第2話仮採用試験

 この世界は、恒星を囲むほど巨大な「ダイソンスフィア」と呼ばれる球面で構成されている。


 フリーマンダイソン博士が提唱した建築物で、恒星以外の惑星が全て解体され建設資材と水と土砂になり、鋼材が恒星を取り囲むように建設され、恒星の重力が丁度1Gになる位置に地面が設置される。


 ここではバーナード星上空に、地球の表面積に匹敵する六角形の平面世界が数万枚置かれている。


 惑星のようなマントルやコアがない代わりに、バーナード星からの輻射熱で温度が保たれ、夏や冬の温度差も作り、平面世界間の隙間や穴から太陽光が漏れ、上空に設置された反射板が移動して太陽光や月代わりの照明器具として昼間と夜間の違いを生んでいる。


 平面世界の裏側では太陽からの膨大なエネルギーが変換され、建築維持に使う動力となり、「魔法」と言う寝言を科学的に現実の物にする処理が行われる。


 住人はその真実を知らないまま、小さい太陽である反射板が周囲を回り、天動説的世界の平面世界上に住んでいると思っている。


 人間や鳥類でも隣接した平面世界に移動するのは不可能で、大気圏外まで伸びる山脈が移動を制限する。

 

 人類が置かれた平面世界上では文明の発展は一切許されず、その代わりに魔法の使用が許される世界もある。


 過去の地球のように、核兵器によって相互確証破壊が起こって人類が滅亡し、月基地や火星基地の少数の人類だけが残り、文明をすべて失うような間違いが起こらないよう、生身の体を持つ人類や全ての動物、全ての草木が保存される楽園で箱庭。


 現生人類は機械の体を得て、宇宙空間の三次元世界で生活し、時間移動によって太陽系を四次元球として利用する能力も持つ。

 

 ダイソン球の上では、恐竜世界や巨大鳥の世界、大半が海でメガロドンのようなサメや魚の世界もあるが、人類を保護する場所では、ヨーロッパ風の中世世界やサムライの世界、古代ローマ、カリフに支配されている中東世界、遊牧民のモンゴル人的世界、南米の高地文明などが再現されている。


 もしここの住人が銃器や大砲、紙の印刷での知識拡散や識字率の向上、蒸気機関のような魔法以外の動力、人力でも空を飛行する機械を開発すると、世界維持の端末である巨大な上級天使と人型の下級天使が起動して、開発者を皆殺しにして、それを見た者も息の根を止められる。


 飛行機械や蒸気機関を城砦全員が見たのなら、城塞都市丸ごと滅ぼされ、平面世界全てが汚染されれば一面丸ごと焼き払われるか、裏返されて住人全員太陽に放り込まれる。


 カーチャのようなプレイヤーキャラは、平面世界にいる人間そっくりな亜人類では無く、異世界から召喚された本当の人類か、この星系をダイソンスフィアに改造した時に貢献した機械化され永遠の命を持つ旧人類?


 平面世界上でチート能力を持たされたアバターを使い、ほんの100年程の夢を楽しむチケットを持っていて、平面世界上で魔法や身体強化を使って奇跡を起こす権利を持っている。


 建設の貢献度を利用して高額なチケットを買ったり課金をすれば、キャラメイク時にボーナスポイントを大量に貰え、王侯貴族として贅沢な暮らしをしてNPCの平民を奴隷として自由に扱い、我が世の春を謳歌することもできる。


 平凡な人生を送り、愛する家族と共に暮らし、孫に囲まれて幸せな人生を終えることもできる。


 大量の平面世界が作られた本来の目的は、草木や動物たちを自然な形で保存し、人類が機械化される前の姿で育成保管するのが目的だったが、機械化人類が平面世界の建設を継続しながら登場人物の一人としてゲームを楽しむ事もできる。


 動物的な本能を司る脳幹や古い脳、新しい大脳皮質を別に持つ旧人類と違い、感情や衝動といった計算外のレガシーを持たない機械化人類。


 その膨大な処理能力の中では、一人の人間が一生分活動する程度の負荷は非常に低い物で、複数キャラを操作して遊ぶこともできた。


 地上で過ごすアバター自身は、この事実を知る権利を持たないので、死ぬまで自分は普通の人間だと思いながら命を終える。


 尚、人類に対して永遠の牢獄で地獄を作りたいわけではないので、IQ70程度でどれだけ頑張ってもいつの間にかホームレスに転落しているような人類は作成せず、ボーダーや発達障害やアスペルガー症候群やADHDで、作業性言語性IQが低過ぎて一生苦労するDNAは排除されている。


 病気で苦しむだけの人生を送る人物もいないが、プレイヤーキャラが小さい子供と仲良くなった時は「おかあさんがっ、お母さんがあぁっ!」と言う治療魔法クエストや薬草採取イベントは良く発生する。



