第九話『咽び、許し』

「オルデン、さん.......」


 雨降る森。血を吐き、身体中の痛みと、目の前から迫って来るアルガラムに死を予感していた奏人は、目の前に現れたオルデンに涙ぐんでいた。

 それは助かったという安堵か。死の恐怖から引き上げられた感謝か。何にせよ、安心したが故の反応には違い無い。


「稲葉優人から報告を受けてな。なるべく早めに来たつもりだったが、来るのが遅くなってしまった。すまなかった。───さて、それであれは?」


 奏人から視線を外し、立ち上がって背後のアルガラムに向き直るオルデン。


 火照ったかの様に赤い肌。鉄塊にも見える無骨な大剣。太い腕に対し、細過ぎる足の不安定な身体。ユラユラと身体全体を覆う、赤みがかった闘気。

 特異過ぎるそれらに注目して、オルデンは奏人に質問する。


「分からないです。突然現れて.....」


「.....成程。では他に、負傷している者は居るか?」


「それは.....」


 オルデンの次なる質問に、先程の爆発と、その直後に視界の端を掠めた久遠を思い出す奏人。剛力達に何があったのか予想は着くが、それでもその考えを否定したくて、しかし考えられる事は言わねばと思い、


「.....居る、と思います。でも...多分、もう.....し、死ん」

「分かった。それ以上言わなくていい。後は任せておけ」


 途切れ途切れに答える奏人の様子を見て、オルデンはその言葉を言う前に止めさせた。そして、こちらに向かってくるアルガラムに対し、自身も鞘から青色の剣を抜いて、歩みを進める。


「"鑑定"」


 静かに、降り頻る雨に掻き消される程の声でアルガラムに"鑑定"を使ったオルデン。

 脳裏に開示されたステータスは───、


==========


〈剛腕〉アルガラム Lv 18

HP:4986/5158

MP:178/178

SP:1032/1248

体力:4106/4897

攻撃力:6947

防御力:1604

俊敏:147

魔法防御力:1305

魔力:18

スキル

「鑑定 Lv 1」「剛力 Lv 5」「頑丈 Lv 2」「俊敏 Lv 1」「持久 Lv 3」「耐久 Lv 3」「魔耐 Lv 1」「闘気 Lv 3」「闘技 Lv 1」

特別スキル

『剛腕』


==========


(やはり、特別個体ユニークか)


 特異な見た目に引かれ、もしかするとと言う考えで行った"鑑定"は、オルデンのその考えを確定させた。そうして「ならば」とオルデンは続けて、


「俺の言葉は分かるだろう?......お前は、陛下より仰せ遣った俺の役目、彼等転移者の護衛と言う役目を、引いてはこの俺の忠誠心を踏みにじった。それらは俺の注意が足りなかったからこその事だが、貴様が原因である事に変わりは───」


 歩みを進め、攻撃の届く範囲に入った瞬間、アルガラムが全力で振り下ろした大剣。それはオルデンの頭上に迫り、一瞬にして直撃。

 轟音轟き、アルガラムはニヤリと笑って、オルデンは木っ端微塵に───、


「───ない」


「!!?」


 ───なりはしない。

 全力の一撃。それを片手で持つ剣で受け止めたオルデンに、アルガラムが驚愕する。対しオルデンは、片手の剣で少しずつ大剣を押し戻しながら続けた。


「故に、貴様には、ここで死んでもらう」


 しっかりと、そう断言した瞬間、大剣を跳ね飛ばし、素早く刀身に闘気を溜め、オルデンは袈裟斬りに剣を振るった。

 剣から放たれた斬撃は闘気を纏い、その巨体故に、少し離れたアルガラムに直進。

 進むほど肥大化する斬撃はその身体を両断し、巨体は屍となって、その大きさに見合う音を立てて地に落ちた。


「....え?」


 一瞬で終わった戦闘に、奏人が驚嘆する。

 オルデンが本気で戦う所を、奏人やクラスメイト達は見た事がない。勿論、今の攻撃ですら本気ではないのだが、ステータス差、体格差、種族差.....全て合わせて自分達とは圧倒的な実力差があった存在を、更にその上からねじ伏せた様なオルデンに、奏人は驚かずには居られなかった。


「大丈夫か、柊奏人?」


「え、あ、はい。大丈───」


「なッ───おい!?しっかりしろ!!」


 剣を鞘に戻し、平然とこちらに歩いて来たオルデン。それに大丈夫と言って立ち上がろうとした瞬間、身体から力が抜け、奏人は仰向けに倒れた。

 血を失った事、緊張から開放された事。それらが重なって、遠のく意識の中。焦ったオルデンの顔と、いつの間にか雨の止んだ空を視界に収めながら、奏人は意識を失ったのだった。




