第七話『深緑の大森林』

 この世界のどんな森よりも深く広大な森林にて一体の巨大な鬼は吠えていた。


「GOAAAA!!!」


 生まれた時からただ一匹。小鬼と言うには大き過ぎる体躯とその剛力に渡り合う者は居らず、己の内にグツグツと煮えたぎり続けるその衝動を、破壊と殺戮によって満たしていた。


「何だ.....?何なんだ......何なんだオマエはよぉ!?」


 今もまた犠牲者が増えた。

 この世界の強さの指標として、最も重宝される冒険者のランク。その中でも、平均ステータス六千以上を要求されるB級に到達し、アルドレアン王国西都アルバスにて名を上げていた三名によって、構成されたパーティ『鉄剣破断』。その内の二名がたった今、鬼によって放たれた、軽い一振りでその命と体を散らした。

 そうして残され、一人になった、パーティ随一の漢義を掲げているドルカナム・ハグレットは、恐怖と焦燥によって流した涙と鼻水に顔を濡らしながら、踵を返して逃げる。


「........」


 鬼は惨めに逃げるその男を目で追うだけで追いはしない。

 それはあまりに低すぎる俊敏故か、はたまた追う価値すらない小物だと判断したからか。

 ───否、そのどれもが違う。

 追わずとも良いのだ。何故なら、その場に居るだけで攻撃は届くのだから。


「CRarara......」


 赤色の鬼がその手に持った荒々しく、無骨な....辛うじて刃と峰の差を残した、鉄の塊と呼ぶに相応しい大剣を、自身の背と平行になるように構える。


「───」


 目を瞑り、静かに大剣を構えた右腕に力を込め、刀身に自身の体内に存在する気を込める。


「────!」


 その構えを取り、十数秒程経ってから鬼が眼を見開いた。

 その眼で見据えるのは、己の前から逃げよう等と考えた愚かな二足歩行の動物。

 百数十メートル程離れた場所に到達した男に目掛けて、鬼は力の限りその大剣を振るった。


「URAAAAA!!!!」


 振り切った大剣が地面に着地し、とんでもない爆音を発てて、隕石が墜落したようなクレーターを作り出す。だが、鬼の狙いは地面に巨大な窪みを作り出すことではない。

 低すぎる俊敏ステータスからは考えられない速度で振るわれた大剣。壮絶な威力と速度を持って空中に放たれた斬撃は、刀身に込めれられた闘気によってその威力、速度を持って男目掛けて飛ぶ。