 竜騎士団


 その後、入団試験でもないが各種能力を試されたカーチャ。


 火竜山まで竜に乗って飛べるので、飛行能力に関して疑いはなかったが、先程口走っていた「竜魔術」が気になった一同は、どの程度の魔法を使えるのか知りたがった。


「向こうが射爆場になる、多少壊しても燃やしても構わないから、君の魔法を見せてくれ」


 普段は飛行している竜から炎のブレスなどを吐いて、爆撃精度を高める訓練場。


「へい」


 若い騎士に誘導され、発着場の向こうの射爆場に向けて竜魔術を放つ。


『カカカカッ(火爆)』


 カーチャが一言唱えただけでTNT火薬にして数キロ分の爆発が起こり、竜舎の方では驚いた竜が「やかましい」「脅かすな」と喚きだした。


「チュー、カララカララ」


 警告なしでぶっ放したので、竜達に謝罪の言葉を伝えていると、爆炎が収まって人間語でも会話できる状態になった。


「第四階梯のエクスプロージョン並みじゃないか……?」

「凄い、貴族になれるぞ、なんで魔法学校に行かなかったんだ?」

「いやあ、うち貧乏ですし、平民が魔法学校なんか行っても碌な事がねえですよ」


 身分をわきまえろと上級貴族の取り巻きにいじめられ、悪役令嬢にもいじめられるか悪友になったり、処刑された悪役令嬢の霊が憑依して事件を解決したり、光属性を持つ平民の聖女候補になったり、乙女ゲー主人公と平民同士で仲良くなったり、攻略対象の金髪王子から婚約破棄されたり断罪されたり国外追放されたり、野生児は双子の弟のオレサマ系王子に惚れられたりするかもしれないが、働いて給料を貰った方が遥かにマシなので、9と1/2のホームから汽車に乗るような学校には行かなかった。