ーーーーーーーーー




 突然だが、この世界の魔法には幾つかの種類がある。

 基本の六属性、炎、水、風、土、光、闇を筆頭に、その数は日夜増え続け、それらを全て網羅出来ているのは、サボり魔でありながらそれでも尚、世界でも三本の指に入る程の実力者、ファリオ・リーガスと同程度の稀有な才能と実力を持つ者だろう。


 さてそんな魔法だが、何も万能と言う訳では無い。炎魔法は閉所で使い過ぎると酸欠になるし、身体強化の魔法は、掛け過ぎるとオーバーパワーで身体が持たない。つまり、何事も用法用量を守れと言うことだ。それさえ守れば、魔法は人によっては万能と言えるだろう。

 しかし、こと回復魔法に於いてはその例外だ。傷を治癒する為の魔法なのだから、負った傷が大きい程、それに応じて効果を強力にしなければならないのが回復魔法と言う物だが、用法用量を守っていたとしてもあるデメリットが発生する。それは、


「腕の感覚が無ェの、意外とウザいな」


「ああ。足の感覚が無いのもなかなかにしんどい」


「だな。歩けねェのが、一番つれェ」


 負傷部位の感覚消失。

 奏人と池田を逃がす為にアルガラムと戦い、簡単に蹴散らされた蛇ヶ崎と剛力は、現在それに直面していた。


 感覚の消失度合いは、怪我の深刻さと負傷してからの経過時間に比例するが、この二人はそれぞれ腕と足が片方ずつ粉々に折れ、騎士団の者達による回収が遅くなった事で、負傷部位及びその先の感覚が無くなっていたのだ。

 とは言え永遠に消失する訳ではなく、時間経過で元に戻るわけだが、それでも数日間は動けないと言う事実に、二人は辟易としていた。


「それにしても、久遠は.....凄いな」


「オイ。お前にしちャ語彙力無ェぞ。どうした」


 突然久遠について話し始めた剛力。普段ならばもっと的確に、多くの言葉を使って話す剛力だが、この時ばかりは小学生の様な感想しか出て来なかった。


「仕方が無いだろう。あの化け物.....アルガラムだったか。あいつの攻撃を一番間近で受けた久遠が俺達より元気なんて、正直、信じられない」


「あー何だッたか。確か、攻撃を槍で防いで、当たる瞬間に後ろに跳んで威力緩和。ンの後、風魔法で推進力減衰....とか何とか、スゲェ事言ッてたな」


「ああ。まぁそれでも、身体の数箇所は打撲してたみたいだし、俺達は腕や足が折れただけで済んで、運が良かったのかもな」


 剛力や蛇ヶ崎の言う様に、横凪に振るわれたアルガラムの攻撃に対し、久遠は回避が無理と判断するやいなや、思い付く限りの抵抗を行った。

 その結果、一番悲惨な事になるだろうと考えられた久遠は、二人よりも元気な状態で回復したという訳だ。


「一応、アイツとオレじゃ、同じ位の強さだと思ッてたんだけどな。....やッぱ、現役の格闘家は違ェか」


 家柄が反社会的な立ち位置と言う事も相まってか、昔からそれなりに喧嘩を繰り返してきた蛇ヶ崎。その経験と、あらゆる物事における対応力。直感的な戦いのセンスによって、ここ最近の訓練では周囲から頭一つ抜きん出ていた訳だが、しかし同じく突出した実力を持っていた久遠とは、どこか埋まらない差がある様に感じていた。

 それは、素人相手の喧嘩がプロ相手の闘いと言う経験の質の差か、はたまた単純な才能か、或いはその両方か。何にせよこの時、蛇ヶ崎が歯痒い思いを抱いていたのは変わらないだろう。


