第3話 妻さんと朝マックとポテト

 妻さんは時々マクドナルドに行きたがる。

 やっかいなことに朝マック。

 僕の住んでいる場所の近くにはマックはあるけれど、やたら混んでいる。妻さんの家の近所にマックはない。ロッテリアとケンタッキーは徒歩五分以内にいけるという立地なのでおそらく今後もマックはできないだろう。もちろん、田舎なので微妙にウーバーの配達員もマッチングしない。


 なので、朝マックというのはなかなか難易度の高い朝ごはんになる。

 夫婦二人とも朝、ちゃんと起きてえいやっとでかけないと食べられない。

 学生がオールしたあとに気怠げに食べるような怠惰なもののはずなのに、僕たち夫婦にとっては気合いの入った朝ごはんなのだ。

 たった二百円程度のめちゃくちゃ気合いの入った朝ごはん。

 普段は紅茶がめちゃくちゃ美味しいお店とかこだわりのコーヒーのお店とかの方が好きなくせに。


 なのに、一度食べたいといいはじめるとやっかいなことに、妻さんはずっと「朝マック、朝マック」と言い続ける。


 スタバの限定品だろうと、高級スーパーの苺バターだろうと機嫌を直さない。

 朝マックを食べるまで、永遠と唱え続けるのだ。

 本当にやっかいな性格だ。

 そんなに食べたいのなら早起きすればいいのに……。


 今朝のことだが、ようやく朝マックに行った。

 十時二十六分ギリギリだった。


「ソーセージマフィン二つとホットコーヒーs」

「いや三つで!」


 注文をしていると妻さんが、すかさず訂正をいれた。

 心の中で『二つも食べられないだろうに』と思いながらも、訂正しないでおく。ここで、恨まれたら後が怖い。

 食べ物の恨みは恐ろしいというから。

 特に妻さんの美味しいものに対しての執着は強い。食べ物全般に執着するのではなく、妻さんがと認めたものに対する執着なので少々やっかいだ。


「ご一緒にハッシュポテトはいかがですか?」


 店員さんは目の前のようなやりとりに慣れているらしく、注文をすばやく妻さんの言うとおりに訂正してくれた。イヤな顔をしないどころか、0円でスマイルまでくれる。本当にマックの店員さんはすごい。

 僕はもちろんハッシュポテトを注文する。

 店員さんの笑顔だけでなく、販売中止になっている店舗もあると聞いていたので、注文しないわけにはいかない。


「ふーん」


 注文が終わったあと、妻さんはちょっとつまらなそうな顔でこちらを見上げた。


「何?」

「いや、『ご一緒にポテトはいかがですか?』ってオススメされて注文する人はじめて見た」


 と言って笑った。『ご一緒にポテトはいかがですか?』の真似だけやたら声色が明るく生き生きしていてちょっと似ていた。でも、なにか怒ってる。


「お姉さんが可愛かったから?」

「ちがうよ、ハッシュポテト好きだし」


 そう言って、マックのポテトの販売に対するニュースを見せた。今、マックのポテトは品薄らしい。結構ネットのニュースになっていたけれど、ポテトに興味の無い妻さんはそのニュースをスルーしていたらしい。


「なるほど、限定品か~。田舎だからまだ残ってたのかもね」


 妻さんは満面の笑みを浮かべる。限定品という言葉はちょっとお得感があるから好きらしい。

 急にご機嫌がなおる。もしかして、マックのお姉さんにデレたと思ってヤキモチでもやいていてくれたのだろうか?


 話は少し変わるが、妻さんは朝マックをとんでもない食べ方をする。本人から話は聞いていたが、今日初めてその様子を目の当たりにした。

 今回は珍しく二人で同じ物を食べたのだが、ソーセージマフィンは想像より中身のパテが塩辛くて美味しかった。強すぎる刺激にコーヒーの苦みがゾンビでも起こしてしまいそうだ。それくらい目が覚める。

 コーヒーの苦みを和らげようと、砂糖を入れようとしたとき、妻さんからからスティックシュガーの袋を奪われた。

 まだ、眠そうにしていたくせに。

 普段はこたつと一体型になっているくらい、スローペースな動きなのに。

 その瞬間の妻さんは素早かった。

 そして、妻さんは恐ろしいことに、その砂糖をソーセージマフィンに振りかけたのだ。半分ほど。

 妻さんは僕が暢気に食べているとなりでいつの間にかマフィンを分解していて、そのパテの上に砂糖をかけた。

 信じられない光景に僕のまわりの空気はしばらくとまった。



 ――ザ・ワールド――。


「えっ、ちょっと何してるの?」


 僕は慌てて声を上げた。妻さんが甘党なのはしっているけれど、悪食だなんて情報は妻さんと出会って十年。そんなことは知らなかった。

 妻さんは僕のことを無視して、分解されたソーセージマフィンを元通りの形に戻した。


「食べてみる?」


 妻さんが、そう言ってマフィンを差し出した。

 食べたくない。そんな奇妙な食べ物。

 そう思ったけれど、僕を見つめる妻さんに瞳にくもりはない。

 まっすぐとした何も企んでいない目だ。

 一口がじる。


「美味しい」


 信じられないことに砂糖がけのソーセージマフィンはめちゃくちゃ美味しかった。

 元が塩辛いソーセージのパテが砂糖でマイルドになって旨味が増すというか……僕はグルメ番組のコメンテーターではなけれど、とにかく美味しい。体にいい物という感じではないけれど、ジャンクだけれど脳に直接訴えてくるようなおいしさだ。脂肪と糖の塊だ。美味しくないわけがない。

 妻さんは僕の様子をみて素早く、ソーセージマフィンを僕から回収する。

 流石に二口目はくれないらしい。


「ね、言ったでしょ?」


 得意げな妻さんはとても嬉しそうな顔で、ソーセージマフィンを囓ってそれをコーヒーで流し込む。

 同じ美味しいを共有する。

 ちょっとだけジャリッとした砂糖がのこるその味は間違いなく僕たちの幸せな時間だった。

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妻は単身赴任しております 華川とうふ @hayakawa5

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