第六話『西都アルバス』

 石畳に舗装された街道を抜け、未舗装の道を、列を成した馬車に揺られて進む。


 俺達転移者は、アルドレアン王国西部、『冒険者の街』と評される西都アルバスへと向かっていた。


 模擬戦で合格を貰ったとは言え、未だ俺達は素人。その為、俺達を運ぶ複数の馬車には、護衛の為の騎士団の人達を乗せた馬車も含まれていた。


 そして、俺の乗る馬車には、赤木、蛇ヶ崎、久遠、神崎さんの五人が乗っている。

 特に話す事も無く、馬の蹄が地面を蹴る音と馬車の揺れる音が響く、静かな時間。

 車内に居る全員が、話す必要性も無いと考えているからなのか、特に気まずい雰囲気は無い。


 .....少なくとも、がなければ。


「がー....すぴー......」


 馬の足音や、車輪の回転音に混じって、車内に響く赤木の嘘の様ないびき。

 フィクションの様なそれに注目せざるを得ないが、それについて話す事も、ましてや赤木を起こす事も憚られる様な雰囲気に、奇妙な時間が過ぎていた。


「がー...すぴー.....がー.......ふごっ!?」


「っ.....」


「───すぴー....」


 一定の感覚で二種類のいびきを掻いていた赤木。

 突如としてそのリズムが崩れると、それに反応し、俺の前に座っていた神崎さんは笑いそうになって急いで顔を下に向けていた。


「.....うるせェなこいつ」


 と、赤木に触れないよう努めていたその空気を壊す様に、蛇ヶ崎が赤木の寝顔を見ながら発言した。


「え、えぇ。そうね。少し──」


「ふぐっ!?」


「っ!....」


「───じゃはさしぃ...返せ肉ぅ....」


「あ"ァ?」


「っ〜〜!」


 笑いを抑える為、蛇ヶ崎の発言に乗った神崎さんだが、そこに割り込んで来た赤木と、蛇ヶ崎の反応に、先程以上の笑いを堪える結果となってしまった。


「えっと....大丈夫?」


「え、えぇ。大、丈夫。....平気よ。ええ」


 そう言って、笑ってしまうのを我慢しながら、何とか平常心に持ち直す神崎さん。


 本名を神崎詩音と言う彼女は、凛々しく綺麗な顔立ちと、それに見合うだけのスタイルを持つ。

校内でも一二を争う程の美人である彼女は、勉強とスポーツでも高成績を残し、まさに才色兼備。

 当然、そんな彼女と接点がある訳でも無かった俺は、意外な物で笑う彼女に『こう言うので笑うんだな』と、意外さ感じていた。


「そう言えば柊君」


 と、静かだったこの場に、多少の賑やかさが出たからだろうか。その空気を終わらせまいとする様に、神崎さんが話しかけて来た。


「あなた凄いのね。この間の模擬戦、あれだけ戦えるのなんて、蛇ヶ崎君や久遠君だけだと思ってたから驚いちゃった」


 神崎さんの褒め言葉に照れ臭くなるのを感じながら、頬を掻いて返事を返す。


「ありがとう。でもあの後、ラフィさんに目と反射神経が良いだけで、戦い方自体はまだまだ未熟だって言われたし、俺はまだまだだよ。だから凄いって言うなら、神崎さんとか優人とか....それこそ、蛇ヶ崎達の方が凄いと思うよ」


 あの模擬戦後、何度かラフィさんに戦い方を教わった。その中で、スキルを使うのを忘れていたり、格上相手に正面から打ち合ったり、とにかくそう言うのは直した方が良いと言われた。


 あの時だって、ラフィさんはかなり手加減をしていたと思うが、それですら俺は押されてしまった。

 ステータスの差がある関係上、仕方ないとも思うが、それでも俺は、戦いの基礎がまだ出来ていないのだ。

 そう言った点で言うならば、しっかりと基礎の身に付いている神崎さんや優人の方が何倍も凄いだろう。


「私はどうか分からないけど....でも、蛇ヶ崎君と久遠君は確かにそうね。近接で五分近く戦ったり、相手の武器を壊すまで槍を打ち込むなんて、想像も」

「そんなことない」


 と、突然。ピシャリと、神崎さんの話を遮る様にして冷静な声が発せられた。

 その声を発したのは、縁の細いスマートなメガネを掛け、全体的に伸ばした青色の長髪を一本に結んだ青年、久遠凛だ。


「.....あの時、ラフィなら真正面から打ち合わなくても良かった筈だ。手加減なんて言ってたけど、俺の槍なんて見えてた筈だし、それを避けたりしないなんてのは、手加減じゃなくて舐められてたって事だ。だから違う。上手くなんてない」