「──蛇ヶ崎」


「あ?.....何だよ」


 と、名前を呼ばれ、振り返った蛇ヶ崎。当然そこに居るのは剛力だが、いつもより真剣な眼差しを向けられていた事に蛇ヶ崎は少しばかり驚いた。

 そして数秒程、間が空き───、


「....今まで、すまなかった」


「──ンだよ急に」


 何を言われるのかと身構えていた蛇ヶ崎だったが、突如、頭を下げてまで謝られた事に困惑していた。

 それに剛力は頭を上げると、申し訳なさそうな顔で話を続ける。


「いや、な。噂、目付き、家柄....理由はあれど、お前を知らず悪者だと決め付け、俺は強く当たる節があった。だからすまなかったと、謝りたかったんだ」


「.....まァ、そりャありがてェけどよ.....ンで今なんだ?何もしてねェだろ、オレ」


「したさ。あの時、久遠もそうだが、お前達が来てくれなければ俺達は本当に死んでいたかもしれない。俺や柊は、お前達に救われたんだ」


「成程な。──まァでも別に、恩着せる為にやった訳じャねェんだし、気にすんなよ」


 咄嗟にと言うよりも、考えてから動き、たまたま久遠と共に奏人と剛力の元に現れた蛇ヶ崎。

 確かに、助ける為には動いたが、頭を下げてまでお礼や謝罪を言われるつもりは無かった。

 そんな蛇ヶ崎に剛力は再び「ありがとう」と言って、ふと、蛇ヶ崎は思い出した。


「そう言やァ、奏人はどうしてんだよ」


「さあな。特に医務室にも来てないみたいだし、大丈夫だと思うが......」


 オルデンが駆け付ける前にアルガラムにやられてしまった剛力達は、当然、奏人が血を吐く程に追い詰められていた事を知らない。

 きっと、無事に皆んなの元に辿り着けただろうと考える二人。そんな考えとは裏腹に、アルガラムに吹き飛ばされ、吐血し、死の間際にまで追い込まれた奏人は今、どうしているのかと言うと────、



ーーーーーーー



「───へっくしゅっ!..... 風邪でも引いたかな?」


 ベッドの横にある小さなタンスの上に置かれた布を取って、鼻水を拭き取る奏人。


 一度瀕死の重体になったとは言え、負傷してからすぐに回復用のポーションを飲み、その後適切な治療を受けていた事で、蛇ヶ崎や剛力の様に医務室に行く程の大事には至っていなかった。


 .....とは言え、失った大量の血は魔法やポーションでは元に戻らない。

 一週間程様子を見つつ、宿場での療養に専念しようと、騎士団の回復術士に告げられた奏人は、自身の泊まっている部屋で魔術や魔物に関する本を読みながら休んでいた。


「....それにしても、強かったな。アレ」


 と、本に描かれていた巨人の絵によって奏人が思い出したのは、赤き鬼。剛腕のアルガラム。

 実際、奏人からすれば強かったなんてレベルじゃないのだが、その衝撃と鮮烈な記憶によって、奏人は漠然とそう口に出す他無かった。


 この世界に来てから早くも、だが僅か一ヶ月。

 格上相手に勝てる程の経験も手数も無いが、それでも、ラフィに抱かれた期待と、これまでの訓練。それらがアルガラムに対し、全くと言っていい程に通じなかったと言う事実に、今までの全てに意味が無いようで、奏人は虚しさに似た何とも言えない感情を抱いていた。