 大地と木々を抉り壊しながら飛んだ斬撃は、男を逃しはせず、過剰な威力を持って断末魔すら挙げさせぬまま男をこの世から消し飛ばした。


「──GRUAAAAAAA!!!!」


 勝利の咆哮を挙げ、命を摘み取る事に喜びを見出す鬼は主の命令を思い出す。


 もうすぐここに来るという者達、それらを蹂躙せよとの命令。

 愛と性を支配するその主人の命令に、鬼はただ従う。それだけが、同族にすら恐れられ、愛されなかったゴブリンに残された道だと信じて。

〈剛腕のアルガラム〉はその剛腕を振るう。




ーーーーーーーーーーー




 木漏れ日が射す森林の中を駆ける。


「はっ、はっ、はっ」


 木々の隙間を抜け、その幹に手を当て方向を変えて、木の上から飛び掛ってきた小鬼を振り返って右手の短剣で斬り付ける。

 そして再び前を向き、走り出した。


「赤木!優人!」


「どおりゃあ!!」


「ふっ!」


 二人の名前を呼ぶと、木々を挟んで両サイドから俺の後方に向かった二人。

 俺を追い掛けていた二体の小鬼、ゴブリンを横から飛び出し、その手に持った剣で両断した。


「ゲギィィィ!」


 と、その前から一匹のゴブリンが跳躍して、二人に襲い掛かる。

 ────だが、


「『火炎球ファティア』!」


 二人の後方から火の玉が飛び、そのゴブリンに直撃した事で、ゴブリンは黒焦げになりながらその命を燃やし尽くした。


 深緑の大森林。

 世界有数の広大な森林地帯であり、魔物の巣窟。円形状に広がるこの森林は、中心部に向かう程木々の葉の色が濃くなり、密度が増していく。

 そしてそれに比例する様に魔物の強さが増して行く為、俺達は森林の外周の一部で実戦訓練を受けていた。


「三人共、ナイスファイト」


「立花お前、すげぇな!詠唱無しでもう魔法使えんなんてよ!!」


「そんな事ないよ。私はずっと魔法の事しかやってなかったから出来ただけで、赤木君も頑張れば出来ると思うよ?」


「そうかぁ?」


 死体となったゴブリンから剣を引き抜き、鞘に戻しながらこちらに戻って来た優人。それに続く様に赤木もこちらに戻ってきた。

 そして、赤木に褒められ、嬉しそうに謙遜するのは、立花歩美。


 女子の中でも比較的低身長で、腰辺りにまで伸びた焦げ茶色の長髪と、背丈の半分程の魔杖を持つ彼女は、訓練初日にファリオさんから『魔法に才能が有る』と、魔術訓練を集中して受けていた。


 俺もファリオさんから炎魔法に適性があると言われていたが、彼女は炎、水、風、岩、光、闇の基本六属性全てに適性があるらしい。

 これは百万人に一人と言われるレベルらしく、分かった時は、ファリオさんも大変驚いていた。


 そんな彼女は、普段は神崎さんと居るのだが、今は実戦訓練の形式上、俺達とパーティを組んでいた。


「それにしても、初めての戦闘なのに上手くいったね。やっぱり、魔物を殺すのに慣れたおかげなのかな?」


「あぁ、あれか........。確かに、あの訓練キツかったけど、やって無かったら今頃吐いてそう」


 優人の言葉に思い出したのはある訓練の事。

 俺達が受けていた訓練の一環として、過去の転移者達の反応から、俺達には魔物を倒す。つまり、殺すのに慣れる訓練が行われていた。


 鎖で縛られ、弱った魔物にとどめを刺す事から始まったそれは、最初こそむごいことをする物だと思っていたけど、この世界ではそれが普通。

 殺らなければ殺られるの如く、魔物達は倒さねばその数を増やし、村や町を襲っては人を殺す。

 そういった前例があるからこそ、大きな街や都は壁に囲まれているし、やるしかないのだと、俺達はその訓練で魔物を殺すのに慣れていた。


「あ、そういや、今ゴブリン倒したんだしよ、レベル上がってんじゃねぇのか!?」


「え?────あ、本当だ」


===========


柊奏人 Lv 2

HP:401/401

MP:173/173

SP:326/326

体力:406/406

攻撃力:206

防御力:179

俊敏:324

魔力:31

魔法防御力:96

スキル

「剛力 Lv 2」「頑丈 Lv 2」「疾走 Lv 3」「耐久 Lv 2」「持久 Lv 2」「魔質 Lv 1」「魔耐 Lv 2」「鑑定 Lv 2」「炎魔法 Lv 1」

