている文言だよこれは。ベルも知ってるとおり、転移の指輪を見つけ、その後した場所でもある」


「つまり、この中に入ることができれば、特級遺物アーティファクト――」


「――転移の指輪ユーバーガングを手に入れられる」


 最後の言葉は、ベルとサシャ、二人の口から同時に発せられた。

 困惑するハルトムートたちをよそに、ベルとサシャは解呪の言葉についてああでもないこうでもないと意見を交わしている。

 やがて意見も出尽くしたのだろう、とりあえずいくつかの候補を読み上げてみようと意見は一致し、ベルはプレートの前に立った。


「ちょっと待ちなよ、あんたたち」


 声をかけられたのはその時だ。

 しかも声の発せられたのは、後ろを警戒していたマルティナの

 つまりマルティナとハルトムートの間からだった。

 誰もいなかったはずの空間に、マルティナとそう身長の変わらない少女が姿を現す。

 乱雑に切りそろえられた金色の髪。唇の端からチラリと見える八重歯。鎧とも呼べないような簡素な衣服。

 不敵な笑みの浮かぶそのかわいらしい顔は、学園では見たことのない顔だった。


「あんたらバカなの? 今いきなり合言葉を言おうとしたろ?」


 ハルトムート、ヒルデガルドの脇を無造作に進み、ベルとサシャの前に割り込む。

 腰に手を当ててこれ見よがしに大きなため息をつく少女を見て、ベルはハルトムートに「だれ?」と目くばせしたが、ハルトムートも首を横に振ることしかできなかった。


「なんじゃこのチビは! いきなりバカとは無礼であろう!」


「ん~だと?! チビっていうな! お前のほうがチビだろ!」


「……ロウリー、今のは初対面でバカと言ったあなたが悪いですよ」


 がう~っと唸りあうヒルデガルドと金髪の少女に向け、通路の奥から声がかけられた。

 手に握られた巨大な破城槌が、ガシャリと音を立てる。

 暗闇から、その無骨な武器とは相容れない美しい少女が姿を現した。

 左右に結ばれた亜麻色あまいろの髪が絹糸のように肩を流れている。

 身長はマルティナたちとさして変わらなかったが、整った顔立ちは大人びて見えた。


「失礼しました皆さん。わたくしはアミノ・スフェロプラストと申します。その娘はロウリー・ブレンステッド。第八王国冒険者ギルドのものです」


 思いもよらない丁寧なあいさつに、ハルトムートたちも名前を名乗る。

 最後にベルが名前を告げたところで、マルティナが声を上げた。


「あ、あの。失礼ですが、【爆槍ばくそう】と【葉隠はがくし】の……あの新世代の英雄のお二人ですか?」


 【爆槍ばくそう】と【葉隠はがくし】と言えば、冒険者の国『第八王国』を建国した【運び屋】こと冒険者王ベゾアール・アイベックスのパーティメンバーだ。

 成人前の十三歳で特例として冒険者ギルドに登録し、五年前当時、人類の到達しうる最果てと思われていた第五層を超え、全人類の悲願ともいえる第六層へと到達した伝説の英雄たちが目の前に立っていた。


「へっへー。やっぱバレちゃう? オーラっていうか、カリスマ性っていうか、そういうの出ちゃってる?」


 ロウリーが十八歳とは思えぬ無い胸を逸らせ、ヒルデガルドを見下ろす。

 アミノも否定せず、完璧に整った美しい笑顔を見せた。


「その……新世代の英雄のお二人が、なぜ第二層こんなところに?」


 大空洞は未踏エリアとは言え、第二層にある。

 世界最高ランクの第六層冒険者が現れる意味がほとんどないはずだ。

 思わず聞いたハルトムートに、アミノは真剣な表情を向けた。

 淡いアザレアの花びらのような唇が言葉を告げる。

 それはベルたちは知らない、国同士の争いの話だった。

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