────と、その時、部屋の扉がコンコンとノックされた。


「....? どうぞ」


 はっきりとした奏人の返答。それにノックをした人物は渋るようにゆっくりと扉を開けながら、部屋の中へと入って来た。


「....よお」


「池田?」


 部屋の中へと入って来たのは、池田典彦。

 かつては奏人に対し、恫喝、カツアゲ等を行っていた池田は、しかし今回奏人に助けられた事で、視線をちらちらと下に向け、気まずそうな声と態度になっていた。

 そんな池田に奏人は疑問符を浮かべるが、取り敢えず椅子に座る様に促した。


「あー、その、オルデンさんに、お前が結構重体だったって聞いたから、様子見に来たんだけどよ.....大丈夫か?」


「えっと、俺はまぁ...あんまり痛い所も無いし、強いて言うならちょっと貧血っぽいぐらいだから大丈夫だけど......池田は?怪我とか大丈夫だった?」


「あぁ、まぁ、俺はそんな怪我とかなかったけど.....そっか、大丈夫か。良かった」


 奏人から大丈夫だと聞き、ホッと胸を撫で下ろして安堵した池田。

 彼自身、自分を助ける為に大きな怪我をし、その上後遺症まで残っていたらと考えては、寝覚めが悪かったのだ。


「俺も良かったよ、池田が無事で」


「...え?」


 と、自身に掛けられた心配する様なその言葉に、少し驚く様な反応を見せた池田。

 それに奏人は「いやさ」と続けて、


「 あの後、オルデンさんとかに皆が無事かどうか聞く暇無かったからさ。無事で良かったなって」


「───」


「...池田?どうかした?」


 奏人がなんとなしに言った事に驚き、何を思ったのか、顔に出たその表情を隠す様に俯く池田。

 そんな自身を心配する奏人に対し、ほんの少し考え、そのまま息を吸ってから口を開いた。


「......なぁ、一つだけ聞いても良いか?」


「? 良いけど、何だよ改まって」


「いや...俺ってさ、お前の事いじめてたし、恐喝までしてたろ。.....それなのに、何で今日は助けてくれたんだよ?お前だって、あんな化け物怖かっただろ?」


「え?...いやまぁ、そりゃ怖かったけど...何でって言われてもなぁ。体が咄嗟に動いたとしか....」


「───」


 奏人からの返答。

 恐怖があっても尚、遺恨があるだろう自分を助ける為に咄嗟に動いたと言うその答えに、大きく目を見開き、ギリッと奥歯を強く噛み締める池田。

 その瞬間、


「咄嗟にって、そんな訳ないだろ...!」


「池田...?」


 突然、怒気の篭った声を上げて立ち上がった池田。それに驚き、疑問符を浮かべる様に名前を呼んだ奏人を無視しして、湧き上がった怒りのまま、睨む様に池田は続ける。


「お前は俺に虐められて、殴られて、嫌な事をされ続けて来た。そんな、恨んでもいい筈の俺を咄嗟に助けたなんて、有り得ないだろ!俺だったら無理だ!」


「それは──」

「さっきもそうだ!!」


 何かを言いかけた奏人の声を遮ってまで声を荒らげる池田。

 より一層その剣幕を増しながら、続けて言い放つ。


「俺はお前を危険に晒したんだから心配をするとしても、お前は俺を心配する必要なんかない!俺だったらしないし出来ない!!自分を虐めて来た奴と自然に話して、何事も無かった様にして!俺だったら無理で、出来ない事を....!何で、どうして....それなのに、何で、お前は...!」


 怒気の篭ったその声から一転、最後には、ポタポタと涙を流しながら悲壮な声をあげる池田。

 池田の放った言葉からして、この状況の原因の一端が少なからず自分───過去の『いじめ』にあるのだろう事を理解しながらも、山の天気の様にコロコロと変わる感情と様子。その理由に想像すら付かない奏人は、何を掛ける言葉もなく、ただ呆然とその姿を眺めていた。


 沈黙と咽び泣く声だけが響く室内。

 とても良い空気とは言えない中で、何も言える事など思いつかずどうする事も出来ない奏人。

 このまま不和を残して過ぎ去ると思われた時間だが───、


「俺は....」


 ───だが、それでも何かを言わなくてはいけないと、反射的に発したその声に池田の視線が奏人に向けられると、その視線を受けるままに、少し間を置いて奏人は話し始めた。


「....俺も、確かに怖かったよ。あんな化け物の前になんて行きたくなかったし、怖くない訳がなかった。───それに、別に池田にされた事を気にしてないわけじゃない。自分でも、平然と話せるのに驚いてる。助けた事にだって」


 助けた事に偽りは無く、しかしそれでも過去にされた事を気にしていない訳でもない。

 言葉を綴りながら自身の気持ちを言葉へと変え、思われている程の聖人ではないと伝えた奏人。

 それに池田は「じゃあ何で」と強く言い掛け、


「...何で、俺を助けたんだよ」


 仮にも、自分に対し害を為した相手。常人ならば復讐を考えずとも恨みは持ち、その後、自分に支障が出ない状況下ならば態々助ける事はしないだろう。

 そんな、当然と言える投げ掛けられた疑問に奏人は顔を難しくし、ふと、何かに思い至った。


「それは...よく分からない。....だけど多分、あの時池田を助けたのは、後悔したくなかったからなんだと....思う」


「後悔?」


「...池田が前に手を伸ばしてた姿を、助けてって言った声を.....もしあのまま見殺しにしてたら、俺はこの先どんなに強くなっても、どんなに時間が経っても、ふとした時に思い出して、『助けられたかもしれない』『今なら助けられる』って、後悔してたと思う。──だから俺は、自分がそれについて悩むのが嫌で、後悔したくないから池田を助けたんだと...そう思う。.....だから───」


自分が嫌な気持ちになるのが嫌で助けたと、池田を助けたくて助けた訳じゃないと説明する奏人。

それに対し池田は許されていない事、許されない事を察しながらも、心の底からゴチャついた不快感が湧き上がって来た事で、どこかで許さると期待していた自分に嫌悪感を覚えて顔を顰める.....が、しかし、それにまるで答える様に奏人が「だから」と続け──、


「───俺は、池田にも過去の事で悩んで欲しくない。俺が後悔するのが嫌なように、俺は池田にもこうして悩んで欲しくない。俺は、池田が良いなら、過去の事を水に流したい」