特別スキル

『ムgご/ぉyt"りゅvrs%』


============



 赤木の言った事に脳内で"鑑定"と唱え、自身のステータスを確認すると、確かにレベルアップしており、ステータスもレベル一の時より倍以上に伸びていた。


 レベルが一しか上がっていないのにも関わらず、ステータスが倍以上になっているのは、訓練で取得したスキルのおかげだろう。


 スキルと言うのは天性の物でも無い限り、それぞれのスキルに対応した行動や物事を続ける事で、取得とスキルレベルのアップが行われる。

 訓練では、ステータス系統と呼ばれる七つのスキルを取得した。『剛力』『頑丈』『疾走』『耐久』『持久』『魔質』『魔耐』この七つだ。


 ステータス系統スキルは、使用する事で一時的に対応するステータスを上げる事が出来るが、持っているだけでも、レベルアップ時のステータスの上がり幅に影響する。


 ステータスのレベルは一度上がれば元に戻せない為、オルデンさん達は最初からステータスを上振れさせる為に、ステータス系統スキルを覚えさせたかったらしい。


「それじゃあ、次はどうする?またゴブリンと戦ってみる?」


「えー、さっきは上手く戦えたし、ステータスも上がったんだからよ、もっと強い奴と戦おうぜ?」


 赤木に言われた事を思案する様に唸る優人。顎に手を当てながら「どうだろう」と言って、


「流石にそれは、危険なんじゃないかな?」


「平気だっての!なんだったら、他の奴らと一緒にやりゃあ良いんだしよ!」


「んー.......まぁ、それなら良いと思うけど、それなら今から他のパーティを───」


「お前達、こんなところで何してるんだ?」


 赤木の説得に納得しかけた優人が、何かを言い掛けた時、後ろの方から、聞き覚えのある穏やかな声が聞こえた。

 その声を追って、後ろを振り返ると、そこには大きな盾を背負い、全身を鎧で固めた剛力が居た。


「剛力か。今、次はどんな奴と戦おうかって言う話をしてたんだ」


「なんだお前達もか」


「お前達もって事は、剛力も迷ってたのかよ?」


「ああ。思いの外、楽に戦えたからな。なんだか調子に乗っているみたいだが、少しは苦戦を経験したいと思ってな」


 剛力は俺達の中で一番攻撃力と防御力が高い。

 そんな剛力なら、ゴリ押しだろうとその辺の魔物には負けないだろうが、訓練では右手で持つ盾で攻撃を防ぎつつ、剣で敵を斬ると言う戦い方をしていたのだ。

 魔物相手でも同じ様に戦っているならば、負ける筈も無いだろう。


「ならよ、俺達と一緒に強い魔物と戦おうぜ!」


「強い魔物と、か?大丈夫なのか。危険なんじゃ」


「大丈夫だって!んないきなりドラゴンと戦う訳じゃあねぇからよ」


「うーん.......まぁ、これだけの人数が居るなら.....分かった。俺はいいぞ。───お前達もそれでいいか?」


「お前達も?......あ」


「.......よお」


 剛力がお前達と言って合同で戦う事の可否を聞いたのは、少し後ろに三人で固まっていた池田達だった。

 剛力の質問にこくりと頷いた池田はぶっきらぼうに挨拶をしてきた。


 剛力とパーティを組んでいるのだろう池田達は、元の世界ではよく俺を恐喝して来たが、こっちの世界に召喚されてからはそういった事がめっきり無くなった。

 異世界に来た事が起因しているのか、元の世界に居た時よりも大人しくなっている気がする。

 現に今だって、口調は荒いままだが声音は以前とは真逆と言える程だ。


 そんな池田が今、俺の顔を見つめていた。

 相変わらず目付きはキツいが、その表情には何と言うか、覇気が無い様に感じる。


「.....なぁ柊」


 と、無言のまま見つめていた池田が、俺の前へ少し出てきた。

 そして何とも言えない表情のまま少し俯いて、


「なんつーか.....その....あの....あん時....だから........えっと.......────やっぱ何でもねぇ」


「.....?」


 何かを言い掛けた池田だが、しかし途中で言うのを止め、他二人の所へ戻って行った。

 何を言おうとしたのか気になるが、それ以上にしどろもどろになっている姿に物凄い違和感じつつ、俺達は合同して戦う事となった。






 そして、その数十分後。


「見つけた」


 見つけた魔物の集団に優人が声を出す。

 森の少し奥へと進んだ先、それなりの範囲が開けた場所に居たのは二十体程のゴブリンだった。

 しかし、そのうち数体はただのゴブリンではない。ホブゴブリンだ。


 ゴブリンの進化した存在であるホブゴブリンは、ただのゴブリンより体格が良く、程よく筋肉が付いている。当然、それに見合った筋力もあるだろう。油断は禁物だ。


「赤木と剛力は僕と一緒にここで待機。立花は僕が合図を送るから、それまで横に回って魔法を発動出来る様にしておいて欲しい。柊は立花と一緒に居て、立花が魔法を使ったら飛び出してくれ。池田達もゴブリン達の後ろに回って包囲しつつ、立花が魔法を使ったら飛び出して欲しい」


「「「了解」」」


 ゴブリン達の居る、開けた場所の周り。木々や茂みに紛れながら優人が出した指示に従い、それぞれの配置に着く。


「大地の母によりその礫は生まれる『岩石弾スティマ』」


 静かに詠唱を省略して、立花さんが使ったのは初級岩魔法『岩石弾スティマ』。杖の先に拳大の石の礫を作り出し、その先をゴブリンに向け、いつでも発射出来る状態を維持していた。