 俺達の視線を浴びながら続けて話す久遠。

 確かに久遠の言う通り、ラフィさんは俺達を舐めていた部分もあっただろう。だけど久遠の言い分は、つまりラフィさんに本気で来いと言っているわけで、それは流石に───、


「傲り過ぎだろ」


 俺の隣に居る蛇ヶ崎が、久遠に向かって言い放つ。


「あのなァ、俺達はまだまだ弱ェんだぜ?ステータスも低いし、技術も身体もそんな強く無ェ。それなのに本気でッてのは、傲慢なんじャ無ェのか?」


 俺の考えに続く様な発言をした蛇ヶ崎。

 しかしそれに、久遠は短い溜め息の後、「違う」と言って───、


「俺は別に、本気で来いと言っている訳じゃない。重要なのは、俺達を試す模擬戦であった以上、隙を突いた攻撃に対する対応も見たかった筈って事だ。そしてそれをせず、敢えて真正面から打ち合った事......これが舐めていないとして、何になるんだ?」


「───」


 久遠の発した意見に蛇ヶ崎が押し黙り、車内に先程とは違う気まずい空気が流れる。

 耐え難い訳では無いが居心地の良い訳では無い空気感に、さてどうした物かと思案していた時、走行していた馬車が止まった。


「だッ!?なんだぁ!!?」


「うおっ!」


 馬車が停止した事で倒れた赤木が飛び起き、それに驚く。

 すると、外から馬車の扉が叩かれ、扉が開かれるとオルデンさんが顔を覗かせて来た。


「お前達、アルバスに着いたぞ」


 西都アルバス。俺達の目的としていた場所に着いた事で、気まずい空気に耐えずに済んだのだった。




ーーーーーーーーー




 顔に大きな傷跡を残し、剣を腰に差した者。

 全身を鎧で固め、背中に大槌を背負った者。

 短剣を身体中に携帯した者。

 杖を高々に掲げ、仲間と談笑しながら道を進む者。


 それ以外にも行き交う人々の大半は冒険者。又はそれに準ずる者。

 西都アルバス。冒険者の都と評されるだけあって、訓練中に何度か出掛けた王都とは、街を歩く人々の比率が違っていた。


「おい、これ見ろよ!かっけぇ!!」


 そんなアルバスの露店街に、茜色の頭髪を持った青年の声が響く。


 俺達は現在、宿泊する宿に荷物を置き、実戦訓練が始まる明日に備えて、一日の自由行動が認められていた。

 そして俺は、赤木と蛇ヶ崎の二人と共に、街中を散策しており、今は露店が立ち並ぶ通りに立ち寄っていたのだ。


「ンだこれ。矢尻?」


「かっこいいだろ!!」


 ある露店の、赤木がかっこいいと言った物に注目する。

 それは、矢尻の様な形をした、分厚く赤く硬い何かだった。


「へっへっ、気に言ってくれたみてぇで何よりだぜ。あんちゃん。───ひっく」


 露店の店主が子気味良く笑い、手に持った瓶の中身を一口飲むとしゃっくりをした。

 髭を無造作に生やし、汚いとも綺麗とも言えない服を着た何とも言えない年配の店主だ。


「あの、これって何なんですか?」


 年配の店主に赤木が持っている赤い矢尻の様な物について質問する。

 すると店主は、「良くぞ聞いた!」と言って、それについて説明を始めた。


「こりゃあな、この大陸の上にある、五覇大陸ってぇ所の国のヴェルナバートって王族の一人、フェンデル様が飼ってる龍、赫殼龍ヴェスティアナの鱗よ」


「あ?龍?」

「王族?」

「マジで!?」


 店主の話したあまりの内容に驚きが隠せず、思わず疑問符を浮かべる様な声が出てしまう。


 龍と言うのは、この世界において神と等しく、五つの属性を特徴とする五龍神を筆頭に、龍と言うのは人に崇められる上位の生物だとファリオさんからは教わった。

 しかも王族が飼っていると言うことは、見ようによっては保護しているし、されている様にも見える。

 そんな物の仮にも一部がこんな所に売っているなんて、有り得ないだろう。


 と、そんな風に考えていると、赤木が酔っ払いの店主に身を乗り出しながら質問した。


「なあ!龍を飼ってるつー事はよ、そのフェンデルって奴、強ぇのか!?」


 龍を飼っていると言う言葉に反応して、目を輝かせながら身を乗り出し、質問をする赤木。

それに店主は顔を引きながら赤木をなだめるようにして答えた。


「なんだいあんちゃん。興味津々だねぇ。ま、そうだよ。フェンデル様って言やぁ、本名をフェンデル・メロウ・ヴェルナバート。〈龍騎〉の二つ名を持つ、十天英傑の一人だからなぁ。───ひっく」