 短的に、許したいと言う内容を語った。


 そんな予想外な奏人の言葉にある種の衝撃を受けた池田は、ふと、その顔を下に向けながら片手で両目を塞ぎ、少しばかりの時間を置いて自分自身の心情を、感情を、吐露し始めた。


「....謝りたかったんだ。ごめんって、今まであんな事してごめんって」


昼間、奏人に言い掛けた時の事を思い出しながら、今にも泣きそうな声で話す池田。つい先程とは打って変わったその様子に奏人は黙って、池田の話す事を、ただ受け止めようとしていた。


「なのに、怖くて.....許さないって言われたらどうしようって.....怖くて....」


次はその声を震わせながら、誰にも言った事の無い本心を語り、次第にその声色がうわずってゆく。そして、


「....ごめん、本当に.....今まで、謝れなくて、ごめんっ...ごめんっ....!」


「...うん、大丈夫。許すよ」


ただ、そう言いたかっただけの言葉をようやく言う事の出来た池田。

自分の思っていた形ではないが、だがしかし、こうでもしないと言えなかっただろうと言う、自分に対する不甲斐なさと情けなさに泣きながら、許しの後に咽び泣く声が、激動の一日の夜に響き続けた。



ーーーーーーーーー



────しかし、一方その頃。

奏人達から遠く離れた深緑の大森林。月明かりが照らす森の中、その月を背に一人の男が上空から『とある物』を見下ろしていた。


「あらら.....マジ?」


ある種軽薄そうな声で、少しばかり意外と言った反応を見せながら、ローブに付いたフードを深く被った男が見下ろしているのは──、


「アルガラム殺られてんじゃん」


剛腕のアルガラム。奏人達を襲ったその鬼の死体であった。


アルガラムの周囲には、複数人の騎士団員が松明を持ち巡回をしていた。大方、研究用か何かの為に、その死体を魔物に食べられないよう警護しているのだろうな.....と、その光景を見て、男はため息を吐いた。


「反応が無いと思って来てみればこれかぁ......ラストに何て説明すればいいのさ、これ」


下っ端も下っ端とは言え、自身の仲間が保有していた魔物の一体。それが無惨にも殺されてしまった事に対し、男は横になりながら空中にぷかぷかと浮かんで暫く唸りながら悩み──、


「...ま、仕方ないか!死体だけ持ち帰る訳にも行かないし、このまま帰っちゃおう!うん!」


気持ちを切り替え、起き上がった男。

その背後に、自身の背丈程の黒い穴を出現させ、中へと入ると、幾つもの巨大な柱が地下の様な空間へと出た。


ひんやりと、湿った冷たい空気に包まれた巨大な空間。男が鳥肌を立てるように身震いをしたその時、右正面前方の柱の影から、一人の女が姿を現した。

男好きのするボディラインがくっきり分かるように調整された、男と同じデザインの黒のローブを、はたまた同じく深くフードを被った色っぽい女性だ。


「あら、おかえりなさい。どうだった?私の可愛いアルガラムは」


「あー、それなんだけど...ごめん、死んでた」


気まずそうに、男が申し訳なさを持って返した返事だが、世の色を司る彼女にとってはアルガラム等、所詮も所詮。特に気にする程でもないのだが、しかし男にとっては、一応仲間と言う形をとっている者の所有物。気にせずにはいられなかった。


「そう...それは残念ね。まだまだ成長の余地はあったんだけれど......まぁ、仕方がないわ。騎士団長が居たんでしょ?──なら、考えられる事だし、過ぎた事を気にしても無駄だもの。貴方も気負わなくて良いわよ?」


「そう言ってくれると助かるよ。───ところでエフレメイって今何処に居るのかな?ちょっと報告したいんだけど」


「今は....そうね、ザルナード辺りじゃないかしら。フォングラムも連れて行っていたし、そう時間も掛からないと思うわ」


「ザルナード?何でまたそんな辺鄙な所に....アルドレアンの属国になって以降、土地や権力も奪われた、弱小国も良い───....いや?」


「?」


自問自答をする様に、男が呟いたその疑問符に女が首を傾げる。地頭がそれなりだとしても、学のない彼女からすれば、エフレメイ達の行動にどこか思い当たる節がある様な男の反応も、彼女には理解の出来ない物だった。


「──そういう事ね」


対して男は、エフレメイのその行動に思う所有りと、残念そうな声で納得をした。

何故ならあの日、彼に誘われ、それに乗った時点で自分も共犯者となったのだから。理想と掛け離れた事も受け入れるしかないのだと。

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無限の可能性 早見泉 @AREHUGANDO

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