 その直後、優人から合図が送られ、立花さんがゴブリンに向かい、石の礫を放つ。


「ギィヤッ!!」


 放たれた礫はゴブリンの一体に直撃。

 その瞬間、周りの茂み等から全員が飛び出し、戦いが始まった。


「おおらぁ!!」


 先陣を切ったのは赤木。

 三体居るホブゴブリンのうち、その一体に戦いを仕掛けた。

 そして俺は十体以上居る雑多なゴブリンの相手だ。


「ギッ」


「グギョ──」


 振り下ろされた棍棒を後ろに飛んで避け、前進してその首を切り、次いで襲って来たゴブリンには短剣を逆手持ちに変え、下から斜めにその体を切りつけた。


 ふと周りを見れば、立花さんは遠目から魔法を放ってゴブリンを倒し、優人は二体のホブゴブリンを相手にしていた。

 剛力はと言うと、


「ふんっ!」


「おわっ、と───もらったぁ!」


 ホブゴブリンと鍔迫り合いの様になっていた赤木を助ける様に、ホブゴブリンのその身体を盾を使って横から吹き飛ばしていた。

 吹き飛ばされたホブゴブリンは、怯んでいるうちに、赤木によってとどめを刺された。


 池田達は、一人がゴブリンを抑え、もう一人が横からそれを倒し、更に一人が後ろから来ているのを切り付ける等、三人で上手く連携を取っている様だった。

 しかし、池田達が固まっているからだろうか。ゴブリン達はそちらに集中しており、若干囲まれ気味になっていた。

 その為、集まるゴブリン達のうなじ等を切り付けながら、俺もその数を減らしながらその中に混ざって行く。


 そうして戦っているうちに、ゴブリン達はみるみると減って行き、残るは優人が相手しているホブゴブリンだけとなった。

 しかし、


「『放魔バースト』!」


『バースト』と優人が叫んだ直後、優人の持つ剣の刀身から光条を伴った爆発が放たれ、ホブゴブリン達は消し炭となった。


 こうして無事に今回の戦闘は終わり、優人の戦闘風景を見ていた赤木が、興奮気味に声を漏らしながら優人に駆け寄って行った。


「今のすげぇな!なんだよあれ!!」


「ああ、今のはこの剣の能力で『放魔』って言うんだけど、『バースト』って唱えると、刀身から溜め込んだ魔力がさっきみたいに出るんだよ」


 子供の様に目を輝かせ、声のテンションまで上がっている赤木に、優人が自身の剣を見せながら答える。


「それって魔剣って奴だよな!?」


「うん。放魔剣ファシリーズって言って、この間、オルデンさんからもう使わないからって貰ったんだけど、良かったら使ってみる?」


「マジかよ!だったら今振ってみてもいいか?」


「良いよ。どうぞ」


 そう言って優人に渡された魔剣を嬉しさのあまり、雄叫びを上げながら振る赤木。

 少し離れた所では、剛力と立花さんが談笑していた。


 俺は訓練初日から、かなり上手く戦闘出来た事に満足しつつ、どれだけレベルが上がったのかステータスを確認する為に"鑑定"と言おうとして、


「柊」


 と、突然後ろから声を掛けられ振り返る。そこに居たのは、池田だった。


 後ろには他二人が少し離れて居り、こちらの事を見ている。

 そして池田は、戦闘が始まる前の、あの何とも言えない表情で「あー」や「えーっと」と何度も言いながらしどろもどろとしていた。

 そして大きく息を吸って───、


「.....なぁ柊。さっき、言い掛けた事なんだけど......その......俺────」


「ギギャァァァァァ!!!」


 その瞬間、耳をつんざく様な声が右側から響いた。


「っ───?」


 振り向いて見れば、そこには血塗れになりながら仲間の死体の上に立ち、必死に断末魔の様な声を上げるゴブリンが居た。


「? 何だあいつ。ま、丁度いいや。この放魔剣のサビにしてく───」


「待て、赤木。何か.......聞こえないか?」


「あ?何かって......ん?」


 声を上げるゴブリンを見て、ふざける赤木を止めた優人。

 その言葉に俺達も耳を澄ませてみると、確かにどこかから、何か、こう────、


「───金属......の音?」


 硬く、鈍重な金属が地面に落ちる様な音が聞こえて来て、少しすれば、その音に合わせて地面が揺れている様な感じもして来た。


「何だ、これ?」


 聞こえてくる不可解な音に戸惑う。

 不可解なその音は、次第に肥大し、何かが倒れる様な音が混じる様になって来た頃、確かに地面も揺れていると分かってきた。

 ─────と、その時。


「.......あ」


 死体の上に立っていたゴブリン。それは、今やこの辺り一帯に響いているその音を聞くと、こちらを見て、卑しい笑みを浮かべながら倒れた。

 そしてその背後。

 木々の奥。

 見えずらいが、確かにそこにそいつは居た。

 こちらに向かって来ていた。


 木々を薙ぎ倒しながら、無骨で巨大な鉄剣を地面に叩き付けながら、その巨大な体躯で一歩一歩を踏みしめて、そして─────、


「───GOAAAAAA!!」


 赤い赤い、巨大な赤い鬼が俺達の前に姿を現した。

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