「十天英傑?」


 ぐびり、と、また瓶の中身....こちらまで香る酒を飲んでしゃっくりをした年配の店主。

 質問に対する答えの中に、知らない単語が入っていた為、蛇ヶ崎がそれをそのまま聞き返した。


「なんだ知らないのかい?珍しいねぇ〜。まぁ、十天英傑って言うのはな?平たく言やぁ、この世の中で最強の十人の事だよ。───まぁ、色々仕組みがあるらしいから、実際、この世で最強の十人ってわけじゃあ無いらしいけどな」


「? ンだよそれ。ややこしいな」


 この世で最強の十人の筈なのに、最強と言う訳では無い。そんな引っ掛けの様な返答に顔を顰めていると────、


「あっはっはっ!まっ、とっても強い十人だと思っときゃ良いのさ。.....あぁ、でもでも!そいつ、偽もんだぜ?」


「だろうな」

「そりゃそっか」


 直後、店主から騙されていた事を告げられた俺達はそれもそうだと、特に驚いた訳でも落胆した訳でもない。だがしかし、一番最初にこれに目を付けた赤木は、素直と言うべきか、信じ切っていたが故に露骨にテンションが下がっていた。


「えぇ.....偽物かよ.....」


「おいおい、そんな落ち込むなって、あんちゃん。だってそりゃそうだろ?こんな老いぼれが、そんな高貴なお方に関係するもんを持ってる訳ねぇだろ。へっへっへっ───ひっく」


 またもや、ぐびりと酒を飲んでしゃっくりをする店主。上手く騙された赤木の反応を見ながら笑うその様に、なかなかいやらしい性格をしていると思う。


「───んで、どうするよあんちゃん。それ、買ってくかい?今だったら安くしとくよ〜?」


「ん〜〜」


 店主からの催促に声を出して悩む赤木。

 騙されていた訳で、本物でもないのだから買わなくても良いと思うのだが.......。

 と、そんな事を考えていると、ふと、赤木が何かを思い出した様な顔をし、店主に質問する。


「なぁおっちゃん」


「なんだい?」


「その、フェンデルって奴は、本当に強ぇんだよな?」


「おお、そりゃそうよ。フェンデル様と十天英傑の事は本当だぜぇ?」


 赤木からの質問に答えた店主。

 流石に商品以外の物まで嘘だったら呆れるが、そうでは無かったらしい。

 そんな返答に、赤木は再び唸る様に十秒程考え、そして、


「なら、偽物でもこれもらうわ。それで、これ見てフェンデルって奴の事思い出しながら、いつか絶対強くなって、そのフェンデルって奴を倒してやる」


 買うと言った。

 しかし、その買う理由が理由だからだろうか。店主は疑問の残る顔で、今度は店主が赤木に質問した。


「なんだいあんちゃん。フェンデル様に因縁でもあんのかい?」


「いや、そう言う訳じゃねぇけど.....でも、強い奴を目標にした方が、俺も強くなれると思うんだよな」


「あぁ、なるほどねぇ。───ひっく」


 ぐびりと酒を飲んでしゃっくり。

 赤木に、偽物だと言った商品を買う理由の理由を尋ねた店主は、赤木の顔や体をジロジロ見ると「変わってるねぇ」と言って、


「十天英傑を目指す奴ってのは山ほど居るけど、それに関係する物の、偽物をお守りにするなんて.....あんちゃん、おもしれぇなぁ....────良し!ならあんちゃん」


「ん?」


 突如大声を出した店主に赤木が顔を向けると、赤木の持つ偽龍の鱗に指を指して、一言。


「それ、タダでやるよ」


「え?!良いのかよ!?」


 偽物とは言え、商品は商品。

 それをタダでくれると言う店主に赤木が身を乗り出して反応する。


「おうよ。あんちゃん位面白い奴ぁ、中々居ないからなぁ。老いぼれ爺さんからの餞別だぜ。あんちゃん。────ちゃんと、フェンデル様倒してくれよ?あっはっはっ!」


「おう!」


 店主の言葉に張り切って応える赤木。

 こうして、店主からの餞別を受け取った赤木は、その後宿に帰ってもなお、その目を輝かせてフェンデルと言う者について思いを馳せていたのだった。



 そして、その翌日。

 深緑の大森林での実戦訓練が幕を開けた。

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