「見習いじゃなくて正式採用して任官しよう」


 とんでもない逸材が隠れていたのにも団員達が驚き、カーチャの弟妹も同じ能力を持っているのか疑い、火竜にも同じ魔法が使えるのか期待した。


「君の弟や妹も同じことが出来るのか?」

「弟や妹にはまだ教えてません、喧嘩しただけで村ごとぶっ壊しますからね」


 弟たちにはその権利が無く能力も無いが、ここでは伏せておいた。


「うちの火竜も同じ魔法を覚えられるだろうか?」

「火竜ならすぐ覚えると思いまさぁ」

「ほお……」


 団長も騎士も、これから火竜にもレクチャーしてもらい、航空優勢からのルックダウン爆撃の能力を増やそうと構想した。


 上空を通過しながらブレスを吐く一撃は、竜騎士が放つエクスプロージョンに及ばず、低高度爆撃なので地上から弓矢の反撃を受ける。


 しかし魔法を放てるなら、上空から撃ちっぱなしの攻撃で迎撃も受けず、スマート爆弾に匹敵する命中精度がある。


「もしかしないでも、もっと強力なのも使えるのか?」

「へえ、まあ……」


 いつものように頭を掻いて誤魔化してみたが、団員の目も団長の六階梯呪文を超える力を持っているのではないかと恐れているようだった。


「どのぐらい使える?」


 団長が生唾を飲む音が聞こえ、どうやって誤魔化そうかと考えてみる。


「治療呪文と、五階梯ぐらいでしょうか?」


 本当は子供の頃から兄竜を治したような完全治療呪文と、人間語の区分なら十階梯を超える破壊呪文が使えたが、それも伏せた。


 もしバレると国家魔法騎士団に連行されるか、洗脳でも受けて国家に完全忠誠を誓わされたロボットに改造され、毎日事情聴取を受けて竜魔術を解説させられる。


「そうか……」


 全員、驚異の新人の登場を恐れたが、団長以下だと自供?したので、どうにか納得したようだった。


「あんちゃんと、おらみたいな絆が無いと、どうも人間には竜魔術は使えないみたいですだ、上の妹は使えなかったみたいですから」


 本当の理由は別なのだが、基本、人類には竜魔術が使えない設定にして話す。


 そうしておかないと騎士団全員にも竜魔術を教えないといけない。


 それと、体が小さく無能力扱いされている、現在だめっ子動物の兄がいないと使えないのだと追加しておいた。


「うむ、次は飛行能力も見せて貰おうかな」


 騎士達も通常の訓練日程に入り、火竜に鞍を取り付け、従者に指示しながらベルトで座席に固定してもらい、例え急減速しても座席から飛ばないで済むよう固く縛り付ける。


 それでもカーチャの方は鞍も付けず、ベルトで固定もしないで裸馬に乗るようにして、白竜の首の後ろに着席した。


「な、何してるんだ、そんな状態で乗ったら、すぐに空に放り出されるぞ」


 竜は鳥類と同じく、飛行状態から体を捩じったり、羽も上下左右逆方向に向けて、直ちに失速して停止状態や着陸体制に移行できる。


 竜自体はそんな急減速に耐えられても、搭乗者は慣性の法則で前方に発射されて墜落する。


「あぁ、竜と一体化する魔法がありましてね、そうすっと張り付いたみたいになりまして、減速しようが裏返ろうが平気なんでさあ」


 人間に耐えられる急旋回は9Gまでと言われ、それを超えるとブラックアウトやレッドアウトで失神する。


 ドイツ空軍ではまずGに耐性がある体質か調べられ、遠心分離機のような機械に乗せられて、2Gや3Gで失神するような人物は如何に才能があっても戦闘機乗りから除外され、ヘリや輸送機に回される。


 もし竜に目玉が飛び出すような急減速をされると、頭蓋底骨折と言われる損傷で脊椎から頭蓋骨の下が外れ、耳や眼窩から潰れた脳が吹き出したり、脊髄と脳の断裂などで死亡する。


 アメリカのナスカーレースの事故で発見され、現在では他のカテゴリーのレースでもハンズという器具でヘルメットを固定し、頭とヘルメットが慣性重量で飛んで行かないよう工夫されている。


「その魔法は俺でも使えるか?」

「あぁ、これも竜魔術なんでねえ、人間語にできるか考えときます」


 とりあえず僚機になる騎士にも一体化の魔法を掛けて試して貰うと、人間の構造限度で制限されていた飛行が解除され、竜の全力飛行が可能になった。


 通常三機編隊で一小隊になるので、隊長機の騎士と僚機になる騎士から挨拶される。


「俺が隊長機だ、後に続いてくれ」


 これがマ〇ロスFなら隊長から「いつでも俺のケツの匂いが嗅げる位置についてろ」と言われ「アッーーー!」となって、アルト君出演BLの薄い本が生産されるが、お上品な竜騎士隊にはそこまで下品な言い方は存在しなかった。


「俺が僚機だ、今日は俺が後ろに着く」


 もし「新入りがっ、俺のケツを舐めろっ(キッス・マイ・アス)、教育してやるっ」などと黒騎士小隊のセリフ言うと、竜に歯向かわれて背面飛行され、帰って来た時には頭が紅葉おろしになって上半身まで摺りおろされる羽目になるので、竜のお気に入りの娘には失礼な態度は取れなかった。


『クカー、ケレレ(一体化)』


 隊長機と僚機にも一体化の魔法を掛け、発着場に移動して管制塔からの指示を待つ。


「離陸、離陸っ」


 管制塔からグリーンフラッグが降られ、隊長機からのハンドサインでも離陸指示が出され、三機小隊が発着場から上昇する。


「凄い、これなら落ちる心配がないぞ」


 いつもなら竜が走る時の上下動、急発進する加速Gと上昇していく浮遊感に悩まされるが、一体化魔法があれば加減速のダメージを負わない。


「キカカ、キュカカチチチカッ!(加速)」


 カーチャから風魔法が掛けられ、全力飛行の合図が出されると、白竜がとんでもない速度で加速し、他の竜がゆっくりとスラローム飛行するコースで背面飛行し、バレルロールも披露してエアレースのようなアクロバット飛行を始めた。


「待てっ、そこまでしなくても良いっ!」


 弓矢やバリスタを回避する戦闘機動をしながら、ランダムに並べられてブレスでは破壊しきれない並びの標的も竜魔術で残らず破壊していく。


「カルル、キカカ、コココッ(石礫)」


 歩兵や小型の魔物を模した標的の次は、オーガやゴーレムを模した土嚢や岩があり、それも三階梯レベルの竜魔術で破壊して行った。


「キリリ、ククク、カカカ(爆破)」


 既に一般騎士の成績をはるかに超えているが、カーチャは騎士団に正式採用して貰えるよう努力した。


 状況を見ていた管制塔から全弾命中が発表され、ほぼ全ての破壊判定が出た。


「命中率100%、破壊率90%」

「おおっ」


 第二次大戦時でも、赤城航空隊所属機は隊内全体の爆撃命中率が95%という狂った判定を出していたが、ベテランパイロットの損耗が激しく、ミッドウェイで大半が失われた。


 やがて小隊が帰投し、団長も駆け寄ってカーチャを迎えた。


「どうでしたでしょうか? これで騎士に採用して貰えますか?」


 団長もどこかのソウスキー・セガール軍曹が、サベージを緊急起動して操縦したのを見たように「今日から君が教官だ」と言いたかったが、団員の面子を保つのと、隊内規定に則って正式採用を見送った。


「すぐ採用と言いたい所だが、規定で三か月は仮採用になる。主に素行や勤勉さを見る決まりだが、君なら何とかなるだろう」

「へえ、お願いしますだ」


 カーチャは仮採用で竜騎士団見習いとなった。

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